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ながいながいよる。







「この十日前にトアイヴス騎士団長の馬だけが帰ってきたのが最後、そこからは何かしらの手がかりもない状況です」


そうエミディオ中将は話を締めくくる。


一語一語はっきりとした口調の話し方は、誠実で意思も強そうに感じる。


褐色の肌と黒髪は一緒だけど、短く整えられた髪を見て、クロノとは違ってもじゃもじゃじゃないな、とアメリは今はどうでもいいことを考えていた。


「……お話は分かりました。しばらくこちらに留まりたいのですが……もちろん、皆さんのお仕事の邪魔はしません」

「はい……では部屋を用意させます」

「いいえ……大隊長」

「なんでしょうか、 奥方様」


後ろに控えているハルに少しだけ振り向いて呼びかける。

外向きの他人行儀な呼び方に、ふと笑って返事があった。


「大隊長はどこに留まっていますか」

「はい、この地区で屋敷を借り受けています」

「私もそこに行きます」

「お待ち下さい、それでは充分に世話をできる者がいない。この屋敷なら、それなりの用意があります……」


確かにこの部屋に通されるまでの間に、侍従や侍女らしき姿を見かけた。

自分の国と服装が違うけど、軍服とも違う軽装だったので、エミディオ中将付きのひと達なんだろうと予想がつく。


「ありがとうございます、中将。ですけど、この姿を見てお分かりでしょうが、私には世話をしてくれる方は必要ありません」


アメリはぺちぺちと自分の膝を叩いた。

いつもと同じ男物の服を着ている。着せてもらわないといけない格好でもないし、自分の身の回りの世話くらいは自分でなんとかできる。


そこまで考えて、ああ、違うのかなとも思う。


「ご心配には及びません、勝手な口出しをしたり、動き回ったりしません。迷惑をかけないように静かにしていますから」

「ああ! いえ、決してそういう意味では」


大きな体が少しだけ縮んで、片手をひと振りした。

エミディオ中将は監視や制限をしようとではなく、本当に親切心から世話を申し出てくれたらしい。

眉が下がった困ったような顔に、悪い人ではないんだろうな、と思う。


「……本来ならもっと大掛かりに捜索するべきですが、申し訳ない。せめて騎士団長夫人には、と」

「優先されるべきは両国の民です。そこに注力されて当たり前です。こちらこそ、お気遣いいただいて、ありがとうございます」

「……そう言われると逆に心苦しい。あれよこれよと罵って貰った方が気が楽かもしれません」

「それは……中将の人柄のせいですね」

「……ああ……参りました。……分隊をひとつ編成してお出しします」

「……そんなつもりで言ったのでは無いんですけど……そうしていただけるのなら助かりますエミディオ中将」





屋敷を出て、ハルの滞在先に向かう。


ハルと並んで石畳の道を歩く。

後ろには三頭の馬を引くローハンが付いてきていた。


「……アメリのおかげだね。今まで散々頼んでも一部隊なんて貸してもらえなかったのに」

「……貸してもらえて良かったね……ホントそんなつもり無かったんだけど。あれ、嫌味に聞こえた?」


捜索に人員を割きたくても、どこも人手が足りない状態だとハルからは聞いていた。


この諍いも大詰めで、最後の抵抗を抑えている只中。なるべく民に被害を出さないように尽力している状況で、日に日にケガ人が増えて、人手は減る一方だともハルは言った。


「……イヤミっていうか、庇護欲かな。『俺が何とかしてあげないと』って思わせちゃったんだね」

「わぁ! 良い子に振舞って大正解!やったね! 得したね?!」

「……アメリ」


へにょりと眉を歪ませるハルに、アメリも同じように眉が下がる。


「……だから。……勝手にかわいそうがらないでって」

「……そうだけどさ」

「クロノはものすごく心配だよ。でも辛くなるのは違うでしょ。それは……多分、今することじゃない」

「……そうだね」

「だからハルも私に気遣いは要らないからね」

「……難しいこと言うなぁ」

「……うぅぅん……そうかぁ……難しいかぁ」


お互いに同じように困った顔のまま、別荘地の外れにある、比較的小さめの屋敷にたどり着いた。


屋敷の管理人の夫婦と、時に知らせを持ってくるハイランダーズ、アンディカが立ち寄る程度で、割に静かな本拠地だった。





翌日からはエミディオ中将は約束通り一部隊を送って寄越し、十二名が押し寄せて、その静かさはなくなることになる。



「……少ないな……一割くらい?」

「なにがですか?」


目の前を忙しそうに行き来する軽装の軍服を見ながら、しゃがみ込んだままアメリがつぶやく。


大人しくすると言ったことをきちんと守り、手出しも口出しもしないで、ただ見ている日々を過ごしていた。


それでも何もしないのは性に合わないので、朝は自分の稽古をして、その流れで午前中はローハンに稽古をつけてもらう。

この三十年の内に手加減を覚えたアメリは、これまでとは逆に、強い相手となら安心して打ち合えるようになった。

ローハンに付き合ってもらい、思い切り体を動かして、午後からは屋敷の家事を手伝って気を紛らわす。



今は陽が昇り始めたばかり。

屋敷の前庭には部隊長が立ち、部下に指示を出している。


それぞれが動き始めるまでは稽古も何もないので、アメリとローハンは端の方でしゃがみ込んで、それを見ているところだった。


「もじゃもじゃが思ってたより少ないなって」

「なんの数を数えてるんですか」

「ふふ……もじゃ毛はどっちの国とか関係ないんだね」

「どちらかというと、うちの国の方が巻き毛は多い感じがしますよね」

「そうかも……あぁ、そんな気がしてきた」


隣でそう言うローハンも、ぴょんとはねたくせっ毛をしていた。


この国特有の褐色の肌も人により様々だし、髪も目も黒から濃い茶の人もいる。


言われてみればもじゃ毛はハイランダーズの騎士たちの方が割合が高い気がする。


「え? 何でこんな話してんの?」

「いや、奥方様が言い出したんですけど」


つい無意識のうちに似たような人を探しているのかと気が付いて、アメリはふへへと笑い声を漏らした。


思ったよりくたびれているのかもしれない。


だからといってじっとしているのも、余計なことしか考えない気がする。

と、思うことすら余計な気がして、思い切りよくアメリは立ち上がる。


「よっしゃー! やりますぞ、ローハン!」

「……では今日は左腕一本でお相手しましょう」

「くそ! 腹立つな!」

「くそなんて言いませんよ」

「ぬうぅぅぅぅ」


右手に剣、左手に鞘を持って振り回していると、部隊の皆がそれぞれにアメリに声を掛けて通り過ぎていく。


返事をして頷いて送り出し、その背中を見送った。強く願って、ぎゅっと目を閉じる。


どうか、どうか、と口の中で言って、思い切り息を吸い込んで吐き出し、ローハンと向かい合う。




いつもなら午後からはローハンとハルが入れ替わるのに、太陽が西側に動いてもハルは姿を見せない。


忙しいのか、状況が変わったのか。

それならローハンもそちらに向かうべきなんじゃないかと提案してみる。


「それこそ入れ違いそうですけど」

「いや、それならそれで良くない?」

「ああ、まあ。そうですけど」

「ええ? そんなにびっちりくっ付いてなくても、私なにもしないったら」

「私だってそこまで心配していませんよ。でも怒られるのは嫌ですからね」

「うん? ハルに?」

「……大隊長以外にも、です」

「信用無いなぁ」

「心配なんです」

「うーん。そこはありがとうだけど……」


ふたりは裏庭で草刈りをしていた。刈り取った草を山にしたふかふかの場所に腰を下ろす。


折り良く管理人の奥さんが冷やしたお茶を持ってきてくれたので、ありがたくいただいた。


ひと息ついて草刈りを再開しようかと用意を始めていると、屋敷をぐるりと回ってハルが帰ってくる。


「……何してんの、ふたりとも」

「あ、お帰りハル」

「ご夫妻では大変そうなので、草刈りのお手伝いですね」

「そう……代わるよローハン。……それと、アンディカが呼んでるから、しばらくスミスに行っておいで」

「何かありましたか?」

「うーん、そうね。ごちゃごちゃがもう、最後の悪足掻きって感じ」

「ああ……了解です。では、この場を失礼して……奥方様、今日の決着はまた別の日に」

「わかった、また今度ね」

「なに? 決着って」

「うん? どっちがたくさん刈れるか競争してたんだよ」

「……ふぅん? 飼い葉を作ることにかけて誰よりも抜きん出ている僕を差し置いて草刈り競争とはね」

「勝負する? ハル」

「いい度胸だね、受けて立つよ」

「あ、ローハン気を付けてね」

「こっちは任せておいて」

「はい。……おふたりとも程々に」


手早く準備を終えると、さっさと馬に跨ってローハンは飛ぶように出ていった。


「……やっぱり私の相手ばかりで退屈してたんだ」

「そんなことないでしょ」

「いや、見たでしょあの顔」

「うーん……あれはもう、あの人たちの性だからね。しょうがないよ」


目は笑っていないのに、口の端は楽しそうに持ち上がる。

いつもの柔らかそうな雰囲気はかき消えて、鋭く尖った、冷んやりした空気を纏っていた。


「僕はそういうのはちょっと分からないけど」

「うん? ハルも時々あんな顔してるよ?」

「え? ホント?!」

「気付いてないの?」

「うーん。もっと意識して出していこうかな……なんか格好良かったよね」

「そうだね……でもしょっちゅうだと飽きられるんじゃないかな」

「そうか……時々が良いんだね」


ハルは草刈り鎌を振り上げて、びしりと気取ったように構える。


「どうかな?」

「どうかなって。いや、ここじゃないと思う」

「あれ? アメリは惚れ直してくれないの?」

「やだなぁ、惚れ直さなくても、ハルは充分かっこいいよ」

「ありがと」

「どういたしまして」


にっこりの見本の顔でお互い笑い合う。


陽のある内は冗談も軽口も、叩きたいだけ叩いておく。


夜がくればひとりで己の心と向かい合わなくてはいけない。それなら明るい間だけでも楽しく過ごしたい。


そこまで広くない裏庭の草はすぐに刈り終えてしまい、思ったより早くにさっぱりとしてしまった。


疲れておかないと夜は長過ぎるというのに。






翌日、部隊のひとりが駆け込んでから、アメリの夜は一段と長くなる。

















□□□(どうでもいい)プチ情報 (イェーイ)□□□



ハル先生の名前はハルエイクロイド。


ええ、名です。


ハルエイクロイド、までが名です。


この後ろに家名がありますよー。(考えてないですけど)はい。(どうでもいい)プチ情報でした。




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