16故郷の味
お浜からの便箋。
一太あてに、見覚えのある便りが届いた。
丁度双月前、お浜に持たせたものだ。
近況報告かと思うも、少し不安になりつつ、ぱらぱらと
開くと、はらりと葉が一枚揺れ落ちた。
見ると蜜柑の葉の様である。
文では、どうやら数年前南の海から流れ着いた大きな柑橘があり、その種を持ち込んだところ、実をつけたのだが、酸味が強く一向に食に向かず、木におかれたままというようなことが書かれていた。
うん、これはたしかに、夏蜜柑かもしれないなと思いつつ、
もしかしたら、これはお浜自体を譬えているのかもとも
思う。
もう、そういう伝え方のできる子であるし、そういう周りからの期待に気を廻すことも、感じることもできる子だ。
気疲れもしているだろうし、本当のところ郷愁もあるが
一番な最後のところで、ぐっと我慢しているのかもしれない。
そんなお浜のSOSを一太は受け止めて何とかしてあげないとと思う。
最初に感じた不安は、そのようなところの不安かもしれない。
“さて、夏蜜柑、夏蜜柑と゛暫く返事を考えて
まずは現物を探すことから始めることにした。
数日後、答えは意外と身近な所に存在した。
瑞円和尚の兼仁寺からは、茶葉を定期的に搬入しているのだが、何気なくその使者に問うた所、境内に黄色い果実を見たとのこと、さっそく朧と共に寺に赴くと、まさしく夏蜜柑そのものであった。
“いや、お城のもそうじゃが、わしの新しいもの好きは
皆が周知のことじゃからのぉ。”
豪快に笑いながら、瑞円和尚は語る。
新しいものが入れば、まずは兼仁へ、
当時から、そのような慣習が出来ていたらしい。
ただ、ずっと酸っぱいのはここも同じで、主に書画の鑑賞用としておかれていたらしい。
和尚から快く了承いただき、数個を社に持ち帰った。
社に帰り、手で割り、調理しやすいように下準備する。
朧が剥いて用意していると、一太は実ではなく皮をもっていったので、思わず声をかける。
“あっ、そちらは、、”
“まぁね、そちらも使うけど、実はこちらの方が大事なんだ”
そう言うと、皮の方をすり鉢でごろごろと摺り始めた。
暫くすると、なんとも良い香りが立ち上り、まるで香木のようだ。
すり鉢に入ったそれと、あら切りにした実を煮立て、蜂蜜を加え、薄切りにした皮もここで加え更に煮詰める。
隠し味に、薄荷を一枚加えて出来上がり。
“これがまぁまれいどです”
一太の言葉に、朧は目をきらきらさせていた。
行儀悪く指でぺろり、試食する。
柑橘の良い香りが鼻を抜け、蜜柑のしっとりした後味が
広がった。
うん、これはおいしい、間違いなくおいしい。見ると
朧がこぶしをぶんぶん、いつもの動作をやっている
“おいしい!これ銅鑼焼に入れちゃだめ?”
“もちろん、でも一つだけ条件がある”
一太のプランはこうだ、
期間限定での販売、そして数量限定とする。
なぜなら、取れる時期、数量、などが限られているから
現状では、まず通年発売することはできない。
しかも、新たな作業を増やすという事は、それだけ
作業工程が増えることになるので、前もって計画できる
販売数しか用意できないだろうと。
そのうえで、今しかないという希少価値を
付けることにより、メインの銅鑼焼と共に、顧客認知を拡大させることも可能になるのだ
売り方を工夫することで、より価値が上がるし、
“今だけ”ていうのに人はめっぽう弱い。
それがこのプレミア商法である。
半月後、お浜の本に、一太からの返信が。
“酸っぱい実も、故郷の思い出を加えれば、
甘露になり申す“
まぁきれいどの小壺と、製法が書かれた説明書が
同封されており、それを見たお浜はさっそく、
作り始めたそうだ。
そして、お浜の出す文には必ず、その小壺を添えて
あるので、大層評判を呼び、お浜の人脈は拡大したとか、
というかお浜自体が元気を取り戻したらしい。
ともに、理解者も増えたことで、後の浜の輿、大躍進の基とにつながったのは、また後の話。