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幸風に吹かれて  作者: 村崎野 賀茂
5/22

5篠

一時的な栄養失調から体調不良になっていた那助の妻の“篠”だが、一太の与えたあぶり餅がピンポイントで効いたのか

半月もしないうちに、元の快活な姿に戻りつつあった。

最近は自身でも、あのあぶり餅を再現しようとしているらしく、一太に何度も試食を勧めてくることが多い。

“お九志汰さま、今日は味噌をよく煮つまして居りますが、

しかして、塩気がなかなかとれませぬ”

“そうだなぁ、”と一太もつぶやきつつ、一櫛いただく。

確かに甘味は少なく、強めの味噌味だ。

しかしそれも当然で、砂糖自体が普及していない限り、

あの味は難しいなと一太も思う。

二人してうーん、うーんと悩んでいると、那助が小屋に帰ってきた。

“お九志汰さま、そんなに何をお悩みなさいますか?”

と、木の枝につるした鮎を、まな板に乗せ串にさしていく。社の務めが終わり、今日は少し上流に行って釣り上げたようだ。

“いやね、”あぶり餅”の甘味を出す方法を想いつかなくてね。”

“ほほう、お九志汰さまがお持ちになられたのに、ここでは

おつくりなされないと、なるほど、なるほど、そうなるとあれは天上の味と言う事でございますな、”

“確かに本当においしゅうございましたよ、それはそれは、

天上の味でございましたとも。その証拠にこの私がこれだけ

元気を取り戻しました事でございますし。“

“おう、おうそうじゃとも、そうじゃともな”

那助は用意した鮎の串を、囲炉裏の周りに並べていく。

“お九志汰さまには、まことに感謝しきれん事じゃ”

そう言いつつ、腰を落ち着ける。

一太はちらりと那助を見て、再びどうしたら良いのか

思考に浸ろうとするが、視線を移そうとした時、ある物が目に入り二度見する。

それは那助が鮎をつるしていた五芒形の葉の枝。

ひょつとして、これはひょっとするかも、

一太は立ち上がると、その枝に近づき、取り上げるともう一度確認する。

間違いない、これは見通しがでてきたかも、そして

不思議そうに見ていた那助に、笑顔で伝える。

“那助殿、明日この鮎のとれた場所にご案内していただけないか。”




翌日、一太は那助に案内されながら、川の上流をさかのぼる。

目指すは、那助の魚縄に使った五芒形の葉の灌木。

一太の予想では、これは“楓”の木のはず、そして

“楓”の木の樹液を集め、煮詰めることで濃縮した糖液を

作ることができる。

那助の案内もあり、小半時で、目指す目的地に到着した。

やはり楓であった。

小刀で螺旋を描くように切れ目を入れ、落とし口を差し込む。

その下に桶を置き、あとはそこに樹液が溜まるのを待つだけだ。

待つ間、那助に教えを請いながら、一太も渓流で釣り始めた。

釣りを行ったのは、中学生以来だろうか、同級生に好きな奴がいて、無理やり琵湖に連れられていった記憶がある。

その時は結局坊主で終わったが、楽しい時間であった事を覚えている。

しかし今日の場合は昼飯がかかっている、那助の表情はいつになく、怖いくらいに真剣だ。

一太も自然と真剣となり、あっという間に時間がすぎる。

そうこうしているうちに那助が二匹、三匹と釣り上げていくので、これは、これはと焦っていると、いきなり大きいあたりが手元にドンと来た。

焦って竿を落としそうになるが、那助の適格なアドバイス

も加わり、なんとか岸に近づけ、小石の多い岸際に釣り上げることができた。

見ると、大きな鱒であった。

“さすがお九志汰さま、大物でごさる、”

那助は篠への土産が出来たと大層喜ぶ。

気づけば、日も傾きかけた頃となり、一太は、楓にかけた桶の中を確認した。

10cmほどたまった薄い琥珀の樹液に、期待は高まる。

こちらも篠への良い土産になるはず、口の中が、甘いあぶり餅になりながら、一太の歩みは軽く、帰路についたのだった。




小屋についた一太はさっそく濃縮作業に入る。

まずはザルで、細かな葉や不純物の除去作業だ。

ろ過した樹液を鍋に移し、煮立たせないようにして

液温を上げていく。薄い湯気が立ちながら一時ほど経った

ころ、今度は串に吊り下げた竹の皮に浸し、それを瓶の口に

何本もぶら下げる。

こうすることで、空気に触れる表面積が増えて、より水分が蒸発し、濃縮した糖液が溜まるのだ。

翌朝、瓶の底に、琥珀色の濃い、甘い糖液がしっかりと

出来ているのを見て、思わず舌舐めずりしたことは神様の秘密にした。

さっそく一太は、篠と共に、あぶり餅つくりを始める。

蒸した餅米を突き、小指大に練り上げてから串に刺して、黄粉をまぶす。この段階で炭火で炙り、香り良く焦げ目が

出てきたところで、味噌と今日できたばかりの糖液をブレンドし、湯で温めた味噌液につけ、更にもう一炙り。

味噌の良い香りが辺りに漂い、なんとも食欲がそそられる。

出来た餅を竹皮に乗せると、完成だ

篠が一太に手渡す。

一口、そしてまた一口、うん、できましたね、ハナマル!

一太の応えに、篠も安堵の表情、そして一口食べて

目を丸くして喜び、那助にもと駆けて行ってしまった。

暫くすると、篠が戻ってきたが、ちょうど社にいた参拝客にもふるまった所、大層好評だったようで、これを参道にて

御布施として出せないかとのこと、那助と相談してきたのだそうだ。

出来ないことはないが、その為にはある程度まとまった収量が必要だな。一太はそう考えると、

三日ほど採取の期間を取り、篠に樹木の種類と採取の方法を伝授しつつ、販売のための準備を進めた。

屋号は、那助は一太丸を勧めたが、自分が発明したわけでもないものに名前を付けられるのもなんなので、姓は一文字に、そして字を那助とすることで、一文字那助ということで了解

してもらった。

一太はさっそく竹皮に、略して一那の判を押しつつ、あぶり餅の販売準備を始める。

確かに、今まで食べた事のない素晴らしい味であれば、当然人々の噂になって、評判は広まり、一定の集客増は見込めるであろう。

しかし問題は人々の記憶は、すぐに減衰するという事で、

オープン景気で、はやったお店であっても、数か月で減衰

してしまう事もある。

それはそのような人間的な理由が根本的にあるからなのであるが、人々の記憶を再度呼び起こすための装置として、

様々なチラシ、CM、ポスター、看板などの広告が必要となる。

一太が今準備しているのは、商品そのものに付属する

個装チラシと呼ばれる物である。

三階楓の紋をシンポルマークにして、

使用品名 あぶり餅

屋号   一那

ご利益   毎年社のお風祭りに使われる

      大団扇の形に似せて、串を団扇上に似せており、

     いただいた者に風を起こして運気を運んで

     来るというご利益がある。

を作り、単なる茶店菓子というより、お布施ものとして

ブランド化することにした。

篠の声かけにより、近隣から夫人が集まり、

華やかな開店になったが、当然商品自体、これまでにない

他になく甘味のしっかりとした味の為、独占的な販売である。

あっという間に広まり、社への参拝客は、ここから爆発的に

広まるのであった。


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