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やきもちのきもち。







部屋を出たアメリは、廊下で待っていたティアーナを前にして、顔をしかめるとぎゅっと目を閉じた。


決して嫌な態度を取りたかった訳ではなく。

ただ香のせいでおかしくなった目を慣らしていただけだった。


眩しさが落ち着いたところで薄っすらと目を開けると、ティアーナも同じように顔をしかめているのが目に入る。


「……話をする? 私の部屋に行こうか?」


無言で頷いて、ティアーナはアメリの後を付いてきた。


客室にある椅子をティアーナに勧めて、アメリは鏡台にあった背もたれのない椅子を持ってきて、そこに腰掛けた。


「……えっと……」

「あなたはノアの妻でしょう?」

「あ……はい」

「貴族は自由に結ばれないと聞いたけど、ノアとあなたもそうなの?」

「あー……違うんだよね。私はそもそも田舎町にいた小娘だし」


そう、とティアーナは眉を寄せる。

その前から難しそうな顔をしていたので、そんなに表情は変わっていない。


「ノアに望まれて妻になった?」

「ああ、うん。良くわかったね、聞いた?」

「私も望まれた」

「そうだね……えっと……よろしくね?」

「よろしく? 仲良くしたいの?」

「まぁ、うん。だって、これから長い付き合いになるんだし、楽しい方が良いかなと思うんだけど。ティアーナはそうじゃない?」

「あなたは私に嫉妬しないの?」


アメリはううんと唸って首を傾げると腕を組む。ここまでティアーナやハルから言われると、やきもちを妬かないのは間違いなのかと思えてくる。

そういえば、今までも事あるごとに周りのみんなから心配されていたのを思い出す。


それでも自分の中からは怒りの様な感情は湧いてこないのだからしょうがない。

出てくるものといえば。


「……さみしいな、とは思うかな?」

「私が哀れってこと? それともあなたが惨めだって意味で?」

「違う、違う! じゃなくて……時が流れるなぁ、とか、人の心は変わるなぁ、とかって意味で」

「……分からない」

「……だよね。私もよく分からない」

「なんでノアは……!」

「うん?」


アメリがふへと力なく笑うと、ティアーナは口の中で小さく舌打ちする。


「……なんでもない」

「まぁ……でもほら。損は無いと思うから、出来たら仲良くしたいんだけど」

「いい気なもんだね」

「無理にとは言わないけど」

「お貴族様ってそういう考えなの?」

「う、うーん……どうかな、人によると思うけど……」

「あの人は何なの?」

「誰のこと?」

「いつも一緒にいるでしょ」

「ハル? ハルはクロノの部下だよ」

「あなたの何かって聞いてるの」

「……友達だよ」

「……そうは見えないけど」

「ティアーナは……」


ふと引っかかったものを言葉にしようとして、アメリは口を閉じた。

思い付いたことをどうすれば上手く伝えられるのかと考える。


ティアーナと向かい合って、話をして、思ってしまった。

もうこれはただの勘なのだから、無駄に怒らせたくはない。


「クロノのこと好きじゃないよね」

「はぁっ?!」

「あ、しまった」


椅子が倒れる勢いで立ち上がったティアーナを見上げて、アメリは自分の間抜けさに苦笑いする。


「そんなことない! なんで!! そんな!!」

「……だよね、ごめんなさい、ちょっと間違えた」

「間違えたってなに?! バカにして!!」

「してないよ、そういうつもりじゃなくて」

「私はノアと愛し合ってる! ノアもそう言ったし、私のお腹にはノアの子どもが!」




ああ、そうか。


それでクロノはティアーナを国に連れ帰ると言い出したのか、とアメリはこの急展開が腑に落ちた。


もう少し説明してもらっても良かったんじゃないかと一瞬だけイラついて、そんな時間も余裕もクロノにはなかったかと思ってそれを飲み込んだ。


「……ティアーナ、それなら落ち着いて。怒ったり、急に動いたりしたら身体に良くないよ」


ぎりりと自分の衣装を握りしめて、ティアーナは怒りをやり過ごして、どすと椅子に座り直す。


「……ティアーナにあのお香の調整を頼んでいるけど、あれはお腹の子どもに大丈夫なものなの?」

「……タンザーロの女は大丈夫と言うけど」

「心配?」

「……よく早産になる。外の人に聞いたら、タンザーロは多いんじゃないかって。中にはちゃんと育つ子もいるけど」

「……そう……じゃあティアーナももうあのお香は触らなくていい」

「……それは」

「私に教えて? ……まぁ、クロノには悪いけど、なんとかやってみるから」

「私がしないと……」

「ダメダメ、今からティアーナは身体を大事にするのが一番にすることだからね。その次が、私の先生だよ」




揃ってクロノの部屋に戻って、ティアーナと話したことを伝える。


黙って聞いた後は、クロノは分かったとだけ言って頷いた。


「ティアーナのお腹に赤ちゃんがいるんだって?」

「……ああ、そうだな」

「そういうことしたんだ?」

「いや……何というか……それが、記憶が曖昧で」

「へえ? そんなこと言うんだ?」

「ああ……そうだな、本当にすま……」

「それ以上言ったらぶっ飛ばす!」


アメリはクロノの目の前で、ぶんと腕を薙いだ。


ふわりとした風をクロノも感じたはずだ。


ティアーナも目を瞬いてアメリを見ていた。


「誰に謝ろうと思ったの? 私? ティアーナ? どっちにだとしても失礼だからやめて」

「……そうだな。分かった」

「堂々としてよ、皆んなの前では特にね」

「……はい」

「ティアーナもね」


ティアーナは無言でこくりと頷いた。


ふんと鼻息を吐き出して、アメリはにやりと笑う。



ティアーナはアメリの使っていた客室で過ごすことになった。

今は荷物を移して、部屋で休んでいる。


アメリは下の階の、クロノの部屋に近い場所、客室ではない使用人の狭い部屋に移動した。といっても、少し立派な宿の部屋と遜色ない。


ティアーナは困惑したような顔をしていたが、アメリは狭い方が落ち着くからと笑う。

むしろクロノの部屋に近くなったので、面倒が減った。




時間ごとにどれだけの香を使用するのか、それなりに複雑で、しかもクロノの体調を見ながら決めるのだとティアーナは言っていた。


アメリもずっと付きっきり、とはいかない。


といってクロノにある程度任せる、というのも危険な気がする。


「中毒者だもんね」

「……そうだな」

「ふたり揃って薬漬けかぁ」

「依存性があるのか?」

「そうみたいだけど、私はなんともない。……ティアーナがちゃんと外に出してくれてたし」

「そうか……気を付けないとな」


寝台に横になっているクロノに添い寝する。

アメリは横向きになって、頬杖をついていた。


起き上がるのが辛くなるほどだったのかと思うと申し訳ないが、つるつるした頬を指先で撫でる。


「自分でしたの?」

「……いや、ハルに手伝ってもらった」

「ふふ……文句言ってた?」

「嬉々としていた……私が弱っているから楽しかったんだろう」

「ヒゲ剃るのは怖いけど、髪は私が切ってあげる」

「うん……」


長くなったもじゃもじゃの中に指を通して毛づくろいする。


クロノが気持ち良さそうにうとうとし始めたので、アメリはゆっくりと起き上がる。

頑張って目を開けようとするクロノに口付けた。


ヒゲのなくなったつるつるの頬に。


「寝るまでいるから」

「……アメリ」

「うん?」

「ごめんなさい」


ぺちとアメリはクロノのおでこに手を置いた。


「謝ったら殴るって言ったでしょ」

「……これは心配をかけた分だ」

「……じゃあ、ごめんなさいじゃ足りないよ?」

「……そうか……どうしたら許してもらえるかな……」

「……別に怒ってないよ」

「……むずかしい……な……」

「……また後で考えれば?」


おやすみと瞼の上に口付けると、そのままクロノは眠ってしまった。


しばらく様子を見てから、アメリは静かに部屋を出た。


壁に背を付けたままずるずると廊下に座り込む。


気を付けないと本当に自分も中毒になりそうだ。

このくらいの時間がぎりぎりかと、額に浮いた油汗を拭う。

ふわふわとして、血の気が引いて冷んやりと、寒いような、表面が痺れたような感覚がする。

どこかケガをした時、もの凄く痛い時に似ているからなんだかおかしな感じだ。


ゆっくり呼吸を繰り返して、調子を取り戻そうとしていると、こっそり近付いてきた人が同じようにアメリと並んで座る。


「……アメリいっつもこんなしんどかったの?」

「ああ……ハル。クロノのヒゲ剃ってくれてありがとう。こうなるって先に言っとけば良かったね」


白っぽい顔でハルはふうと息を吐き出した。


「……僕はできたらあの中にはもう入りたくないな」

「いいよ、無理しないで」

「慣れたみたいに言わないでよ」

「そりゃ、ちょっとは慣れるよ?」

「……顔色悪いけど?」

「うーん……今ね。どこまでいけるか量ってんの」

「なにその綱渡り。ぜんぜん楽しくない」


ふへへとふたりして笑い合う。


廊下から見える窓の外は良い天気だった。

そう思える程度には、目の調子が戻っている。


「部屋を移ったって?」

「ああ……うん。近い方が安心だし」

「……どうしたの? なんか変わったの?」

「……色々ね」

「……また教える気ナシなんだね」

「助かるなぁ、気の利く人だと」

「……こっちは不服だけどね。そんなに頼りにならないかなぁ」

「まさかぁ……頼りにしてますよぅ」

「どうだか」

「ヒゲ剃ってもらわないといけないし」

「それだけ?」


笑いながら立ち上がると、ハルはアメリに手を差し出した。


遠慮なく掴まってアメリも引き上げてもらう。


「アンディカとローハンがあと何日かで戻るよ。さっき知らせが来た」

「ああ……そう? もう片付きそうなんだね」

「……先に城都に戻るように話そうか」

「だね……スミスがもう大丈夫なら」


スミスにいる騎士たちだけでなんとかなるには、流石にもう少し時間がかかる。それでもアンディカやローハンが居続けるまででもなくなったとハルは付け加えた。


負傷した騎士の交代要員を送り込めばやっていけるし、城都から離れてそこそこ時間が経っている。放置では無いにしても、残っている方に負担を掛けているのは間違いない。


「ハルもそろそろ戻らないとね」

「えー? まだ戻らないよ? それに僕が居なくなったらどうするのさ、困るでしょ?」

「うん? ローハンが」

「なんでそこでローハン?!」

「クロノも納得の」

「いーや。別に総長のやきもちなんかぜんぜん! なーんとも思ってないしね! むしろもっと妬けばいいと思ってるし! ていうか、妬かしてやろうよ!」

「なにがしたいの、面倒だな」

「ふーんだ。いい加減、総長も慣れろって話でしょ? なに今もいちいちやきもち妬くかな」

「もう習慣なんじゃない?」


やいやい話しながら並んで歩く。お茶でも淹れようと食堂に向かった。


折良く管理人の奥さんが焼き菓子を作っている美味しそうな香りがしている。


「ハル、ティアーナが部屋に居るから呼んできてよ」


不機嫌そうな顔が更にぶすくれる。


「そんな顔したまま行かないでよ」

「……しないよ、女の子に向かって」

「私は?」


ふふんと鼻で笑いながらハルは食堂を出て行った。




クロノを放ったらかしにして、管理人の夫妻と、ティアーナとハルとで、表面上だけでも和やかにお茶の時間を楽しんだ。







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