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幸風に吹かれて  作者: 村崎野 賀茂
13/22

13シルク

一太の前に100枚の束があった。

先日鷹尾の里に発注していた、新しい製法の紙、

その試作品か届いたのである。

頭領の黒助らは、もともと御用達の簾き和紙を作っていただけあって、技量は高い。

問題はコストをどう抑えるかだった。

一太の使ったのは洋紙、其れも中性紙の技法であり

実は600年後の技術であったが、さすがは黒助ら、

ベストな薬料の配分を見つけてきたようで、

送られた洋紙は白く、そして見事なものであった。

これらを使い、今の顔料で多色刷りのチラシを作る。

考えただけでわくわくする一太であったが、せっかく

出来た100枚、それを使い捨てのチラシにするには、

まだまだ時期早尚かと思い直す。

いろいろな印刷に向く、新たな紙。

そこで、一太は今まで考えていた新たな技法を、これらの紙を使って試すことにした。


先だって、緑の色素を集めた、秦の里。

そこでは養蚕が盛んで、高品質の絹が産業となっている。

これを使って一歩進んだ印刷方法を試したい。そう一太は考えたのである。

新しい技法とは、凹版印刷、俗にシルクスクリーン

と呼ばれる技法だ。

白い洋紙を手にいれたのは、コスト面もあるが、

カラーの効いた多色刷りのチラシを今後作成したいのもある。

画入りのリアリティーあふれる印刷があれば、離れた顧客にも十分その魅力を届けられる。そうすると

今までの商圏を一気に10倍に広めることも可能なのだ。

そんな思いを胸に、新しい取り組みがスタートした。


緑素で縁のあった秦の里より、質の良い絹を取り寄せた。

それを木枠に取り付け、表面に蝋を塗る。

原図から、色ごとの木版を作り、そこから粘土に凸版で写し取る。

出来た粘土版を加熱し、そこに木枠の蝋面を当てれば

充てたところだけが蝋が溶けるので、それを針刀などで調整して凹版とする。

そこに顔料を注げは、蝋のない部分から顔料が沁みだしてくるので、これに紙を当て裏から漉けば、凹版印刷となる。

これを色ごとに版を繰り返す事で、多色刷りの印刷が可能になるという塩梅だ。

なんだか“ぷりんとこつこつ”のようだね。

子供の頃、年賀状を作った時のことを一太は思い出す。

あれから時はたち、プリンター全盛の今ではもう忘れられている技術だが、あの作っているときのワクワク感や、乾燥して出来上がりを待つ達成感は、今でもよい思い出として残っている。

きっとこの里の人にもこの喜びを伝えらると、にやにやしながら一太は版を作るのであった。


一太がまず最初に作ったのは、“ぽいんとかーど”だ。

表には、あぶり餅とぱんけーき、べびぃかすてらの

多色刷りのイラストがあり、裏には、すごろく状の十二観音が映されている。

一那、かぜや、加えて2つの屋台で利用した時に、朱印を押してもらうと、それぞれの観音様に御祈願した事と同じ事になり全てが埋まると、好きな菓子とお守りが一つもらえるご利益がある、という設定で参拝客に勧めると、我先にと買い求める客でごった返するようになった。

これにより何度も利用する、購買頻度の上昇を最初に目指したわけであるが、結果は予想外に、一度に一那やかぜや、屋台は両方とも利用するなど、購買単価の上昇が見られた。

クーポンの効果としては、リピートすることのモチベーションと、複数利用できる利便性、その両方の効用の相乗効果がもたらしたものだと思う。

思わぬ効果に驚きつつも、更に顧客を飽きさせないしかけは

あればあるほど効果が高い。

次は“すぴーどくじ”もおもしろいかもと、嬉々として、版の準備をし始めるのだった。

そんな折、秦の里から、一人の娘が訪ねてきた。

名を、お梅といい、秦の里で機織りをしているそうだ。

“あたい、お九志汰さまの色柄が好き!なんであんな柄が

出せたりするの?”純朴そうなお梅が訪ねる。

聞けば、絹糸自体の染色はあるものの、あくまで単純な

色構成に限るそうだ。

年頃のお梅としては、蝶やら花などの華やかな色柄を出したい、しかしそれを出す方法がちっともおもいつかない。

そんなときに社が出している、色鮮やかな印刷物に出会ったのだそうだ。

“衣料へのぷりんとは未経験ですが、是非やってみましょう。”

一通りお梅の話を聞くと、一太は準備を始めた。

まずは図柄の作成から始める。

花、蝶、鳳凰、鳥、魚などは基本のデザインだ。

お梅も普段から、いろいろと考えていたらしく、其れらしい

ものはすぐに書き上げていく。

一太はそれぞれの色毎に版枠を当て、必要な版を作り出していく。

見た目は綺麗に版が出来ていて、色を重ねるごとに

上質になっていった。

そうして出来合ったものを白反物に映し、いざ着物にしたてると、皆が思いもしない新たな問題が起こったのだ。

“なんかあたいの思っていたのと違うの!”お梅が嘆く

確かに図柄はうまくプリントできたのだが、シンプルな

図柄ただそれだけでは、いささか味気ない気がする。

言い方は悪いが、小学生の書いた絵のようともいえる。

暫く考えたのち、一太がお梅に切り出す。

“なぁお梅さん、思うんだが、この反物に必要なのは、

“物語”じゃないだろうか?”

“物語ですか?”

“そう、反物一振りの中に、基本のデザインだけでなく、

図柄が活きる世界のすべてを描きこむんだよ。”


そう言って、一太が取り出したりは、割と厚めの丈夫な和紙

だった。

その和紙を山折り、谷折りに折り込み始める。

出来上がったそれを、マチをつけて2つに折り込むと、

前後に板と取ってを取り付け、根元を蝶番で繋いだ。

弁を取り付け、竹で作った吹き口を作り、薄めの顔料を入れた瓢箪を取り付けた。

霧吹き装置の完成だ。


“これは”えあーぶらし“と言うんだ。”


と言うと、手近な白反物に黄染を吹き付けていく。

鳳凰をプリントし、沈む夕日とたなびく雲を走らせると、

そこに見事な夕景の世界が浮かびあがってきた。

暫く見とれていたお梅、、

“お九志汰さま、これです!。”

反物を肩にかけて、涙目でいつまでもうっとりする様は、年頃の娘のそれに違いない。

“お九志汰さま、この染、何と申しましょう?”

お梅の問いに、

“そうだな、見事な夕景の世界なので、”夕然“ていうのは

どうでしょうかね?”

“素敵!”

里にあらたな染めが生まれた瞬間であった。

それから基本の顔料はそろっているので多様な世界が

どんどんと染め上げられていった。

薄い桜色と花柄で春の世界。

緑地と大輪の花で、初夏の美しさを

青地に清流を表して、渓流魚の躍動感あふれる生命を

黄金色に紅葉で秋の情景を、

多様な世界感を染め上げて、社の娘たちにも大好評であった。


そんな光景を見て、一太は例のごとく分類し、

絵柄を書き留めていく。

お梅が訪ねると、

“これは、ふぁっしょんかたろぐです”

との事、これを一太の印刷でたくさん作れば、

遠くの土地にわざわざ実物を持ち込まなくても、

販売をすることができるとのこと。

集まって、あれが良い、これが良いとはしゃいでいる娘たちに、この着物のもでるに、と無防備に言ってしまうと、

更に大はしゃぎが始まってしまうミス。

一太は暫く放っておくことにした。


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