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幸風に吹かれて  作者: 村崎野 賀茂
11/22

11紙の里

峻険な谷を上り、峠を越えると、その里が見えてきた。

一太が那助を連れてここまで来たのには、理由があった。

ぱんけーき、そのブランディングには、どうしてもあの

漉き和紙が必要なのだ。

 そして、コストの事もある。

出来ることなら、低価で手に入れたい。

その2つの思いがここまで来た原動力だ。

そして、それらは今ある社のすべての業の将来にかかわる事だ。

そう考えて、那助の同行を勧めたのである。

峠の溜りで、手元の竹筒から水を補うと、背を押されるように、二人は里に向かう。

半時ほどで、黒助のもとに到着した。

“よう来た、先日は世話になったな”

手土産に持参した“ぱんけーき”に黒助は愛想よく出迎える。

聞けば、里の女将たちには、つとに好評だったようで、次はいつかと請われていたそう。

黒助が上機嫌だったのも、家庭内円満、家内繁盛の家風なのだろう。

“黒助どの、今日はお願いがございまして、参った次第です

なにとぞ、お聞きくださらんか?”

真剣な那助が問うと、

“うむ、難しい話は明日じゃ、まぁ今夜は当家にてくつろがれい。”

と屋敷内の客間に案内されるのであった。


翌朝早く、一太らは紙づくりを見学する。

愛鷹山で採れた、コウゾなどの灌木を砕き、煮詰める。

繊維の水溶液となったそれを、漉き枠に均一に流し込み、

厚さを均一に整えながら、除水していく。

最終的に8%くらいの含水率にしたら、簾に上げて、

よく乾燥したら出来上がりだ。

リズミカルに漉いて、次々と簾がつみあがっていくのは

見ていて壮観だ。

那助が水に指をつけて、その冷たさにひゃつと縮こまる。

“そりゃそうだ、鷹尾の水は雪解け水じゃけな”

と黒助はうんうんと頷きながら、なぜか嬉しそうだ。

“まぁ、見ての通り、辛抱しながら皆の手で作るものじゃけえな、安くしとうても、それなりになってしまうのじゃ。”

確かに、黒助の言うとおりだ。

一枚、一枚手作業で、とてつもなく低温の冷水を扱う非常に

負担のかかる作業。おそらく目に見えない手間もそこかしこにあるだろう。

それにしてこの品質、そしてこの対価なのだと、一太は

納得せざるを得なかった。

 しかし、この紙が必要なのは一太にしても同様であり、

そこは、はい、そうですかと帰るわけにはいかなかった。

元印刷会社、過去の一太のすべての知識や経験を動員して、

この危機をいかに乗り切るか、全力で取り組むほかなかった。


翌朝一太は人に請い、いくつかの資材を手配した。

西には、有の山のふもとに温泉があり、黄いろ石がたくさん

あるという話を聞いていた。

この黄いろ石はおそらく硫化物、そしてこれから硫酸水が

作ることができる。

また南には、瀬の海があり、貝や海藻がたくさん取れる。

一太はこの二つで、解決策を作ろうと考えたのである。

まず、原料であるが、コウゾだけでなく、目の間にある灌木

を砕き、一時原料の低コスト化を図る。

それらを窯でよく煮詰め溶解させ木材チップを作る。

次に貝をよく砕いたもの、海藻を乾燥させて燃やした灰から

アルカリ溶液を作り、ここにとチップを投入する。漂白作用もあり、白くなった混合物をろ過し、次に硫化物の水溶液に

投入中和させ、強度を増すために松ヤニを投入。そうしてできるのが今回の狙っている製法だ。

あとはこの湿紙を、漉いていけば出来上がりとなる。

薬剤を使い、真っ白な紙ができることと、原材の安定化と均質化を図ることで、漉き方は生産力高く維持できることが強みだと思う。が薬剤の率や加減はこれから手探りだ。

数日かけて工程を見守っていた黒助は、驚きを隠せないよう。

まあ、600年後の技術だからな、と一太は心の中でつぶやき、口元が緩む。

これらが量産できるようになったとき、一太の考える販促が

、そして男たちの未来が、実を結ぶ日になるはずだ。

そうなる日が一刻も早くなれば良い

黒助とこまかな打ち合わせをしつつ、夜遅くまで調整を

続けるのであった。


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