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ひっかくもの。






エミディオ中将が送り出してくれたのは一部隊。十二人編成で、内ひとりの部隊長が指揮をとっている。


クロノが向かうと言っていた場所から、そこを中心として、手当たり次第に残されたものはないかと探していく。


日の出の頃に屋敷にやって来て、ふたりひと組でそれぞれ捜索に向かい、昼に一度戻って報告、また日暮れまで出かけて夜にはその日の報告をまとめて聞く。


そんなふうに捜索が続いて五日目のことだった。



アメリは屋敷の管理人夫妻の食事作りを手伝って忙しく動き回る。

この間までは数人分で足りていたのが、今はそうはいかない。


昼どきには食事を兼ねて報告に戻ってくるので、一部隊分の用意が必要だった。


といっても一度に全員が揃うのでもないので、戻った者から順に食事を出す。


男相手は気が乗らないと、ハルは笑いながら給仕をする。女性相手なら元々から大の得意なので、難なくさらりとこなしている。


『食事を用意している騎士団長夫人』や、『給仕をする騎士団の大隊長』に最初は戸惑った様子だった。


初日に「ことを円滑に進めて、良好な関係を持とうという下心ですから」とローハンはにこやかに本音を言った。

お国柄の違いも、軍人と騎士という仕組み、立場の違いも、軽く乗り越える。

その一言で部隊の皆から戸惑いはなくなった。


食事を取りに、部隊のほとんどが一度は戻って、再び出かけていくのが当たり前になった。

数組は遠くに足を運んで、戻るのが遅れているか、戻る時間を惜しんで別で食事を取っているか。



昼どきを過ぎてしまえば出入りがなくなり、屋敷内は落ち着きを取り戻す。


そこから遅めの昼食を取ろうと、アメリとハル、管理人の夫妻とで食事の席に着く。




表玄関で呼び鈴が鳴り、迎え入れる前に扉が開いて、続いて食堂に向かってくる足音が聞こえる。


よいしょと席を立とうとした管理人に手を出して止めると、ハルがさっと立ち上がって食堂を出ていった。



走る手前に急いでいた靴音。

いつもならにぎやかに話しながら食堂の扉を開いて入ってくるはずなのに。



体の中身がぐいと持ち上げられて、ぽろっと落とされる感覚に、アメリは静かに息を吸い込んで、いっぱいになった所で止めた。


どくどくと鳴っている音の数を数えながら、食堂の扉が開くのを待つ。


「……奥方様、少しよろしいですか」


ひとり分だけ開いて、その向こう側で、ハルが閉まらないように扉を押さえたままで待っている。


食堂の外の通路には、部隊のひとりがいた。

失礼、と硬い声を出すと、ぐいと襟元を直して、シャツの袖で額を拭う。


日差しがきつく、外は汗ばむような暑さなので何も失礼なことはない。

アメリはふと笑って首を横に振った。


「ミルト下士官、先ほどの話をもう一度、奥方様に」


本気か、といった表情をハルに向けて、それにハルは頷いて答える。


「……では。……私たちは国境の川沿いを下流に向けて探していました。ここから半刻ほど走った、隣の領地との境の辺りに、その……痕跡がありました。それで……あの、確認をしていただいた方がいいのではと」

「……こんせき?」


アメリは少しだけ頭を傾ける。

丁寧な説明のはずなのに、肝心のところが具体的ではない。

それが顔に出ていたのか、すぐにハルから返答があった。


「体の一部が見つかったそうだよ」

「……案内して下さい」

「……ね? そう言うっていったでしょ?」

「待って下さい! それは、どうですか……」


ミルトは再び本当にいいのか、という表情でハルを見て、アメリの方には大丈夫なのかと無言で訴えた。

顔をしかめると、女性にそんな、と小声でこぼす。


こういう気遣いこそ要らないのにと、アメリは心の中だけで唸る。


「……体の一部ってどの部分でしょうか?」

「その…………腕、です。右の……」

「そう……今からすぐに行きましょう」

「本当に奥方様が確認を?」

「私が確認した方が確実ですから」

「……お供します、奥方様」

「ありがとう、大隊長」




国境の川沿いに馬を走らせる。


開けた見通しの良い場所ではなく、小さな森のような、川辺に木立が寄り添う場所だった。


木には目の高さに布が巻き付けてある。

目印を見つけると足を緩めて、木陰の中で馬から降りた。


「このすぐ下に、血が落ちているのを見つけました」


木の間には藪があって、覗き込むと人の高さほど下のところに、河原の丸っこい石が陽に照って白っぽく見えている。


角度の急な斜面を下ると、すぐ先の所で石が赤く染まっているのが見えた。


ぽたぽたと落ちたのではなく、かなり広い範囲に流れ落ち、辺りにも大小の水玉が散っている。


「これを見つけて、跡を追って川下に向かったんです」


指を差した先に点々と丸い跡が続いている。


アメリは黙ってミルトの後を付いていく。

その後ろでさらにハルは静かにしていた。


「……あの、本当に奥方様が?」

「そうですね」

「しばらくそこにあったようです……鳥や獣に食われた跡もあります」

「……はい」

「とても……その、いい状態では……」

「良い状態の腕って……体に付いて動いてなかったら、良いも何もないでしょう?」

「……申し訳ない、無神経で」

「いえいえ、こちらこそ可愛げのないことを言いました」


ちらりと振り返ったミルトに、アメリはにやりと笑って返す。

複雑そうに顔を歪めると、前を向いて歩を進めた。


しばらく進んで、水辺寄りになる血の跡を追っていくと、先の方に人が立っている。


ミルトと組んでいるラウデ下士官が獣除けに見張りをしていた。

ラウデもアメリの姿を認めると、一瞬だけ本気か、といった顔になり、すぐに押し隠して硬い表情を作る。



腐敗が始まった臭いを、少し離れた場所からでも感じる。


肩口から指先まで。

まるごと一本の腕が、手のひらを上に向けた状態で落ちている。


話にあったように所々の肉が削げて骨が見えたり、大きく傷が入ったり、確かに獣に荒らされたような跡が残っている。

落とされてからどれだけ日が経ったのか、少し萎れて黒ずんだようになり、柔らかそうな感じがしない。

よくできた作り物のようにも見えた。


アメリはそこに屈みこんでその手のひらを見下ろす。


いつも当たり前のように繋いで、


髪を撫で、


体のどこかしらに触れて、


少し硬くて、


大きくて、


あたたかい。




がしゃりと音が出るほどの勢いで膝を落として、へたり込むとアメリは両手で顔を覆う。


「アメリ……」


ハルがすぐ側に膝を落とすと、その背を撫でる。

小さく唸りながら震えているアメリに、息を吸ってと落ち着いた声で話しかける。


「……ぅ……ち…う……違う、クロノじゃない」

「ほんとうに?」

「……違う、ぜんぜん、これ……知らない人」

「……そう」

「…………はぁ…………苦しかった」

「そうだね……」

「……潰れるかと思った!」

「……うん」


顔をごしごしこすると、勢いよく息を吸い込んで顔を上げる。

ふにゃりと身体中から力が抜けたように肩が落ちて、背が丸くなる。


ハルに手を出して、引っ張ってと口の端を持ち上げた。


よたよたと立ち上がって、少し離れた場所にいた下士官たちの元に行く。


「あの腕は総長のものではありません」

「そうですか……それは」

「はい……それは良かったのですが。……あの腕の持ち主が、今度は心配ですね」


腕が落ちたのはあの最初に見た場所で間違いないと思える。

そこから本人はどこかに消え、腕だけが獣に運ばれてこの場に来た。


石の上に落ちたものしか見えなかったが、その下にも相当な量の血が流れたに違いない。

無事ではいられないだろう。


「……ハル」

「なぁに?」

「あれは……あの腕は、生きたまま取れたの? それとも死んでから?」

「うーん……僕じゃちよっとな。アンディカとかローハンなら分かるんじゃないかな」

「……そうか……ん? 獣の噛み跡は、腕が取れた後だよね」

「だろうね」

「比べたら分かるか……」

「ちょっと、アメリ?!」


くるりと向き直って腕の方に向かったアメリを、ハルは慌てて追いかける。


下士官たちも顔を見合わせて、慌てて追いかけた。


「ごめんね、ウチの奥方様、けんか腰っていうか、血気盛んていうか……」


追い付いてきた下士官たちに、ハルは苦笑いで片目を閉じる。


結局、知識の無い者が見たところで、生きたまま腕を落とされたのか、死人から切り落としたのかは分からなかった。


ただ切り口の骨は折られたのではなく、斬られた様だということは見て取れた。

もちろん自分で自分の腕を落とすなんて、そんな人はいないだろうし、ひとりでやるには難し過ぎる。

一刀に断つには相当に腕が良くないと難しい。ということは、斬った相手がおり、その相手は腕が立つ。


そしてもうひとつ。


斬られた腕の持ち主は、剣を扱う人物ではない。


腕は太くてたくましい感じなのに、手のひらに剣を扱うと出来る硬い部分がない。


というよりも、別の部分に硬いところがある。

剣や弓、その他の武器を使うような感じでもなさそうだった。


「農場や農家って感じでもないかな」

「大工や職人ですかねぇ」

「ここら辺に傷が入るのって、何する人?」

「人差し指と親指の間……何か握るんだろうけどね」


ハルは自分の手を握ったり開いたりしている。


「ああ……小指の下のところも硬くなっている感じですね」


アメリとハルと、下士官たちは腕の周りを囲んでしゃがみ込んでいた。


うんうん唸ったところでこれ以上のことは分からなそうだとラウデ下士官が立ち上がる。


「……このまま川を下ってみます。行くぞミルト」

「お、おお。……大隊長と、団長夫人は……」

「ああ……そうだな、僕たちは」

「……持って帰ろうか?」


アメリは膝の上で頬杖をついて、腕を見下ろしている。

ハルはずっと苦笑いが止まらない。


「う……うーん。気は進まないけど、そうだね。……そうするよ」

「はい、ではお願いします」

「ふたりとも気を付けて、腕を落とせるほどの誰かがいるかも知れない」

「ええ。お互いに気を付けましょう」




屋敷に戻り、日暮れ前に戻る部隊長を待つ。


子細を説明し、腕を前にああでもない、こうでもないと話をしながらミルトとラウデの帰りを待っていた。



ふたりが戻ったのは、完全に陽の落ちた後。


あのさらに下流で、片腕の無い水死体を見つけたと報告がされた。








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