表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸風に吹かれて  作者: 村崎野 賀茂
18/22

18白と桜とお梅

“あーん、できない、できない、もう、もう、もう”

コロコロと転がりながら、足をバダハタしてるこの若娘。

蚕の里のお梅だった。

先だって、見事な“夕然染め”が出来てから、今は引きもきらない売れっ子なのであるが、先日舞い込んだ1件の依頼に

四苦八苦、足をバタつかせるほどに、今は悩まされているのであった。

“これこれ、この娘ったら行儀悪い娘ねぇ!”

そんな母親のような小言を言うのは、かぜやの女将おふう、

夕然に惚れ、実は誰よりもおふうを応援してくれている。

お梅は、悲しい時や、逃げ出したい時、いつもかぜやに来ては、こうして駄々を聞いてもらう事が、恒例となっていた。

最初は一太も聞いていたのだが、母親のようにより甘える

事の出来るおふうの方が良いのか、いつしかおふうが全面的にその役目を引受けるようになっていた。

今回、お梅が受けた依頼というのが、お梅の地元にある、

“桜の宮大社”からの依頼、その宮で年に一度決められる桜宮小町の染物依頼であった。

古くから、酒が仕上がる頃、桜が開花することから、

天に召される前に、酒神様がさくらにお裾分けしていくとの言い伝えがある。

そんな桜に華を添える催し物が桜祭り、そしてその時

新酒の一番を奉納する巫女を桜小町と呼んでいるのだ。

今回の依頼は、来年の桜小町の纏う衣装を是非夕然で

お願いしたいという話であった。

“桜の宮大社らしいというのがね、結構難しいの”

お梅は言う。

“そりゃね、桜のお題は今まで何度か作ってきたからできないことはないのよ。でもこれ桜のお宮様独自のものでしょ、そういうのが全然想像できなくて、困っているのよね。”

成る程、今まで作ってきた春色と同じになってしまうなら、

わざわざ新しく作る意味はないということな訳だ。

おふうは、はい、はい、と言いながら、お梅のおでこをポンポンとして、なだめながら、

“それなら明日一回お社に行ってみる?”

どうやら現地視察という事で、話はまとまったようだった。

翌朝早く桜のお宮を訪れる二人、

鳥居をくぐると、大きな門構えがあり、二階たくさんの酒樽が並んでいるのが見える。

おそらく今年奉納されたものだろう。

その門をくぐり、本殿にお参りをしてから、ぐるりと見て回る。

境内には大きな池があり、中ほどの島には庵があり風情

いっぱい。そして社全体を取り囲むように、社森が生い茂り

神秘的な趣だ。

風の社とまた異なって、そこは静かな世界。

心が本当に落ち着く社だ。

桜はいまはでこそ咲いていないが、池にかかる八重桜が

その季節にはきっと、素晴らしい情景を見せてくれるに違いないと思った。

お梅とおふうが、しばし春の幻想に耽っていると、

後ろから突如何者かから、声をかけられた。

“にゃん!”

二人が振り向くと、1匹のまっ白な猫がこちらを伺っている。

驚いている二人に再び、“にゃあ”と言うと、踵を返して

とことこ歩いていく。

まるでこちらへ来いという様に、白猫は森の奥に進んでいく。

二人は顔を見合わせ、そして導かれていくのだが、

暫くすると、そこは神酒の守、社の蔵のようであった。

とん、とんと壁をのぼると、するりと蔵の中に入っていってしまう。

まるでこの蔵の守り神のように、あっという間に消えてしまったのを、茫然と見送る二人。

しかし突如声をかけられ現実に引き戻される。

“どうなされましたかの、御婦人どの”

驚いて振り向くと、作務衣の男が一人立っていた。

“すみません、とても綺麗な猫がいまして、、”

“ああ、”しろ“でございますな、うちの蔵の守猫でございますよ、ああやって番をしてくれておりますので、良き酒が造れますのじゃ。”

へぇーと感心しつつ、おどろく二人に男が話してくれた。

その昔、良き酒がつくれた年は豊作となり、そうでない年は、

冷夏となり不作となっておった。

ある時、蔵に真っ白な猫があらわれるようになってから、

良い酒ができ続けるようになり、豊作が続いた。

それから地域の蔵は祈願して、この社に奉納するようになったのだとか、また猫は子をたくさん産むので

安産にも良いという縁起もあるようになったとも言う。

それで白い猫は、代々この蔵の守をしているのだそうだ。

お梅は、何かを感じたようで、あたりをぐるりと見ている。

その先に新しい何かのイメージを捉え、視線が注がれているようであった。


翌日、お梅は下絵を何枚も試作した。

満開の桜の木の下で、舞い散る桜と、遊び回る一匹の白猫。

一太にも見てもらい、これぞという一枚を選び、

依頼の一振りに仕上げた。


翌年、選ばれた小町は、それはそれは美しく、

そして誰もがその奉納を、心に残したという事であったという。

お白と桜で、1セット、白舞桜として、新しい酒の銘柄になったり、社のお守りや絵馬に、ブランド化に成功するのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ