15茶の湯
“よくぞお越しなすったな。”
柔和な瑞円和尚が微笑みかける。
篠、おふう、朧そして八兵衛らは、今、兼仁寺の一間を
訪れていた。
“いや、風の噂でたいそう上手い甘味があると聞いてな、
丁度そういうものを探しておった所で、これも御仏の
思し召しかの?”
そう言うと、瑞円はこれまでの経緯を皆に話始めた。
海の外に赴いたのは、本物の仏の教えを確かめることであったこと。それについては満足得る結果が得られたそうだ。
しかし海外の最新の教えでは、それをより円滑に取り入れ、そして人々がやる気を出すしかけを、生活に取り入れている事、実はこれこそが今まで見たことがない新発見であった。
そしてそれらが仏の教えを根付かせる過程で欠かせないという事が、瑞円自身も今感得していることであり、その一つとして現在“茶の湯”を導入しているという事であった。
兼仁寺その境内に茶畑を開き、まず生産を確保する。
そして、来訪客に勧めては、その認知を広め、
茶会にて貴なる方を催せば、その位を高くする。
そうやって消費と需要を拡大することで、将来は一般にまで広める狙いがあると言う。
そういう話の上で、茶の湯には、その深き苦味に対比して、是非上質な甘味、この組み合わせとして、甘い菓子が最適なのだという事であった。
瑞円和尚、手ずから、茶を淹れ、自作の羊羹をふるまう。
この羊羹も海の外から持ち帰ったもの、あちらの師の好物らしく、こちらでは見たこともない甘味だった。
“どうじゃな、うまいじゃろ?”
そう言いつつ、和尚はあぶり餅、かすてらに手を伸ばしている。
“これもなかなかじゃな”と言いつつ、ぱくぱくと平らげ、手にしたお茶で流し込む。
社側も、羊羹を口にし、お茶をすすると、朧が、
“本当ッ!お茶が合いますね!” 二人の女将も
“うん、いけますね。”
“あら、もう少しいただきたいわ”
と言うような様子。
唯ひとり、八兵衛だけが、何かを確かめるように、黙々と食べてはすすり、食べてはすすりしていたが、
それを見ていた朧が、
“ねぇ、おいしくなかったの?”と聞くと、
“いや、そうじゃねぇ、そうじゃねぇんだ。ただ
こいつを新しいぱんけーきに使えないかと思ってね。”
と八兵衛は手の中の羊羹を見つめる。、
ほうっそれはどう言う事かと、和尚が聞くと、八兵衛はこれまでの経緯を、静かに語り始めた。
“なるほどな、それは大変じゃったな、どうじゃわしが
この作り方を教えるから、一つやってみんかの?”
“本当によろしいんですか?”
八兵衛は是非にとお願いし、他の三人もそれに続いた。
翌日から兼仁寺で八兵衛の新作づくりが始まった。
まずは前日に浸水させた小豆を、割れないようにゆっくりと煮立たせる。
途中しっかりと灰汁をとり、休めたりしながら焦らず
炊き上げる。
途中何度か水を変えて渋切り、ふっくらと煮えてきたら、
蜂蜜と楓蜜をブレンドしたものに、豆を加え練り上げる。
羊羹にするにはここから葛粉を加えていくのだが、
“かの国ではな、これを麦粉で練った生地にで蒸上げるのじゃがどうじゃ?”
という和尚のアドバイスを頂き、この状態で一応完成とし、
これをぱんけーき2枚で挟み込むことにする。
まずは和尚が一口、
“ふむ、む、む、む、、、、、”
無言で口を動かしている。
八兵衛と、今日は合間を見つけて様子を見に来た朧、二人が固唾を飲んで見守っていると、和尚はごくんと最後の一口まで食べつくして、ぷはぁと茶を一服すする。
“たいしたものじゃ、これはあちらのものよりはるかにうまいぞ!”
と、頷き返し、八と朧は抱き合って喜ぶ。
その晩、篠とおふうにも見てもらい、こちらも良い感触であったが、更においしくする改良を加えることにした。
はさんでいるあんこに、例のばうとろ(バター)そのものを乗せ、黄粉をまぶした、“あんぼうとろ”がまず新製品その一。
これは、さらにコクと風味が増して至極の逸品、朧の大オススメの一品となった。
また分けていただいた抹茶を生地に加えて、緑の深いぱんけーきも作ってみたがこちらも苦味が程よく、大人の味。
抹茶の香りが良く、こちらも和尚に好感触で、うまいうまいと、にこにこしながらひげをなでている。
やっと人心地ついた八兵衛であったが、そこで大切なことを
忘れていることに、やっと気づいた。
“和尚さま、まだこの名を決めておりませぬ!”
“なんと!、そうじゃな、そこにある銅鑼の姿に良く似ておろう、”銅鑼焼“でどうじゃな?”さすがは和尚、
見ると読経する座の横に、同じような金型の鳴り物がある。
“あは、正しく銅鑼ですね!良い名でございますありがとうございます!。”
新店の見通しがほぼたった所で、八兵衛は一太にも報告に来た。
充実した未来に、やる気が満ち溢れ、一太もうれししく思う。
これから新店のチラシを作るにあたり、屋号を決めねばならないが、八兵衛は自らもう決めているようだ。
“朧八瑞円堂”で進めることになった。
さっそく包装容器、販促物、値札などの様々な印刷を勧めなくてはならない。
忙しくなるぞと、一太は気合を入れるのであった。
一方、今回瑞円和尚とご縁が出来たことにより、風の社でも
“お茶“をお出しすることになった。
一那とかぜやでは、あぶり餅を食べながら、茶をすする音が日がな続く光景に、自然と、茶店というカテゴリーが
できつつあった。
うまい茶とうまい菓子、社に来れば誰もがくつろげる
そんな日々が続いていくのであった。