事後
「どうするよ…まだ闘るかい?」
赤子の如く震えるチャンプアを見下ろしながら問う蹴速。
そしてチャンプアが、その震えと見分けがつかない程に小さく首を振る。
「デキルワケ ナイヨ ミタラ ワカルデショ…バカナノ?」
「へっ!負けたくせに口が悪ぃなオイッ!?まぁいいや…ほれ掴まれ!」
蹴速が肩を貸そうと屈んだが、チャンプアはそれを突き飛ばして拒んだ。
「イラナイネッ! ヒトリデ タテルヨッ!!」
「っとぉ…せっかく人が親切に言ってんのに可愛げの無い奴だなぁ…ったく」
蹴速の声を完全無視しながら、逆方向に曲がった膝を自分で戻そうとするチャンプア。
「いやいや…無理すんなってばよ…仮に形が戻っても靭帯や半月板は完全にイッちまってるからよ…下手に触らねぇでそのまま病院行った方がいいって」
その言葉も無視して続けたチャンプアだが、やはり戻らぬ事を悟ると諦めてそのまま立ち上がろうとする。
しかしバランスを崩してしまい、転びそうになった所で腰に回り込む太い腕…そう、蹴速が腕を回して支えたのだ。
「ようよう…若いんだから人の親切には甘えるもんだぜ?」
これに鼻を鳴らしたチャンプア…
「シンセツ ナ ヒトハ アシ オッタリシナイネ!」
「……ごもっとも。ところで近くに病院はあんのかい?無ぇなら歩くより救急車呼んだ方がいいだろ?」
「ツギノカド ヒダリ スコシイッタラ ドクター イルネ…ウチノ ジム オセワナッテル キミト チガッテ ヤサシイ イイヒト」
「へいへい…オレ ワルイヒト スイマセンネ!」
蹴速が口を尖らせると、ようやくチャンプアも小さな笑みを浮かべた。
「ソウイエバ ワルイヒトヨ…ボク キミノナマエ マダ キイテナイネ ナンテナマエ?」
「俺かい?俺の名は蹴速ってんだ!ケ・ハ・ヤ!日本語でクイックキックって意味の名さ♪」
「……」
「どしたい?そんな不服そうな面してよ…」
「キミノ キック ゼンゼン ハヤクナイヨ ナマエ カエルベキダヨ」
「…うるせえよ。くだらねぇ事言ってっと、もう1本の足もヤッちまうぞコノヤロー」
「ハッハッハッ!」
「ようやく声に出して笑ったかよ…
ところでよぅ…お前さんさっきそのドクターの事を、うちのジムが世話になってるって言ってたが…て事はやっぱお前はプロのタイボクサーな訳?」
「イチオウハネ…デモ シタッパ ゼンゼン ヨワイヨ…」
「へぇ…」
弱い…?
下っぱ…?
若いとは言えあれほどの蹴りを使う男が…?
何かが蹴速の背をチリチリと刺激した。
恐怖?それとも歓喜?
それが何なのかは蹴速自身にも解らなかったが、全身の産毛が逆立っている事は自覚出来た。
するとその時、前方に見覚えのある男が立ち塞がった。
「あ、あんたは…さっきの?」
そう…蹴速と闘う前にチャンプアがブチのめした、あのデップリと太った屋台のオヤジである。
顎を包帯で固定し、鼻にはバカでかいガーゼが貼られている。
が…
蹴速の目を引いたのはそこでは無かった。
右手に鈍く銀色に光る物が握られていたのである。
それは全長30cm、刃渡り20cmはあろう中華包丁だった。
仕返しを目論んだ親父だが、素手では敵わぬと見て堂々とこれを手にチャンプアを探していたらしい。
「どうなってんだぁこの国の治安はよぅ…微笑みの国が聞いて呆れらぁな」
文句をたれながらも、蹴速の顔はどこか嬉しそうである。
そして少し離れた場所にチャンプアを座らせると、何やら喚いている親父の前に立ち塞がった。
「何言ってっかは解んねぇけどよ、アンタが何しようとしてるかは解るぜ。残念だけどチャンプアは俺が壊しちまってな…だから代わりに俺が相手してやらぁな♪っつっても言葉通じねぇわな…じゃあ…これなら一目瞭然だろぅよ?」
そう言うと蹴速は当麻流蹴体術の構えを取る。
そしてその顔は…
新しいオモチャを与えられた子供の様に、悦びに満ち溢れていた。