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ノアのかぞく。






※この回は、固有名詞がたくさん出てきます※


個人名、地名、団体名が出てきますが、お気になさらず、さらっと雰囲気で読んで頂いて無問題です!!





それでは、





どうぞ。














「遺体を引き取りにきた?」

「ええ……身内と名乗る者が現れて。タンザーロですね」


昨日の夕暮れに川下で発見された水死体の見聞をしようと、ミルトとラウデ両下士官は、他にも数人を引き連れ、再び発見場所に向かった。

今朝、遺体を運ぶ段取りをしていた時のことをそう話す。


「タンザーロって?」

「ええ……移動しながら歌や踊りを見せたり、まじないをしたり……そうやって稼ぐ者たちを、この国ではタンザーロと呼びます」

「ああ……旅芸人の人たちのこと」

「そうですね、定住はせずに、あちこち巡っています」


兄弟を探していると若い男が現れ、遺体を兄だと言い、引き取って帰ったとラウデは簡潔に説明した。


部隊は遺体の引き渡しを終え、一旦屋敷に戻っていた。

同じ卓を囲んで昼食をとりながら、アメリとハルは報告を受けている。


「……そうだったんだね」

「総長とは関係なかったのかな、その辺は聞いてみた? 何で死んでしまったのか知ってるのかな」

「ええ……それが。どうもウルビエッラの者にしつこく絡まれて、逃げているうちに逸れたと」


町をあぶれたならず者が組んで暴徒と化す。

今、正に対処している事案の犠牲になったと、ミルトは苦い顔をしている。


「……気の毒に」

「彼らは決まった時期に決まった場所を訪れます。町や人が荒れているのは知っていたようです。ですから気を付けて、避けてはいたと言っていましたが」

「そう……あ。そうだ、腕を返してあげないと」

「ええ……そうですね。どこに滞在しているかは聞いたので、私が行ってきます」

「……ありがとう、ミルト下士官」

「これぐらいのことしか出来ないのが、歯がゆいです」

「……辛抱だよ」

「はい……そうですね」


徒党を組むから悪意が増幅されて、被害を生む者とそれを受ける者ができる。


しかし、暴徒と言っても自国の民には変わりない。端から捉えて厳罰を与えていけば済むような簡単な話でもない。

そんな事がまかり通れば、そのうち国は立ち行かなくなる。


かといって善良な者が憂き目を見るのも許してはおけない。


遅々として進まない我慢くらべを、軍と騎士団は自国の民を相手に行っている。



食事を終えると、ミルトとラウデは腕を持って、そのタンザーロの停留地に向かった。


食事の片付けを終えると、アメリは裏口の日陰になる場所で、壁に背を付けてずるずると地面に座る。


「休憩?」

「あー……ハル」


裏口の扉から顔を覗かせると、ハルはそのまま隣に座り込んだ。


陽のあるうちはなかなかひとりにさせてもらえない。ありがたいのか、何なのか、アメリはへらりと笑う。


「何して遊ぶ?」

「うーん……ちょっと待ってよ……食べ過ぎたから」

「屋根がね、壊れて外れた場所があるんだって……僕、そこ直しに行こうと思うんだけど」

「ああ……いいねー。高いところかぁ」

「隠し通路に入って屋根に登るんだって」

「え! なにそれ! 楽しいに決まってる!」

「手伝ってくれる?」

「当たり前!!」


道具を揃えて、部材を担ぎ、いざ隠し通路へ。としていると、昨日よりももっと慌ただしく扉を開けて屋敷の中へ飛び込む人物があった。


「奥方様!!」

「はいー? どうしたのー?」


玄関の広間を見下ろせる階段上から、ミルトを見下ろす。


「か!……確認を!! っ……その、見て頂きたいものが! あるのですが!!」

「うわー、昨日と一緒だね……なになに?」


とんとんと階段を下りて行くと、待ちきれないのかミルトが凄い勢いで駆け上がってくる。


間の踊り場にぶつかる勢いでかち合った。


「そんなに慌てないで、落ち着きなよ」


後を追ってきたハルものんきな調子で、ゆったりと階段を下りてきた。


「す……すみません、取り敢えず、これを!」


ミルトは大事そうに懐に入れていたものを取り出し、アメリの手を掬って持ち上げると、その上にぐっと力強く置いた。



それは白金の証。


六枚の翼が浮き彫りにされた、騎士の証。

ちゃらりと鎖の音がする。

鷹の紋章の裏側には、擦り切れてきちんと読みきれない名が彫り込まれている。


「どこでこれを!」


長い年月をかけて丸みを帯びた白金の証を見て、ハルまで慌てた声を上げる。


「はい、その、腕を返しに向かった、タンザーロの停留地で」

「誰から?! 総長本人から?!」

「いいえ、その……一族の族長からですが」

「総長はどこにいるか知ってるってこと?」

「ええ、その停留地に……お姿は確認していませんが……」


白金の証が乗った手のひらに、ぽたりぽたりと水玉が落ちる。


ハルは胸につっかえたものを飲み込むように静かに呼吸をすると、アメリの背に手を当てた。なだめるようにぽんぽんと優しく叩く。


自分の心配した分も含め、やっと恨み言を本人に直接伝えてやれると、胸の塊を腹の底に沈めた。


手が小刻みに震えているのが、何だか恥ずかしい。

指の先が冷たく痺れている感じがして、アメリはぐっと手を握ると、その手で顔を拭った。


「アメリ……」

「……まだ早かった」

「や……もういいと思うよ」

「いやいや、まだ早いね」

「……行こうか」

「うん……行こう、すぐ行こう」

「案内してくれるかな、ミルト下士官」

「はい!!」





昨日よりさらに川下へ。

隣の領地に入ってすぐの場所。森の端に天幕を張られた小さな集落が出来ていた。

流浪の民タンザーロの停留地に到着する。


集落の手前ではラウデが待ち構えていた。


「お早いお付きで何よりです」

「どうかした?」

「どうもなにも、何も変わらないので待ちくたびれました」


族長は下っ端の軍人では話にならないと一点張り。話の分かるものを寄越せと聞かないらしい。


「タンザーロは年配者を族長にした、血の繋がった一族で構成されています。もの凄く繋がりが強く、排他的です。族長には最大の敬意を。気に入られなければ……こうなります」


ちらりと後ろに気を配って、ラウデが肩をすくめる。


集落の前には大柄な男がふたり、ラウデに睨みを利かせ、腕を組んで立っている。


「うん……分かった。最大の敬意ね」

「僕も一緒だよ、大丈夫」

「ありがと、ハル。じゃあ、ラウデ。とりあえず……これ預かってて」


アメリは外套を脱いで、腰に佩いた剣をベルトから外してラウデに渡す。


「なるほどね……じゃあ、僕のもよろしく」


ハルから渡された外套と腰ものを受け取りながら、ラウデはわずかに眉を寄せる。

丸腰状態で向かうなんて、どうにも心配だと口にした。


「何かあったらスミスにいるローハンに知らせて。顔は覚えてる?」

「はい、それは……」

「よろしくね」

「ええ、分かりました……お気を付けて」


シャツの中にしまっていたクロノの白金の証を取り出して、見えるようにかけ直す。


「よっしゃ、いっちょやってやりますか」

「あーあぁ、ウチの奥方様は好戦的だなぁ」


困ったねと言いながらも、お互いにっこりと笑い合う。


ミルトとラウデに見送られて、まずは手前に立っている男たちの前に。

そのままの笑顔でふたりは歩き出した。



集落の中にすんなりと通され、中心に近い場所にある族長の天幕に案内された。


天幕の中には、アメリだけが招き入れられ、ハルはその手前で止められる。


小さな入り口を潜るように、アメリは天幕の中に入る。


中は大人が大の字で三人並べるかどうかといった広さ。アメリ以外ですでに四人の人がいた。小さめだが家具もある。


ハルが止められたのは単に狭いからだろうなと口の端が勝手に持ち上がる。


出入り口のすぐ側で、アメリは片膝を地面に付いて、かしこまった騎士の礼の形をとって頭を下げた。

これ以外に敬意を表す方法を知らない。


「よく来られた、顔を上げなさい……」


しわがれてはいるが、張りのある声に従って真っ直ぐ前を向く。


真ん中が一番の年配者、族長だとすぐに分かった。両脇にひとりずつ、族長のすぐ後ろにもうひとり。


血族だと聞いたせいか、みなよく似た顔立ちをしているなと思う。



天幕の中は薄暗く、わずかに差し込む外の光が白い筋をいくつか引いている。

そこを通る煙が白く光る。


強くて独特な煙草のような香り。

族長は綺麗な細工の、細長いパイプを手にしていた。

煙草の香りもパイプもタンザーロだけのものだろう、アメリはこれまでに見たことがなかった。


「ノアの妻か……」

「はい、アメリッサと申します。クローディオス ノアは私の夫です」

「アレハンドラとは遠い繋がりがある」

「そうなんですね……」


クロノの母と縁がある人と出会ったのは初めてで、アメリは何だか嬉しくなって笑みを深めた。


それを見た族長は顔のしわを深めて、白い煙を吐き出した。


「とは言っても……元を辿ればタンザーロはひとつだ」

「……大きな家族ですね」

「そうだ……ノアも私たちの家族も同じ」

「はい」

「そしてノアは恩人だ」

「恩人?」

「うん……バスキの悪漢から、我ら家族を守ろうとした」

「バスキの悪漢とは」

「タンザーロ以外の者たちのことだ」


族長の横にいる壮年の男性がさらに張りのある声で答える。

きっと族長の次に偉い人なのだろうと、アメリは真摯に頷いた。


ウルビエッラの暴徒に襲われて、それをクロノがどうにかした、と理解した。


「……そうでしたか……それで、私の夫は」

「ノアは我らを庇い、逃す間に傷を負った」

「……はい」


族長は骨ばった手で胸の辺りを撫で下ろす。


「三日、死の国との間を彷徨い、それから五日眠り続けた」


アメリはもう返事すらできずに、細く息を吸い込んでは少しずつ吐き出していた。

自分でも血の気が引いて、体が震えているのがわかる。

止めたくても、体の感覚がよく掴めない。


「今も夢と現を繰り返している状態だ」


ちらりと壮年の男性が向けた目線の先を、アメリも思わず追って、影のちらつく天幕の壁を見た。


「ノアの妻よ」

「……は……い」

「ルフレーモの腕を返すようにと言ったな」

「腕……はい、右の腕」

「ルフレーモも我が家族であった」

「ええ……そう聞きました……残念です」

「うん……だが欠けた体を揃えてくれた。これでルフレーモも死の国で不自由はなかろう……礼を言う」

「そんな……私は何も……」

「捨て置かず丁寧に扱ったと聞いた……そして持ち主に返すように取りはからった。礼は当然だ」

「……ルフレーモさんが心安らかでありますように」


自分の故郷で唱えられる弔いの言葉をアメリは口に乗せる。


族長を始めとする全員が、安息あれと口々に言った。

言い方は違えど、これがタンザーロの弔いの言葉だと、アメリは自分の手を胸に当て、頭を下げる。








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