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幸風に吹かれて  作者: 村崎野 賀茂
19/22

19杉玉

杉八は、なにやらぶつくさと歩いていた。

“これで何回目だよまったく!”

里の材木商、“とくや”の番頭である杉八は、今日もその主人に申しつけられ、とある場所に向かっている。

里の西を流れる、葛川の対岸には、多くの酒蔵があり、

今その地にむかっているのだ。

かつて、かの地に鎮座する松葉の大社には、香りのよい水がわき出たことから、この水を使って酒造することの起源となったいわれがある。

で、そんな酒蔵らに、主人の命で、今日も新酒のでき具合を探りに来ているというわけなのだが、どの蔵も出来上がりの時期が異なる上に、先に他客に抑えられたりすると、当然手に入らないこともある。

何日も、何回も行き来し、其の度に空振りの日が続き、杉八は今日も苛立っているのだった。

“毎度、旦那、素通りはつれねえですぜ。”

振り返ると。店の中からいつもの顔のいつもの声がする。

“なんだよ、てめえかい、あぁ、ここんとこのいつものあれさ、まったく”

声をかけてきたのは、卸問屋の西鏡屋の番頭、六松だった。

2人とも十でそれぞれの店に奉公に上がり、歳も近いこともあり、すぐに気の合った仲だ。

“また、旦那のあれかい?”

六松もそのあたりの事情は良く知っている。

とくやの主が最近新酒の出来上がりを待ち詫びている事、

杉八がそのために何回も往復していることもだ

“ところでなんでとくやの親父さん、そんなに新酒がいるんだい?”

杉八は腕組みして思い出すように語る。

“あぁなんでも初物喰いだと三つ寿命が延びるとかさ”

杉八の言う通り、この時節は初物を求める人が多い。

春になり新しい季節にその生命力を求めるのだろう。

とくやの主人もそれにもれず、初物を求めたという訳であった。

“へぇ、そんなに新しい物好きなら、いいものがあるぜ。”

六松が裏から何やらごぞごそ取り出しのは、紡錘形の

茶色い菓子だった。

“銅鑼焼って言うんだが、大人気でな、こいつなら出来立ての初物が直に手に入るぜ、しかもうまい。”

と、杉八には渡さず旨そうに、松六が全部食べてしまうのだった。


翌日、教えられた朧八瑞円堂には、早速杉八の姿があった。

しかし、人気の割には人気がない。

表で見ていると、なにやら軒先に提灯を下げている。

その提灯には、“銅鑼焼、あんぼうとろ銅鑼、抹茶銅鑼”など、おそらく商品名が書かれ、なぜか上に風車がついている。

用意している娘に聞くと、それぞれの菓子の仕上げに時間差があるので、商品が出来上がったら提灯に火をともすのだと。

提灯が明るくなり、火で温められた空気は風車を廻すので、

それを目安に客は集まり買い求めていく。

客は大体の出来上がりの大体の時間をよく知っているので、

それに合わせてやってくるという事だった。

成る程、其れならば客側もムダな時間を使う必要がない。

そして好きな商品の出来立てを、手にすることができるのだ。

杉八は銅鑼焼きの大体の出来上がり時間を聞き、その時間に再度訪れ、初物好きの主人に“今日の初物、出来立て”を手に入れることができたのだった。

成る程、これは良い、これならば、、

新しいひらめきが生まれつつあった。


翌日杉八は、杉の葉で玉を作っていた。

まずはこれをそうした酒蔵につるしてもらう手筈に。

そこは、杉八が訪ねているという印となる。

もともとは若枝の緑の玉だが、新酒の出来上がりに

なると、杉八の指定した本数の枯れた枝を、指してもらう様にいくつかの蔵に内緒で依頼しておいた。

そして他の蔵には、“この緑の杉が茶色になる頃、酒ができる頃だと、松葉様のお告げがあったと、地域に広めるたのだ。

これについては松六が買って出てくれた。

客もその情報を聞いて、色変わりの頃を心待ちにするのだが、、

実は、その頃は新酒自体はもうすでに出来上がる頃。

蔵では2番3番の桶が上がる頃で、生産も品質も安定した時期、なので実は蔵にとっては、この頃にこそ買い求めにきてほしい絶好な時期のだとか。

杉八自体は、臨んだ新酒を手に入れ、顧客は安定して良いものを手に入れる時期、蔵は安定して売れると、三方特なり、

現在でいうと、WINWINの状況が出来たのだった。

これ以降、軒先に杉玉をつるすことが慣例となり、やがて

全国に広まったというのは、後の話。


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