表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸風に吹かれて  作者: 村崎野 賀茂
2/22

2那助

陽も傾き、蔭が少し長くなり始めた頃、那助が小屋にかえって来た。

腰につるした魚篭には、大きな山女魚が三匹、おそらく今日のメインだろう。

ようやく一太と打ち解けはじめた那助は、少しずつこの里のことを、語り始めた。

“先先代の頃から、もう守りになるものも少なくてな、

わしらが来たときには、半分寂れた里になっておった。 

まぁそれでもお名取のある神職で、おかぜ様にお仕えする

ご利益もありで、、、しかしてな、この所女将もすぐれず、われらも見放されたかと思うこと多しというところに、ほんにお九市太様が直においでいただけるとは、まさに思いもせんかった。”

囲炉裏の火で、山女魚を焼きながら、那助は薪をくべる。

ぱらっと火の粉が上がり、ほんの少し頬に熱みが走る。

炎の向こうでは、女将は煎じ薬を飲み安らいでいて、

一太のあぶり餅で、随分と気色が良くなった、

おそらく一時的な栄養不足だったのだろう。

安堵する一太に、焼きあがった山女魚を手渡しながら、

那助は祈るように、天を仰ぐ。

“もし、かつてのよう、おかぜ様にご神幸が戻るなら、

このお里も変わるはずなんじゃが。“

社守の独白に、その思いが滲んでいる。

一太は食べていた山女魚から、那助に視線を移すと

、那助は身を正してこちらに向き直る、


“お九市太様、なにとぞ、あなた様のお力を頂けまいか。”


小屋の壁に、囲炉裏の光が揺れ、薪のはぜる音だけが

木霊する。

“ふうっ“一太は大きく息を吐き出すと

“明日、私にこの里を見せていただけますか?”

今、一太の本当の帰還は、この状況を変えてからでも遅くないと考えていた。それほど迄に那助の思いは響く。

ごく平凡な印刷会社社員の自分に、何ができるかわからないが、少なくとも目の前の助けを求める人達に、応えたい。

そう決意した夜になった


翌朝、一太は那助に連れられて、里を見て回ることにした。

ざっと見て、70数世帯、人口は250人前後、

里のほとんどが農民であるが、何軒かの商家もある。

それらが里の庄司となる家頭に統率されており、その依頼を

受けて、社守、衛職、勘請などがおかれているようだ。

これらがこの里の基本経営資源であり、主要な産業は、

お世辞にも生産効率の良いとは言えない農業だ。

この状況、里経済の伸長など、この時代の天候や

不安定な収穫率、未成熟な市場構造では、継続的な経済成長

もしくは計画的な産業も伸ばし様がないというのは理解できた。

このような里が周辺に散在しており、その中の一つが

風の社があるこの里と言うことであった。

ちなみに一太は経済学部卒であるので、基本的な経済知識は持ち合わせている。

那助の話では、子供の頃から何度か収穫不足、つまり飢饉に遭遇しているらしく、里でも人も餓死者が出たり、他所に落里者が出たりと大変な状況もあったらしい。

農家であった実家は長男が継ぎ、二男である那助は、本来 他の地頭の小作農か、手職を持つしかないが、那助の場合、子供の頃から社の作務の手伝いなどしていたことから、ある社守の見習いにつく事が出来て、それが今に至る基らしい。

小屋に戻った2人、一太は那助にまず尋ねた。

“この社は、風のお社、疫病や厄事を吹き払ってくれる

ご利益であるが、里の皆は、今どのような信仰をされているんですか?“

那助は“はい、もともとは須佐の大神さまで、厄のご神役があったのでございまする。

里に疫病が大変はやりましてな、そこでそれを鎮める御令和の祭礼を執り行った所、早期に治まったのを感謝し

て、かの地にお祀りしたのがこのお社でございます。

九志汰さまはご祭神にて、令和のご利益いただけたものと、

代々聞いております。”

“我らはこのご由緒にちなみまして、お令和として、年に一度祭礼を執り祀っておりまする。

しかしてそのご祭事も、長く受け継がれるうちに、いや里自体年をついで行くに連れて、いつの間にか今日のように廃れ申したのでございます”

“那助さんは今後、里がどのようになればよろしいかと

思われますか?”

“はい、かつてのように信仰を深め、里の心が集まれば

常の生業に“張り”が生まれます。

“張り”は皆の生業に、それなりの功をもたらします故、

それにより皆の幸が増えまする。

私は社守として、何かできまいかと日々逡巡しておるので

ございますが、、“

なるほどと、一太は頷いた。

これはまさしくモチベーション効果である。

人々に動機付けを行い、それにより成果を生み出すための 手法だ。

皆がやる気を起こすことにより、この里が成長をすること

その為に必要な機会点を、この社で作り出す。

その監修を、社守の那助として行いたいという事なのだ。

一太は再度現状を振り返ってみる。


里の人口は250人の70世帯

一人あたりの年間生産額を1とすると、

年間生産額=1×250=250となる。

モチベーション効果@として、

増加した年間生産額は単純に

@年間生産額=1×250×@=@250となるが、

ことはそう単純な話ではない。

なぜなら、人はそう簡単に生産を上げられないし、

仕組みなしに、上げた生産を維持することはできないからだ。

高生産を維持する循環施策と、生産そのものの規模を拡大するための方法が必要だ。

一太の持つ専門知識としては、基本的な印刷技術しかないが、

これを活用して、この社とこの里が息を吹き返す。

新たな決意と共に、作戦が具体化しつつあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ