3ご利益
日、那助の助けを借りて、一太は必要な木片と、粘土の採取を始めた。
一太の作戦はこう、
まず、里の経済活動全体量の底上げが必要不可欠となるので、
この里だけでなく、近隣の里からのも経済の流入がなければならない。
他の里からは、この社まで赴くためのモチベーションがいる。もしそういう何かがあれば、今までこの里の中で完結していた生産量に加えて、他からの直接消費が流入する。
そして、それに付け加えて、荷馬、もしくは休憩場などの、運輸とサービスが加わる事で、更に経済量は増加するであろう、大筋はそういう感じだ。
そこで、その為の仕組みを今から作らなければならない。
幸いなことに、この里には他所にはない、風の社があるので、
この社のご利益を近隣に広めれば、この策を実現することは
おそらく可能であろう。
まずはご利益の象徴、“お守り”を作ることにした。
この後に皆が帰路に立ち寄り、買い求める
そういう装置、お守りを用意するのだ。
“お九志汰さま、このような木切れと土泥でいったい何をなさいますのでございましょう?”
“うん、今からこのご神体の移り身を作ります。
この社に赴いたら、それぞれの住まいにこれを持ち帰ることにより、御利益を広めることができるのです。”
“なるほど、みなみなにご利益が分けられていく、それは大変ありがたいですな、しかし、それほど多くの移り身を、いかにしておつくりなされますのか?“
“うん、そこでこの泥と木切れを使い、”お守り“というものを作ります。これを大量に作成し、祈綬致せば必要な数を
用意することができます。”
一太のやろうとしているのは、いわゆる凸版印刷である。
まず木切れを持っていたカッターで彫り進め、原版を作成する。そして少し硬めの粘土に押しかぶせ、静かに型を移して
押し型を作る。
出来上がった押し型を乾燥させ、たき火で強く焼き固めれば、
版として使える。そして、
近くにある竹林の竹の皮を適度な大きさに切り分け、墨を
乗せた版の上に乗せ、馬簾でこする。
あとは小さめの朱印と、効能を書いたトリセツを作れば
“お守り”の完成だ。
これをその日のうちに、一太は100個作り上げた。
那助に頼み、これを参拝する人に説明するようにした。
初めての参拝客は、子供が出来たばかりの一組の夫婦、
産後の肥立ちの良くないややと、それを気に病む母親
それを心配して夫が連れてきたのだと言う。
参拝を終えたのを見て、那助が声をかけると、神妙な
面持ちの夫婦は幾らか表情が戻ったようだ。
しばらくすると、今度は10歳前後の少女がやってきた。
同じく那助が声をかけると、真剣なまなざしで、その
話に聞き入ってくる。
一太もその真剣さが気になり、ともに話を聞いてみると、
どうやら父親の腰痛がひどく、日々の農務が滞っているらしい。
この時代の農務は、当然自給分も含まれるから、十分な収穫が見込めない場合、収穫期以降の自家の生存にかかわる事態である。
娘はそれを憂い、祈願に来たようだ。
“何かできることはないだろうか?”
一太がそう呟き、外に目をやると、ある植物が目に留まった。
“あれは、、、”
すぐにそれを数株取り集め、近くにあった大きめの石で
すりつぶすと、持っていたハンカチで包む。
那助と少女は茫然としていたが、一太がそのハンカチを竹の皮で包み、こう声をかけた。
“お家に帰ったら、これを父親の腰に当てなさい。
これで多分よくなるはずだから“
少女は何を言われていたかわからず、きょとんとしていたが
那助がお九志汰さまのお施しじゃというと、大層喜んで
何度も礼を言って帰っていった。
一太の見つけたのは、日本薄荷の株であった。
その昔、趣味でハーブに凝っていたこともあり、その効能の
知識はあった。
“たしかメントールだっけかな?”
飲食用に、すはすは するメントールだが、同時に鎮痛材としても利用されているので、うまくいくと腰痛に効くかもしれないと、一太は考えたのだ。
その後、日が暮れるまでに、数人が訪れたが、家人の
体調不良など、健康面の不安の多さに、この社の存在があるなと理解できる一太であった。
翌日、一太は新しいことを考えていた。
昨日の参拝客を見る限り、皆が皆それぞれの悩みを持ち、
それぞれの祈願をしにこの社に来ている。
それらは子供の成長であったり、日ごろの健康であったり、
まだ来てはいないが、商売の事も当然今後にあるだろう。
昨日のように偶々対処できることがあればよいが、
経済面や人手でそうはいかないことも当然あるはず。
こういったときにどう対処すべきかと考えていて、
ふと思い出したのが、学生時代の市場調査の演習だ。
“市場には、我々がよく知っている代表的な需要
だけでなく、より細かな需要が細分して含まれ、全体的には
多数のグループ(セグメント)を形成している。
これらに対して、各々要望を満たすために、まず市場調査があり、それによりどのような要望があるかを調査する。
そのうえで、より広い要望対応することが、顧客満足の紅葉の最大化につながり、売上拡大につながるという事。“
一太は参拝客の願いごとを、どう調査するかを考えていて、
“絵馬”の事を想いついた。
那助に請い、更に木片を集めさせ、方形に整えていく。
裏に、馬型(財布にあった○RAのチケット参照)の判を押し、表は願いごとを書く。
字を書けない者も当然いるので、その場合は那助が代筆した。
そうして、できた絵馬を境内の櫓に括り付けていくのだ。
こうして絵馬が集まれば、同じような願いごとを系統分類できる、そしてそれに共通した要望に対して解決策を示すことでご利益を表すことができるのだ。
徐々に増えていく絵馬を見て、ここから次の段階にどう進めるのか、悶々と櫓を見つめる一太であった。