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クロノのかぞく。








裏庭の日陰になった涼しい場所に布を広げ、その中央に置かれた椅子に、クロノはおとなしく座っていた。


少し離れた場所には卓が持ち出されて、そこでは観客がにやにやと笑って、静かにクロノを見守っている。


「……何故まだそこにいる」

「うん? 涼しいからじゃない?」

「面白いからだけどね。こっちはお構いなく。ほら、続けて続けて……」

「……目障りだな」


しゃき、しゃきりと小気味良い音がして、黒くてくるくるとうねった髪の毛の束が地面に落ちる。


ハルにヒゲをきれいに剃られ、今はアメリがクロノの髪を短く切っている最中。


観客はハルとアンディカ、ローハン。

それぞれに種類の違う笑顔を浮かべて、良い子にしているクロノを見ていた。



何度も国に帰るようにと話をしても、その度に何かと理由をつけて、未だに全員が留まったままでいた。


『総長が心配だから側に居たい』そう言えばいいのに、何の意地なのか本当の理由は誰も言わないままだった。


クロノにしてもそれは同じで『心配させて悪いが、邪魔だから帰れ』とはっきり言えずのこの状況だった。

なかなかアメリとふたりきりにさせてもらえず、もやもやとした気分だけが溜まっていく。


にやにやとこっちを見ているだけの観客たち。

何が楽しいのかと苛ついた調子で問えば、ハルから大きな犬みたいだと即答される。


「はは。ホントだ! よしよし、いい子だねー。ちゃんとお座りしてようねー」


アメリが頭をぐりぐりと撫でると、むすっとした顔の眉間にシワが増える。




裏口からお盆を抱えたティアーナが出てくると、ハルがさっと立ち上がってそれを引き取った。


自分のいた椅子にティアーナを座らせて、盆の上の茶器に人数分の茶を淹れて給仕している。

さらっと嫌味のない素早い行動は、流石の一言で、少し遅れてティアーナが慌てだす。


「……あ!……私が」

「ふふ。もう僕が淹れちゃった……はい、どうぞ?」

「……あの……ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」


ティアーナがハルに一目置いているのは、誰が見ても明らかだった。


香の効果が抜け切るまでクロノとアメリが部屋に籠っている間、日課のようにやって来ていたマルテロを追い返し、嫁取りの品の段取りをして、それをタンザーロに贈ったのはハルだった。


金にモノを言わせて品を用意し、それを贈って以来、マルテロは現れなくなった。


その後すぐにウイニがわざわざこちらを訪ねて礼を言いに来たし、ハルも乗じて抜け目なく釘を刺している。

タンザーロの流儀に則って正式にティアーナを迎え入れたのだから、マルテロから文句をつけられる謂れは無くなった。


タンザーロは定め事に重きを置く。

それを反故にして一族に泥を塗るような真似も許されないから、ティアーナはマルテロとは一目も会わずに済んだ。




にこにこと笑っているハルに、ティアーナはつられて微笑んだ。


ハルたちには、ティアーナは家族になったのだと紹介した。お腹の中には子どもがいることも同時に伝えた。


もちろんクロノの子ではないことはすぐに解ったし、多くを語らずとも状況から察しはついたのか、深く事情を問うてくる者はいなかった。


ただ自分たち以外の、特に城にいる貴族連中が、ティアーナについてどう考え、なんと噂をたてるのか。

予想はつくが、それでティアーナが無駄に傷付くのは避けたい。


「ねえ、これから帰ってさ。ティアーナの立場ってどうなるの? 最初は客人でいいだろうけど、ずっとそのままって訳にもいかないよね」


戴名のことを含んでハルが話をしているのは暗に伝わる。が、ティアーナはまだその戴名のことは知らない。

そもそも王に仕えると決め、許しが無ければ戴名はされないし、それ以前に腹に子がいる状態で時は止められない。


「……ティアーナと話し合って、意思を尊重するつもりだ。今すぐ考えろというのも無理な話だからな」

「……そうだね。まずは無事に赤ちゃんが生まれないと、だね」

「……頼む」

「はいはーい」


何を、とは言わなくても全て了解したようにハルはひらひらと手を振った。



髪を切っていた手が止まる。

それまで口を挟まなかったアメリは、クロノの前に回りこみ、正面から膝の上に跨って座った。


「いいじゃん、子どもってことにすれば」

「……ティアーナがか?」

「うん。別にふたりの子どもでも良いけど、私とはあんまり似てないから……えっと……クロノの隠し子とか」

「アメリ?」


両手で頬を摘むと横にぐいぐいと引っ張る。

アメリは手に鋏を持っていたので、手を上げてされるがままになっていた。


観客席でぶはっと笑い声があがる。


「いや、そうだよ。それが一番かな。総長の隠し子ならアメリとティアーナの痛手が軽くて済みそうだしね。なんなら同情してもらえるかも」

「……ですね。私たちもその方が手を回しやすいです」

「噂も早いうちに行き渡る」


笑いを堪えているローハンも、真剣な顔のアンディカも、ハルの話にうんうんと頷いている。


「それにアメリの子ってのは、ちょっと難しいよ。あちこち色んなとこに顔出してたし……ティアーナいくつだっけ? 逆算するもなにも、アメリ、ずっとお腹はぺったんこだったからね」

「……うん? そうか……そう言えばティアーナっていくつなの?」

「……十五」

「十五?! ……あ。ダメだ。その頃はずっと城都に居たわ……」

「私も居たぞ」

「うーん? いやぁ、だってクロノは別にお腹大きくならないでしょ? ねえ?」

「そうだよ、よそに仕込むのだって一刻もあれば充分だしさ」

「……その言い様はなんだ」


ハルは困惑顔で座っているティアーナに体を向ける。


「ティアーナだって、総長の妾とか、愛人とかになりたいんじゃないでしょ?」


変に威圧しないように注意して、ハルはにこりと笑った。答えによっては態度を変えようかなと考えながら。


「違う!……なりたくない! ならない!……あ!……えっと、ノアが嫌いとか、そういうのじゃなくて。えっと……わたし」

「……ああ、総長に気を遣わなくったって良いんだって」

「……お前は遣え」

「ぃやぁぁぁぁだねぇぇぇぇだ!」


大きく悪態を吐き出して、クロノは舌打ちをした。目の前で笑い声を上げているアメリを止めようと、ぎゅうと抱きしめる。


笑うのをやめて、アメリはクロノの頭を手刀でびしびしと叩く。


「……しばらくはハルに頭が上がらないんだから我慢してよ? まぁ、ハルだけじゃなくてみんなに、だけど」

「……解っている」


ふふと息を漏らして、ささっとクロノの腕を除けると、立ち上がって散髪を再開する。


笑いを堪えている観客たちの顔を見比べて、ティアーナは困惑の表情を濃くさせた。


こそりとハルに声をかける。


「……私、ノアの隠し子になるの?」

「……だね。そういうことで通そう」

「……すぐに嘘だとバレるんじゃ?」

「大丈夫……本当かどうかなんて、誰にも分からないんだし。……大切なのはそこじゃないからね」

「そこじゃない?」

「うーん……噂をしたい人たちにとったら、うちの総長の醜聞ってだけで楽しいだろうし、僕たちの間だったら、あ、なぁんだ、やっぱり嘘かぁ〜ってくらいだろうしね」

「……私、迷惑ばかり……」

「はは。……ティアーナ。あの人たちが迷惑がってるように見える?」


どうだこうだと話をしながら手を動かしているアメリに、ぽつりぽつりと返事をしているクロノ。

時にお互いに顔を覗き込んで、笑い合っている。


「……見えない」

「でしょ? 多分あの人たちの子どもでいるのは楽しいと思うよ?」

「うん……でも、子どもって……私とそんなに年も変わらないのに」

「うん?……ああ! そうか! 気にしないで大丈夫、総長もアメリも見た目はあんなだけど、結構、年食ってるからね。そこは心配しなくていいよ」

「そうなの?」

「そうなの。ま、そのうち分かるよ」





クロノの復調の様子を見つつ、ティアーナの体を考慮しながら、国に帰る時期を見計らっている間に、タンザーロは停留地を離れて次の地に向かって旅立った。



しばらく後に世話になった屋敷を後にした。

ゆっくりとした足取りで、半分は遊山の気分で、みなで同時に城都までの道を辿る。



今回の騒動は、事もなしとはいかないが一応の幕引きがされた。

秋が訪れる頃には国軍は引き上げて、別荘地はそれまでの静けさを取り戻した。


ウルビエッラの鉱山は国が管理すると決し、間もなく閉山される運びになった。

その時点で耳が早く、先の見通しが効く人々は、早速にも町を出る算段をして行動に移す。


スミスの町もこれまでの騒がしさに戻りつつある。ハイランダーズの騎士たちもひと段落したと肩の荷を下ろした気分を味わった。




城都に戻ってからの日々は周囲の協力と理解のおかげで、それは穏やかで、静かなものだった。

城内で飛び交う憶測や、口汚く語られる話の内容は、ティアーナに届く前にどこかでせき止められる。



以来、隣国のタンザーロたちと会うことは無かったが、マルテロの思い描く様にはならなかったらしい。それはやり取りされた知らせの中でうかがえた。


行く先々から届いてくる手紙に、ティアーナは記憶に残る遠い景色を見る。



これまでとは全く違う環境に戸惑いを見せながらも、ティアーナはゆっくりと馴染もうと努力した。




高く積もった雪は、少しずつその量を減らしていき、冬は終わりを迎えようとする頃。


神殿に春の女神を迎え入れ、寝静まったような城都が目を覚まし、動き出そうと両腕を持ち上げ、伸びをしているような、そんな頃。




新しい、小さな命がこの世界に誕生した。











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