17北の海から来た少年
昼過ぎとなると、随分と人通りがふえてきた。
皆、それぞれの目的を持ち、慌ただしく通りすぎる。
百人百様の表情が、見ていて面白いと思う。
偶の手の空いた時間、一太は途中地点の城下にいる。
例の夏蜜柑の件で、兼仁寺に寄った帰りに、お浜にも
“まぁまれいど”の追加を届けた帰りだ。
やらないといけないことはすべて済ませたので、
城下を少し見て回ろうかと、目にした店屋で時間をつぶして
いたのである。
その時、通りの向こうから、背中に大きな籠を背負った少年が、ポツリポツリと一人で歩いてくるのが見えた。
日に焼けた顔に、うっすらと汗がうかび、年齢の割には
たくましく見える。
そうこうしているうちに、ある料理屋の看板を見つけると、
立ち止まり、看板を見上げていたが。しばらくすると中に入っていった。
暫くすると、その飯屋から出てきたが、少しイラついているようで期限が悪い。
“何言ってんだい、お高く留まりやがって”
どうやら商いが不調に終わった様子だ。
近くにあった小石を蹴って八つ当たりするも、
コロコロと転がったそれは、運悪く一太に当たり、
またどこかに飛んで行ってしまった。
“うぉっ”
“あっ!すまねぇ”
頭を掻きながら、少年が詫びてくるが、当然先程の流れを見ていた一太に怒る気はない。
むしろ少年の商いに惹かれ、更に声をかけている。
“どうしたんだい坊主?”
なんだかおもしろそうに一太の方から訪ねて来た。
里に戻ると、一太は少年をお篠のところに連れてきた。
“へえ、そんな遠くから来たの。”
お篠が聞くと、少し恥ずかしそうに答える。
少年の名は、伊之吉、北の海の大浜の里から、1日半かけて
徒歩でやってきたらしい。
父親が漁で魚を取り、その魚の卸先をもとめて城下まで
はるばるやってきたらしい。
城下に着き、この料理屋ならと、交渉するも決裂、
鯖なんぞ腐り易いものなどいらない、そんな遠くから運んできて、とあえなく追い出されたそうだ。
“こちとら塩で、塩梅よく下仕事しているっていうのに、
なに考えてんだか。あんにゃろ”
伊之吉の表情には悔しさがあふれていた。
そうこうしているうちに、お篠が鯖を焼き上げ、芳ばしい
匂いに唾液がいっぱいになる。
“うまいな!”一口食べて一太が頷く。
脂も抜群にのり、程よく塩の効いた鯖は絶品の味、大浜の味。
“だろ、だろ、なんたって魚の事はおいらが一番知っているんだ、”そう言って伊之吉もうまそうに魚を平らげる。
人心地ついて、一太は考えた。
この少年が言ったように、このあたりの人間は魚に慣れていない。
また、それは料理についても同じだ。
地域のおいしいものを、おいしく届けて食卓を賑やかに
飾ることは、きっと皆に愛されることになる。
特産品と名産品のコラボによる相乗効果、これはきっと
ロングセラーになる、そういう
一品の可能性が見えてきたのであった。
お篠に頼み、酢を用意してもらい、
三枚に下した鯖を、軽く塩抜きして、酢につけ、
一晩なじませてから、翌日酢飯にのせ、さらしで押す。
竹の皮で包み、仕上げに張るのは一太特製の
商標だ
“大浜特産 鯖街道 鯖寿司”
大波があしらわれ、荒い毛筆体がシンプルでカッコイイ。
城下に戻り、例の料理屋で試食させると、
目をくるくる回して驚く店主の顔がおもしろい
そして、2人して誇らしげに讃えあうのだった。
かくして、料理屋の方には鯖寿司のレシピを、
伊之吉には、配送が続くように、人の配置を依頼する。
しっかりとしたロングセラーとするには、その販売を支えるロジスティックが重要だ。
今まで売りたくてもうれなかった地域と、食べたくても食べれなかった地域、それを結ぶ新たな道ができた。
商売ってつくづくおもしろいと思う一太であった。