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幸風に吹かれて  作者: 村崎野 賀茂
4/22

4八戒石

数日たって、先日の少女が父親を連れてやってきた。

聞けば随分と腰は良くなったようで、父親の表情は明るい。

那助に言われて絵馬に、感謝の言葉をしたため、奉納する。

書いている間に一太は少女に成り行きを聞いてみた。

あの後、かえってすぐに父親に今日あったことを話し、

ハンカチに包んだ薄荷で父の腰をさすったとのこと。

余りの冷感に最初、父親はひどく驚いて、叫び声をあげたが、しばらくして腰痛が徐々に引き始めた事から、これは真のご利益と感じいったそうだ。

そして今朝になって腰痛が完全に無くなったので、お礼詣りとして社を訪れたという事だった。

一太はこれからは、無理をせずに頑張ってくださいねと言うと、父親は丁寧にお辞儀をし、礼を述べていった。

 少女が父親の手を引いてこっちよ、こっち、と案内する。

そこには先日薄荷をすりつぶした石がある。

“これこれ、お九志汰さまは、この石でお薬を作られたの”

と父親に説明している。

“へえーそうなのか“と目を細めつつ、見守っていた父親は、

”そら、もうこんなこともできるのだぞ“と、やっと石を抱えて持ち上げて見せた。

娘は一瞬驚いたが、父親の方はさらに驚いている様子だった。

なぜならば、今まの腰を悪くしていた状態では、何も持ち上げられなかったのが、今はこの石もひょいと軽く持ち上げてしまえるようになっていたからである。

余りのあっけなさに、2度3度同じ動作を繰り返していたが、

やがて石を静かにおろすと、

これぞ本当のご利益じゃといたく感謝し、何度も礼を述べて

かえって行ったのである。

一部始終これを見ていた那助は、驚きを隠せず

“お九志汰さま、ほんにこのようなご神幸を目の当たりにするとは、”

と、その石自体をご神石として祀ることにしてしまった。

一太にその効能を“はっか”によるものと聞いたので、石の名は、“八戒石”石をさすって持ち上げると軽くなれば

ご利益があるという事にしてしまった。


この一件で一太は大いに考えることがあった。

単に祈願だけでなく、このような顧客満足の事例を作る事、

そしてそれを広く共有していくことにより、より多くの顧客の期待値を上げることができるという事だ。

自分がレストランへ行って、おいしい料理に出会った、

それをインスタに乗せる事で、それを見た人がそのレストランに同様の体験、もしくはそれ以上のものを求めて来店すること。

そう考えると、この社でできる事はまだある。

社の絵馬は一種のSNSの掲示板になっているのではないだろうか。

そして、願いがかなったという絵馬がたくさんあったら、

これはつまり、より多くの満足事例を作ることが、成功感覚の共感を広げる事になるはずだ。

しかし、一太に来る人の皆の細かな願いをかなえるほどの、医学知識があるわけでもなく、できことは限られている。

とにかく対応できる事に対して、すみやかに対応することが先決になる。

そこで、できることに対して明確に指し示すすることがまず一番最初にする事となるはずだ。

先日の“薄荷”については、ご神薬として、里内に1軒だけある薬師商に扱わせる事とした。

那助の見たことを事細かに話すと、薬師は大層驚き、さっそく取り扱いますと進めてくれた。

ほどなくして、門外の一角にて、“八戒膏”として売り並ぶこととなり、八戒石の祈願した帰りに買い求めるのが通例となるに至った。

そうやって徐々に増える参拝客を見て、更に期待値を上げる方法はないかと思考を巡らすのは言うまでもない。

そのころになると、絵馬も増えてきて、鈴なりになってきていた。

この段階で、必要な母数が集まっており、集計して需要を分析するに最適なタイミングであると考える。

一太は絵馬の一枚ずつを内容別に書き留めていく。

そしてそれを系統別に分類し、集計する。

総数135枚

①健康に関する願い事75枚

そのうち足に関すること 30枚

腰や体幹に関する事15件

手に関すること 10件

目、耳、口など感覚器に関する事 9件

消化器など内臓疾患に関する事 8件

その他3件

②農、商などなりわいに関すること 25件

③長寿、延命を願う事15件

④安産、子供の成長に関すること 12件

⑤その他 3件

という結果となった。

良縁などの祈願がないのは、この時代の成婚がほぼ

個人の感情ではなく、家の事情という感じかと納得した。

まずは、

これらの結果をもとに、“おみくじ”を作ることにした。

内容に応じた版を作り、必要な数を揃える事はできるようになっている。

問題はどれをどれだけ用意するのか、それが大切だ。

この比率がこのおみくじの勝敗比率をを左右する。

おみくじを開けたとき、できる限り本人の願う事例に近づけるには、絵馬の調査結果に比例させて作る事、

つまり、“あー、あるある”となることが一番多い方が良いのだ。

それがこのおみくじは当たるとなって、評判を高め、

期待値を上げる方法になるはず。

総数135枚として

①健康に関する注意75枚

そのうち足に関する注意喚起 30枚

腰や体幹に注意喚起 15枚

手に関する注意喚起 10枚 

目、耳、口など感覚器に関しての指導 9枚

消化器など内臓を冷やさないなど 8枚

②農、商など成功予測 25枚

③長寿、延命がかなう予測 15枚

④安産、子供の成長予測 12枚

⑤その他 3枚

として、小吉、中吉などの注意喚起事項と、大吉などの成功予測を限りなく、元の需要の構成比率に近づける作成する、

つまりこれにより、参拝者の望む期待値が最大限引き出されることになるのである。

暫く参拝客の様子を観察する。

悲喜こもごもの表情は見ていて大変面白いが、そのうち那助が、このおみくじも奉納する方が良いのではと言うので、御神木の一つに括り付けて、祈願するように勧めた。

これにより、一連の流れが完成した。

参拝客の視点で見れば、絵馬にて個別の祈願がなされた上で、

八戒石では、現在の体力具合が確かめられ、おみくじにて将来の成功予測がなされるようになり、この社に来ることにより、すべての時間の人生がポジティブな流れに変わるのだ。

そして帰路には、八戒膏など、更に効果を高めるアフターフォローがあり、あぶり餅があり更に効用を高める仕掛けがある。

この社が人々によい方向にかかわることで、この社が復興する。一太と那助の願いはここで一つになったのである。


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