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幸風に吹かれて  作者: 村崎野 賀茂
10/22

10縁日

“違う!違う!もっと焼き目がついてから返すんだ!”

一太の指導に、男たちが狼狽える。

まあ、生まれてこの方こんな作業は初めての男たち。

主たる祀り神のお九志汰神の御創始の日、それを縁日としたのだが、それまでは日が無いのだから、これも仕方がない。

何より、殿様から直々の依頼だ、何としても一人前として

仕上げなくてはならない。

“そう、その感じ、今の具合をしっかりと叩きこむんだ”

一太が今教えているのは、“ぱんけーき”だ

一太のいた世界でも限りなく女子を引き付ける魅惑の食べ物、この時代においても当たること間違いない。

小麦粉と鶏卵と、それと農家に請うて親牛の乳を分けてもらい、生地を練り上げる。

炭火で温めた陶板に薄く伸ばし、こんがりと焼き上げる。

仕上げに社の秘密の楓蜜をかければ、出来上がりだ。

篠やお浜にも試食してもらい、OKが出た。

あとはこの男たちが自分たちですべて作れるよう指導するのが、今回の一太のミッションだ。

“これを12枚ずつ、4回、半時の時間内に焼けることが

必要だからな。”

営業時間は辰の刻から、申の刻まで、5刻10時間なので、

フルで焼いたとしても480枚の生産力となる。

しかし実際は繁閑があるので、そううまくはいかない

一つ2文として、人件費は一人50文、

4人で200文、一つ1文の原価で総利益は、280文となるので、つまり最大売上総利益で480問となる。しかし

だいたい240枚が基本の損益ラインだろう。

これに包装費や広告費、地代など諸経費がかかるので、実際は300枚が限界利益の販売数となるだろう。

閑散時間帯除くと、4時間が勝負、その4時間でこの枚数の2/3を焼き上げないと、売りたいにも売る商品が用意できない機会損失となる。

故に前述のとおりの半刻に12枚4回転はここから導きだした数字なのである。

いつになく真剣な男たちの目、まあこいつらならきっとやり遂げるだろう。

男たちの挑戦はさらに続く。

一方、お浜というと、好いた青年がお殿様と分かり、

最初は少しすねていたが、徐々に実感してきたのか、最近は、

にやにやが止まらないらしい。

そんな浮ついてちゃ駄目よという、本荘の女将の言葉に

笑顔で返しつつ、前の明るい娘に戻ったことは、随分と父親を安堵させたようだ。


次に那助が持ってきたのは、陶板2枚を重ね合わせた焼き型だ。

“ぱんけーき”ができるなら、“べびぃかすてら”もできるだろうと、今回は那助に作ってもらっていたのである。

焼き型自体も凸版印刷とよく似ている。

先程の生地に、楓蜜を混ぜて、余熱を使ってふっくらと

仕上げた“べびぃかすてら”は、実はこの縁日の秘密兵器にするつもりだ。。

ころころと出来上がる様は見ていて面白く、パフォーマンス

性は十分だと思う。

もともと“あぶり餅”で集めた甘味の集客層だ。

新たな選択肢を加えることによって、飽きずに利用、つまりリピーター化することが一太の狙いだ。

これは、ハンバーガーチェーン店が、キャンペーンで期間限定の新商品を次次出すのと同じ原理である。

一太はそういうキャンペーンのチラシ制作に随分と携わった事があるので、その原理はしっかりと理解している。

しかし今回は、縁日のポスターを作成し、近隣の村落に配布するつもりだ。

お吹き祭りの準備で、色彩は随分と多彩になったので、

より華やかになるだろう。

でも本当は各世帯に配布するチラシの方がタイレクト性は高いので、一太がやりたいのはこちらなのだが、、、

問題はチラシの元となる紙、安くて大量に使える紙がない。

これが一番の問題なのだ。

今までは安価に使える竹の皮を使ってきた。ただ

保存性や、こと大量生産となると、資源の事もあり、できれば紙で印刷したいのだ。

しかし紙の生産はごくわずかで、高コスト。

この問題を解決しないと、進めない状況になっていた。

そんな慌ただしい日々を過ごすうちに、いつの間にか、縁日当日になっていた。

一那は、お浜や篠の呼び込みのかいもあって、早い時間から満席、しっかりとリピーターを確保しているようだ。

男たちも額に汗をかきつつ、懸命に焼きだしている。

一つ一つ売れていく実感に、慌ただしさに追われながらも、男たちの表情は明るい。

順調に参拝客が回転し、あっという間に昼過ぎになり少し落ち着いた頃、それは起こった。

“この”ぱんけえき“とやら、15枚ほど持ち帰りできるかの?出来れば贈答が良いのだが”

突然ふらりと現れた、初老の男に言われて

それまで懸命に焼いていた男たちの手が止まる。

ここに来る参拝客は、手に持ちながらそのまま食べたり、

1,2個を竹皮に包んで懐に入れて持ち帰ったりしていたりで、当然数を詰める容器、ましてや贈答の包装など当然ない。

“申し訳ございやせん、主に手持ちの方の用意しておりまして”

“なんと、たいそう良い匂いがしておるのにもったいないのお、

丘も達の期限が良くなくてな、

ぜひとも里の者に持ち帰りたいのだが、うーん。”

と困り顔、しかし突然何か閃いたようで、

“そうじゃ、これにうまく入れてくれまいかの?”

初老の男が取り出したのは、上下3尺あたりの

一枚の漉き和紙であった。

“えっ、そんな高価なものに、良いのですか?”

と慌てる、

“平気じゃそんなもん、はよな”

とせかす。しかし、どうしよう、どうしよう

あれこれ、まあそうこう迷うならばと、

一太が呼ばれて来て、対応することになった。

一目見て一太は、

“そうかこの手があったか!”と声を上げる。

実物を見て気づいた。

今までコストの関係で紙は敬遠していたのだが、逆に

縁日という用途から出てしまえば、新たな需要は出てくること、そのことに一目で気づいたのだ。

一太は、漉き和紙を手に取ると、左に回し、右に回ししていたが、何やら手折りはじめた。

半折りにした後、左右2折してマチをつけ左右を閉じて、

上辺を折りいれたり。

すると1尺ほどの見事な容器が出来上がった。

“これは”だあすぼっくす“と言います”

屋台の男に手渡すと、焼き立てに楓蜜を塗り、手際よく

中に入れていく。

実は一太のいた会社では、このような包材も制作していたことがあり、一太も研修で何度か触った事があった。

和紙の趣が高級感を演出し、意外なほど付加価値を上げて

良い手土産として使えそうだ。

これは抜群の予感を秘めていた。

初老の男も、満足そうに受け取っていたが、

一太が、期待を込めて尋ねた。

“すいません、この漉き和紙はどこで手に入るのでしょう?”

“あぁ、これか、これならわしが作ったものじゃよ、

わしはなぁ、西の愛鷹山の鷹尾の里にて、紙漉きをしている

綾谷の黒助というものでな、今日はお城に収めた帰りで、まぁ、うまそうな匂いにつられて来てしもうたわい”と豪快に笑う。

“そうでしたか、私はこの社の者ですが、素晴らしい紙ですねぇ、”

“そうじゃろう、なにせこちとら御用達じゃからの、”

“はい、その通りで、しからば当方にも、少しお分けして下さらないでしょうか?”

“ほぉ、どうやら随分と気に入ったと見えるな。ならば、そこの”べびぃかすてら“も少し分けてくれたなら、考えておかんでもないぞ。”といたずらっぽく言う

そう言うと、一太から“べびぃかすてら”も受け取ると、

鼻歌まじりで上機嫌に帰って行ったのであった。


一太は、これで課題の根本解決ができるかもと思う。

屋台の男たちは、今一生懸命にできる事を取り組んでいて、

おそらく、それはもうすでにできているであろう。

問題は、この縁日が終わった後なのだ。

次の縁日までに、どのようにこの商いをなり立たせるのか。

単なる縁日の屋台としてでなく、平時で贈答菓子としてのブランディングが出来れば、この男たちの未来が開ける。

次の展開に向けて、新たな意思を固めよう。

一太は男達を熱く見つめていた。



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