表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸風に吹かれて  作者: 村崎野 賀茂
14/22

14新風

お浜が袖を通すと、見事な桜の春が浮かびあがった。

お梅が染め上げた、見事な春の一瞬、今日のお浜の御輿上げに譬えようもない彩を添えていた。

お浜はこの日のために、本荘家の女将から、日々

行儀作法から、書画華楽を重ねてきた。

おふき祭りの夜に運命の出会いをし、お白洲でその正体を知った青年が、実は何を申そうお殿様だと知り、一時は拗ねていたものの、至全の思いの喜びに、今日この日まで、徐々にポジティブな心の変わりよう、見守る周りにもそれがよく伝わり、皆に幸せな空気が拡大していくのであった。

“お浜ちゃん、ほんに綺麗だねぇ”

篠もうっとりと見とれている。

目頭を押さえる本荘の女将も、何度もうなずき手布を

握りしめる。

一太も頷き返しつつ、振り返るとある物を取り出した。

お浜のために、一太が持たせたのは、

“えっ、これは?”

と、お浜が驚くほどに意外なものであった。


“はい、これは”れたぁせっと“と言うんですよ。”

一太の話はこうだ。

確かにお殿様に見初められ、今回の御輿上げも大変光栄な事

であるのだけれども、一人喜べば一人悲しむ、世の中すべての人が、自分と同じ立場にいるわけではないのだよと。

だから、そういう人を見つけたらいつも気遣い、自ら声をかけて、共感できるような人間になる事が大事だと、ちなみにこれを“こみゅにけーしょん”と言うんですよ、

そういう時にこの“れたぁせっと”はきっと役立つはずだから、是非そばにお持ちなさいませ。

そんな訳で、お城でも頑張りまっしょいね!“

とすこし、おっさんが入りつつも、一太は精一杯の応援をするのであった。

お浜が輿に乗って、お城に向かうのを見送ると、一太は

本荘の女将と相談を始めた。

今回新しい染めを開発したことで、秦の里と新しいパイプ

が生まれつつあった。

ぱんけーきとべびぃかすてら、二つの屋台は今、風の社で

開けているが、秦の里にも、蚕の社 というものがある。

是非そこで新しく屋台が開けないかという話だった。

しかし、問題はその屋台の開設資金、これをどうするかだ。

風の社では、最初のお守りや絵馬の収益があったので

何とかなったが、今は、新しい印刷や染めに、できれば、その開発資金を投資したい。

そこで、この本荘家に、“ふらんちゃいずおーなー”として

出資しないかと、話を持ちかけてきたのであった。

運営にかかわる教育や、準備は社側で行い、本荘家では出資を行う。

この方式で行うと、少ない資金で多店舗展開が可能になるし、資本家は有効な投資が可能だ。

多店舗展開の主なメリットは、規模の経済が利くことと、人材のキャリアを作れる事だ。

元小作農の男たちに、働き口を与える事と、間もなく出来上がってくる紙容器の製造単価を下げるためにも、多店舗化は

必須だ。

幸い、女将には好印象だった。

早めにこちらの話を進めていこうと一太は思う。

かくしてもう一つ作戦がある。

新しい印刷技術を使えば、カラー印刷が可能だ。

季節は夏に差し掛かる直前で、今や華やかな図柄の“団扇”これが今年の夏はヒットするだろうと予想する。

できれば社の特産品にしたい。

おりしも秦の里で、新作染め物も始まっており、

帯裏に刺した“団扇”と、美しい図柄の“夕然”は、

間違いなくマッチするだろう。

秘かな期待に、心がわくわくするのであった。


その頃、風の社の屋台では、新しい試みが行われていた。

“この中にだな、新しい何かを挟むんだ”

そう言うのは、例の男たちの元頭領、名を八兵衛と言う。

“みそだれだとこぼれちゃうし、黄粉だと食感があまり良くないね。”

そういうのは、八兵衛と同じく北の里の同郷で、朧という娘だった。

八兵衛とは、同じ里の元は幼馴染であったが、改心して社の屋台で働いていると聞いて、自分も頑張りたいとかぜやで少し前から働きだしているのであった。

一太が鷹尾の里で紙の手配をすすめる中、贈答用の新しい店の為に、今までにない新商品を俺の手で作り出したい。その強い意気込みで、仕事が終わった後も、八兵衛はこうして試作を進めているのだが、朧もそれに加わりつつも、案外楽しんでいる、そんな関係であった。

“今夜も遅くまでやってるのね、”

那助を店終いにした篠が、ひょっこりと顔を出す。

最近は忙しい中でも、暖かくその様子を見守る姉御肌女将だ。

試作したぱんけーきをひょいとつまんでは、そうだなぁと

毎回的確なアドバイスをくれるので案外ありがたい。

そうこうしているうちに、かぜやのおふうもやって来て、これまた女3人、かしましいガールズトークが始まる。

八兵衛だけが取り残されていたが、だんだん盛り上がってきた所で、おふうがおもむろに二人に切り出す。

“あのね、東の兼仁寺の瑞円さまがね、あぶり餅を

食べたがっているんだって。”

里の東にある兼仁寺は、海の向こうから帰参した瑞円

和尚が開闢した禅寺で、今やちょっとした名刹だ。

海外の最新情報をはじめ、いろいろなおいしいものを

目にすることができるという事で、最近噂になっているのだが、そんなトレンド和尚から、急きょお声がかかったという事で、おふうが落ち着かなくなるのも無理もない事だった。

なにしろおいしいもの、と聞いたら女子としては見逃す手はない。

“そうだね、あなただけってもなんだからね、これは

一つ皆で行ってみるかい?“と篠が言うと

“ねぇ、朧ちゃんも行こ、行こ!”とおふうが続く

“八さんも、お願い”

朧が交互に二人を潤むように見つめると、

じゃあ荷物持ちをしてもらう、という事で八兵衛の同行が

決定したのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ