一族の娘。
翌日には暴徒はスミスで確保された。
ルフレーモを殺し、クロノを害したとそれも認める。
その仲間もそれぞれ他に加担した罪がいくつもあった。
元は軍に所属していた人物だとエミディオ中将は苦々しげにアメリにそう告げた。
腕が立つ訳だとアメリも同じような顔になる。
自国での裁きを受けさせると騎士団は決断を下し、暴徒たちは軍に引き渡されることになった。
ついでにミルトとラウデ両下士官を返し、見届け人のタンザーロの青年ふたりもエミディオ中将に託して、ハルは身軽になる。
「よしよし。これで男の面倒は見なくてよくなった……はぁぁあ。暑苦しかった……」
「面倒は一緒でしょ?」
「いーや。ぜんぜん違うよ。アメリのおもりは大得意だもん」
「そうだね」
「さあさあ。族長に報告だよ! あの人、全く食えないから、気合い入れて行かないと」
「頑張ってね、ハル」
「うん、見といてよ!」
「お願いします」
交渉ごとはハルに全面的に任せる。向いてないから余計な口出しはしないことにした。
いつもより遅く、午後になって停留地をハルとふたりで訪れた。
迎え入れたウイニに経緯を説明し、ハルと族長の元に向かう。
話を終えて、今度こそハルは許しを得てクロノの天幕へ、やっと会うことが叶った。
クロノは人の手を借りて天幕の外に、椅子に座ってアメリとハルを待っていた。
「……まったく。心配かけさせないでよ」
「……済まない」
「うん……まあ。これ以上はもっと良くなってから言わせてもらうからね」
「……ああ」
「とりあえずもう二、三日ここでお世話になってね。それまでにこっちの用意を済ませておくから。そしたら迎えに来るよ」
「頼む」
「はいはい」
じゃあねとハルはアメリを置いて離れて行った。ふたりにしようと気を利かせてくれたらしい。ふたりきり、とはいかないが。
近くにはティアーナが控えていた。
「……アメリ」
アメリはにやりと笑って抱きついていく。
クロノからはべたべたに触りにこられないから、こっちから進んでいく。
「外に居るのは辛いでしょ? 中に入ろう?」
「……ああ、そうだな」
「おんぶしてあげようか、いつかみたいに。……それとも抱っこする?」
「……今ならできそうだな」
笑い合いながらアメリは肩を貸す。
立ち上がろうとするクロノに、ティアーナも駆け寄って手を貸した。
中に入って寝台に腰掛け、クロノは大きく息を吐き出す。
「ハルの顔、見えてなかったでしょ」
「……そうだな、あまり」
「泣いてたよ」
「嘘をつくな」
「あ、バレた」
枕を積み上げて座れるように整えて、そちらに背を預けるように誘導する。
これだけ動くのさえ相当辛かったはずだ。
靴を脱がせて足を寝台にあげてやり、シャツの襟元を緩める。
「……キツいな」
「だよね……。 あと二、三日のうちに頑張ろうね」
「そうだな」
『総長』が邪魔をして弱さを出さないのはクロノのすごいところでもあり、その分だけ辛いところでもある。
きっとこれでも充分に弱みを見せたと思っているはずだ。
ぜんぜんそんなことはないのに。
「……アメリ」
「はい? なあに?」
横に座ってむぎゅりと抱きついていく。
クロノはアメリの額に口付けを落として、頬をするりと撫でた。
出入り口に立っているティアーナを見る。
アメリもつられてそちらを向いた。
「ティアーナも一緒に連れて帰る」
「……そう。……分かった、用意しとく」
「……頼む」
「今日はもう休んで、クロノ。また明日ね」
「……ああ」
天幕を出て目を慣らしていると、ティアーナが後から出てきた。
「怒らないの?」
「……どうして? そんな必要ないのに」
「私に嫉妬しないの?」
「したら満足する?」
ぎりと睨むとティアーナは足音荒く歩き去っていった。
アメリは心の中で唸り声を上げる。
天幕を振り返って、肩をすくめる。
集落の出入り口で待っているだろうハルの元に向かった。
屋敷に戻って、クロノを連れ帰る予定を立てる。
長距離の移動はまだ避けたいから、国に帰るのは見送って、もうしばらくの間、この屋敷で世話になると話をつけた。
馬車の手配や、部屋の準備もそれなりにしないといけない。
のだが。
「は? なにそれ、ティアーナって誰。あの近くにいた子?」
「あー、うん。クロノの身の回りの世話をしてくれてるんだけど」
「は? ていうか。は? なにって?」
「なにってってなにが?」
ハルは段取りそっちのけで不機嫌全開になってしまった。
「なんのつもり?」
「なん……だろう。お妾にでもするのかな?」
「はあ? なんだそれ、ふざけてんの? 本気?」
「ふざけて言わないでしょ、こんなこと」
「……アメリは良いの?」
「良いも悪いも……ねぇ?」
「ねえ、じゃないよ、ホント」
「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ」
「おこ? るよ! 怒るでしょ、なんでアメリはそんなにのんきかな!」
「う……ん。だって私も愛人がいるし」
「僕はフリだろ!」
「そうだけど」
「……本気かもしれないとか思わないの?」
「うん、まあ、それならそれでも」
「アーメーリー?」
「……落ち着きなよハル。ほらほら、続きを決めないと、ね?」
迎え入れる準備を進め、万端整え、いよいよ屋敷にクロノを連れ帰る日が来た。
馬車は楽に横になれるように平らにして、中には香が焚き染められる。
人の手を借りてクロノが乗り込み、一緒にティアーナもそこに入る。
タンザーロにも同様に、クロノからティアーナを貰い受けるという話がされ、本人と族長を交えた会議がされたらしい。
苦々しい顔でウイニがそう告げる。
「ティアーナには前々から決まった相手がいた」
「そう……でしたか。それは……すみませんでした」
「あなたは構わないのか」
「……一度言い出したら聞かない人ですから。その……ティアーナの相手の方はなんと?」
「いや……決まっていたとはいえ、まだ正式に夫とは言えないものだったから……族長も許しを出したのだが」
家族を救ったクロノに、族長も強く出られないらしい。
タンザーロの者以外となら話はこじれるだろうが、クロノは半分とはいえ同じ血を引いている。
一族を離れることも、隣国へ行くことも含めて、本人の意志を汲んだのだと話す。
「心配でしょうが、私はこの通り夫に大事にしてもらっています。だから同じようにティアーナのことも大切にして、大事にします。安心して下さいと、族長様に伝えて下さい」
「うん……ノアからも同じく聞いている。ティアーナを頼む。一族の大事な娘だ」
「もちろんです。任せて下さい」
ゆったりと進む馬車の後ろを馬で付いて行く。
横にはぶすくれたハルが並んでいる。
「……ハル……その顔なんとかならない?」
「彼女の前じゃしないよ、御心配なく」
「そうしてよ……あと彼女とかじゃなくて、ティアーナね。名前で呼んでね」
「ふぁいふぁーい」
「うわぁ、やな感じ……ねえ、私が来た時もそんなだった?」
「は? 何が?」
「だって……みんな総長だぁーい好き。でしょ? 急に女の子を連れ帰るとか、一緒だからさ。私の時もそんなだったのかなぁって」
「違うでしょ、僕はアメリのことは知ってたし、良いように話をしたし、めっちゃ根回ししたんだからね?」
「そうだったんだ? ふふ。ありがと……じゃあ今回もみんなにそうしてよ」
「っえええぇ?」
「かわいいでしょ、ティアーナ。クロノの好みの感じだし」
「はあ? 総長の好みはアメリでしょ。アメリ一択。それ以外ナシ」
「いつもの柔軟さはどこに行ったの? そういう頑固なところは真似しなくていいのに」
「アメリこそ腹立たないの? 総長が取られちゃっても良いの?」
「私が決めることじゃないしなぁ」
「嫌がる権利はあると思うけど」
「そうなの?」
「そうでしょ」
「嫌がる……かぁ……」
そういえば怒らないのかと、少し前にティアーナに言われたことを思い出した。
あの時はそんなことはどうでも良くて、今もその感じは変わっていない。
この先、クロノに構われなくなるのかと思うと、少し寂しい気はするけど。
そんなことよりも、ここにこうして生きていて、こうして帰れることの方が嬉しくて堪らない。
ふたりでなくてもいい。
大事な人が増えるのもいい。
そのみんなで帰れるなら、なんだって。
「こう……全部をまとめてみたらさ。良かったな、嬉しいなって。なるでしょ?」
「アメリのそういうとこは好きだけどさ」
「良かったって思えたら、それが全部じゃない?」
「そうやって……自分を蔑ろにするとこは好きじゃないな」
「蔑ろになんかしてないったら」
「無自覚なんだもんなぁ……」
「いや、してないったら」
「アメリこそ、いつもは全肯定なのに、そういう頑固なところは真似しなくていいよ」
「だってしてないもん!」
「はいはい」
クロノが療養する部屋は狭い場所を選んだ。香を焚くのなら広い空間は効率が悪い。
徐々に減らして、外出できるまで慣らしてから、体を元に戻していこうと話し合った。
「じゃあティアーナはクロノと同じ部屋で」
「ちょっと……待ってくれ、アメリ」
「うん? どうしたの、クロノ」
「アメリはどこに」
「ああ……これまで通り、二階の客室に」
「いや、アメリはこの部屋に」
「いいよ、私に気を遣わなくてっても。邪魔もしないし」
「そうではなくて……ティアーナ、少しふたりだけで話をさせてくれ」
不服そうに頷いて、ティアーナは部屋の外へ静かに出て行った。
寝台に座っているクロノに手招きされて、アメリは乗り上がると向かい合うように、足の上に跨る。
「……信用してほしい。私にはアメリだけだ」
「はは。いいよ、別にそんなこと言わなくても」
「ティアーナにはこの香の調節を頼んでいるだけだ」
「だから、いいってば」
「私の世話は嫌か」
「そんなこと言ってないでしょ! なんでそんなこと言うの!」
もう怒った、と宣言してクロノの顔を両手で挟んで力任せにぐりぐりと歪ませる。
されるがままにしていたクロノがアメリの腰に腕を回す。
「嫌わないでくれ」
「キライなんて言ってないよ……思ってもない」
「なら一緒に」
「……居たいけど。このお香のせいで私もあまり長い時間居られない」
「……そうだったのか」
「あれ?……聞いてなかった?」
「うん……確かに身体に良さそうではないな」
「お香のことはティアーナに任せないと。私じゃ分からないし」
「……そうか」
「クロノのお世話は私がするの。ティアーナが良くても私がするからね!」
「アメリがいい……頼む」
「ふふーん、任せなさーい?」
ぎゅうと抱きしめる腕が弱々しい。
アメリも傷に障らない程度にしか寄りかからない。
とんとん、と扉を叩く音がする。
「……と、まあ、このくらいの時間しか居られないけど」
「それでいつもさっさと出て行ってたのか」
「そうだけど?」
「……愛想を尽かされたのかと思っていた」
「はあ? このくらいのことで?」
体の前面を大きく走る傷の上をそっと撫で下ろす。
「このくらいのことか?」
「このくらいのことでしょ? 違う?」
「……そうか」
再びどんどん、と今度は強めに扉が叩かれる。
「はいはーい。いま出まーす」
口付けて頬をぐりぐり揉む。
「もう大丈夫でしょ? そろそろヒゲ剃って」
「わかった」
またあとでね、とアメリは部屋を出る。
外の廊下には腕組みしたティアーナが、足を踏ん張ってアメリを待ち構えていた。