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蹴師(けりし)  作者: 福島崇史
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クチカラ クギサス

蹴速が構えたのを見た親父は一層に声を荒げて喚き散らすが、もちろん蹴速には何を言ってるのか理解出来ない。


「よ~よ~チャンプア…このオッサンが何言ってんのか通訳してくんない?」


「キタナイコトバ バッカリ ダカラ ボクモ ニホンゴニ ヤクセナイヨ タダ…ズット キミヲ ノノシッテルネ」


「あ、そ…」


蹴速が理解を諦めたその時だった、急に親父が喚くのをピタリと止めた…

代わりに不快な笑みを浮かべると、手にした包丁に舌を這わせようとする…

がっ!顎を包帯で固定されている為、それすらも上手く出来ない。

申し訳程度に出た舌先でチョロチョロと刃を舐める様は、当然怖くも何とも無く、もはやコメディの領域である。

蹴速もチャンプアも、目一杯に鼻腔を膨らませながら吹き出すのを(こら)えていた。

それに気付いた親父は顔を真っ赤にし、たった今舐めるのを諦めた包丁を振り上げて突っ込んで来る。


「それそれ!そういうわかりやすいのを待ってたんだよ♪」


そう言うと蹴速は、チャンプア戦でも見せた〝継ぎ足〟の歩法で一気に間合いを詰めるっ!

そして包丁が振り下ろされるより先に手首を掴み、そのまま〝小手返し〟の要領で親父を転がした。

当麻流においては〝田螺(たにし)投げ〟と呼ばれる技法である。

これにより包丁は手放されたが、蹴速の攻めはここで終わらない…

そのまま覆い被さると、掴んでいた腕を背中側に回してガッチリとロックしたのだ。

いわゆる〝腕絡み〟や〝アームロック〟と呼ばれる形に捕らえられた親父は、苦悶の表情で何やら弱々しく言葉を吐いている。


「オ~イ、チャンプア! 通訳頼むわぁ~!」


「ゴメンナサイ ゴメンナサイ…ズット ソレヲ イイツヅケテルネ イイカゲン ハナシテアゲタラ?」


「いや…俺はいいんだけどよ…お前はそれでいいのか?仮にもお前を殺そうとしてた奴なんだぜ?」


「ソノヒト ボクヲ コロソウト シタカモシレナイ…ケド コロシテナイネ! デモ キミハ ボクノアシ ホントウニオッタ キミノホウガ ワルイヒトネ!!」


「…酷ぇ理屈だなオイ…」


「トニカク アシ イタイヨ! ハヤク ドクターノトコ イキタイネッ!」


「わあった!わあった!わかりました!!そんじゃあよ、お前の口から釘刺しとけよ…2度と関わらねえようにってな」


「クチカラ クギサス? ソンナ キヨウナコト ボク デキナイネッ!」


「あ、難しい言い回ししちゃって何か…さぁせん…簡単に言やぁ、2度とお前を襲わない事を約束させろって事だよ」


「アァ…ソウイウイミ…ジャア イマカラ クチカラ クギサスネ♪」


「あ、ごめんチャンプア…とりあえずそのクチカラ クギサスは忘れてくんね…?」


そんなやり取りの末、チャンプアが親父と約束を取り付けた事でこの件は終息に到った。

半べそをかき、逃げる様に立ち去る親父を見送りながら蹴速が言う…


「なぁチャンプア…1つ訊いていいか?」


「ダメッテイッテモ キクンデショ?」


「ハハハ…まぁな♪」


「デ…ナニヨ?」


「お前とさっきの親父…そもそも喧嘩になった原因は(なん)なんだい?」


「ン…ボクガ アノミセノ オカシ ヌスモウトシテ シッパイシタネ ソレガ リユウヨ」


「え~と…なになに…するってぇと…………

それ!完璧にお前が悪くね!?」


「ソウダネ… バレチャッタカラネ…」


「いや…そういう問題……まぁいいやっ!」


「ジャア…ボクカラモ 1ツ シツモン イイ?」


そう言ったチャンプアが少し怒っているのは、傍目からでも直ぐに判った。


「駄目っつっても訊くんだろぅよ?」


「キミガ サッキ ツカッタワザ…スローイング&サブミッション…」


「スローイング&サブミッション?ああ…投げと関節技って事ね。まあ関節技は俺の流派じゃ〝蔓巻(つるまき)〟っつ~んだけどな、それがどしたよ?」


「ナゼ…ボクノトキ ツカワナカッタノッ!?」


叫びにも似た声を張ったチャンプアは、小刻みにその身を震わせていた…

怒りからか?

屈辱からか?

それともその両方か?

その様子を見せられては、いくら無粋な蹴速でも流石に心情を察する。

だからか意外にも…


「すまなかったチャンプア…ゆるしてくれ」

そう言って素直に頭を下げた。

そして面食らった顔のチャンプアへ更に続ける。


「俺はよ…決してお前を舐めて使わなかったんじゃねぇんだ。打撃系格闘技には打撃だけで勝負したくなっちまう性分でよ…それによ俺だけが組み技使ったらフェアじゃねぇじゃん?」


これを聞いたチャンプアが呆れた様に首を振る。


「イイタイコト ワカッタヨ デモ キミ マチガッテルネ!

ジブンノ アリッタケヲツカウ ナニモ アンフェアナコト チガウヨ!!

ギャクニ ツカワナイコト アイテニ シツレイネッ!!」


この勢いに気圧された蹴速、少し後退りながらも再び頭を下げて詫びた。

それを見たチャンプアは大きな溜め息を吐き…


「1ツ ヤクソク シテ!」


「…ああ」


「コレカラサキ タタカウアイテガ ダレデアレ モテルワザ ゼンブ ツカウコト!イイッ!?」


「わあった…約束するよ」


「ソレト モウ1ツ!!」


「……それじゃあ2つだろがよ!」


「ゴチャゴチャ ウルサイヨッ!!」


「さぁせん…」


「モウ1ツハ…イツカ カナラズ モウ1ド ボクトタタカウコト! ソノトキハ モテルワザゼンブツカウ ゼンリョクデ! ワカッタ!?」


「ああ、2つとも約束は守るよ」


「ゼッタイヨ! クチカラ クギサシタヨ!!」


「いや…それ、忘れてって言ったじゃん…そもそも使い方間違ってるしよ…」


軽口を叩きながらも〝破れない約束〟の重みを感じていた蹴速…

そしてその重みを胸に、2日後タイを後にしたのだった。

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