18白と桜とお梅
“あーん、できない、できない、もう、もう、もう”
コロコロと転がりながら、足をバダハタしてるこの若娘。
蚕の里のお梅だった。
先だって、見事な“夕然染め”が出来てから、今は引きもきらない売れっ子なのであるが、先日舞い込んだ1件の依頼に
四苦八苦、足をバタつかせるほどに、今は悩まされているのであった。
“これこれ、この娘ったら行儀悪い娘ねぇ!”
そんな母親のような小言を言うのは、かぜやの女将おふう、
夕然に惚れ、実は誰よりもおふうを応援してくれている。
お梅は、悲しい時や、逃げ出したい時、いつもかぜやに来ては、こうして駄々を聞いてもらう事が、恒例となっていた。
最初は一太も聞いていたのだが、母親のようにより甘える
事の出来るおふうの方が良いのか、いつしかおふうが全面的にその役目を引受けるようになっていた。
今回、お梅が受けた依頼というのが、お梅の地元にある、
“桜の宮大社”からの依頼、その宮で年に一度決められる桜宮小町の染物依頼であった。
古くから、酒が仕上がる頃、桜が開花することから、
天に召される前に、酒神様がさくらにお裾分けしていくとの言い伝えがある。
そんな桜に華を添える催し物が桜祭り、そしてその時
新酒の一番を奉納する巫女を桜小町と呼んでいるのだ。
今回の依頼は、来年の桜小町の纏う衣装を是非夕然で
お願いしたいという話であった。
“桜の宮大社らしいというのがね、結構難しいの”
お梅は言う。
“そりゃね、桜のお題は今まで何度か作ってきたからできないことはないのよ。でもこれ桜のお宮様独自のものでしょ、そういうのが全然想像できなくて、困っているのよね。”
成る程、今まで作ってきた春色と同じになってしまうなら、
わざわざ新しく作る意味はないということな訳だ。
おふうは、はい、はい、と言いながら、お梅のおでこをポンポンとして、なだめながら、
“それなら明日一回お社に行ってみる?”
どうやら現地視察という事で、話はまとまったようだった。
翌朝早く桜のお宮を訪れる二人、
鳥居をくぐると、大きな門構えがあり、二階たくさんの酒樽が並んでいるのが見える。
おそらく今年奉納されたものだろう。
その門をくぐり、本殿にお参りをしてから、ぐるりと見て回る。
境内には大きな池があり、中ほどの島には庵があり風情
いっぱい。そして社全体を取り囲むように、社森が生い茂り
神秘的な趣だ。
風の社とまた異なって、そこは静かな世界。
心が本当に落ち着く社だ。
桜はいまはでこそ咲いていないが、池にかかる八重桜が
その季節にはきっと、素晴らしい情景を見せてくれるに違いないと思った。
お梅とおふうが、しばし春の幻想に耽っていると、
後ろから突如何者かから、声をかけられた。
“にゃん!”
二人が振り向くと、1匹のまっ白な猫がこちらを伺っている。
驚いている二人に再び、“にゃあ”と言うと、踵を返して
とことこ歩いていく。
まるでこちらへ来いという様に、白猫は森の奥に進んでいく。
二人は顔を見合わせ、そして導かれていくのだが、
暫くすると、そこは神酒の守、社の蔵のようであった。
とん、とんと壁をのぼると、するりと蔵の中に入っていってしまう。
まるでこの蔵の守り神のように、あっという間に消えてしまったのを、茫然と見送る二人。
しかし突如声をかけられ現実に引き戻される。
“どうなされましたかの、御婦人どの”
驚いて振り向くと、作務衣の男が一人立っていた。
“すみません、とても綺麗な猫がいまして、、”
“ああ、”しろ“でございますな、うちの蔵の守猫でございますよ、ああやって番をしてくれておりますので、良き酒が造れますのじゃ。”
へぇーと感心しつつ、おどろく二人に男が話してくれた。
その昔、良き酒がつくれた年は豊作となり、そうでない年は、
冷夏となり不作となっておった。
ある時、蔵に真っ白な猫があらわれるようになってから、
良い酒ができ続けるようになり、豊作が続いた。
それから地域の蔵は祈願して、この社に奉納するようになったのだとか、また猫は子をたくさん産むので
安産にも良いという縁起もあるようになったとも言う。
それで白い猫は、代々この蔵の守をしているのだそうだ。
お梅は、何かを感じたようで、あたりをぐるりと見ている。
その先に新しい何かのイメージを捉え、視線が注がれているようであった。
翌日、お梅は下絵を何枚も試作した。
満開の桜の木の下で、舞い散る桜と、遊び回る一匹の白猫。
一太にも見てもらい、これぞという一枚を選び、
依頼の一振りに仕上げた。
翌年、選ばれた小町は、それはそれは美しく、
そして誰もがその奉納を、心に残したという事であったという。
お白と桜で、1セット、白舞桜として、新しい酒の銘柄になったり、社のお守りや絵馬に、ブランド化に成功するのであった。