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蹴師(けりし)  作者: 福島崇史
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ロープ・ア・ドープ

その身に纏うドス黒いオーラ…

それは〝本気〟になったチャンプアの禍々しさを物語っていた。


これまでも蹴速は、チャンプアが持つ2つの顔を見て来た。

陽気な若者の一面…

表情1つ変えずに話す冷淡な一面…

しかしこれらも仮面の一部に過ぎない。

あの売店のオヤジを容赦無くブチのめした事からも解るように〝芯〟の部分に潜む本当の彼は冷淡を通り越して冷酷なのだ。


「へへ…いい(ツラ)すんじゃねぇか…えぇオイ?」


語り掛けたがチャンプアが応える事は無く、トントンと左足でリズムを刻みながら、少しずつ少しずつ前へとにじり寄る。


〝く~っ!この体格差でこの重圧(プレッシャー)かよ…たまんねぇなぁオイ〟


汗を滲ませた蹴速は、チャンプアが1歩迫ると1歩 退(さが)る…

たまにプレッシャーを与え返そうとドンッと左足を踏み鳴らしてみるが…


〝やっぱ動じねぇか…〟


やがて気がついた時には、その背を壁に預ける事となっていた。


〝チッ!追い詰められたかよ…〟


今闘っている場所は路地裏がポッカリと口を開けた様な空間。

四方を建物に囲まれた、ほぼ正方形のスペースである。その1辺は約5~6m…

奇しくも打撃系格闘技で使用されるリングに近い物だった。

つまりは地形ですらムエタイ使いであるチャンプアに有利であるという事に気付いた蹴速。

しかし…


〝それがどうしたよっ!いくらリングに近い形してようがここはあくまで路上…路上っつったら喧嘩屋のリングだって事を教えてやんよっ!!〟


蹴速は心の中で気を吐いた。

その眼光が鋭さを増し、それに気付いたチャンプアが躊躇った様に一瞬足を止めた。

そして肩をピクリとさせたり、腰を軽く(ひね)ったりと細かい動きを見せる。

窺っているのだ…蹴速の反応を。

しかし蹴速は動じない。

だが…構えは前と違う物に変わっていた。


その太い両の(かいな)を顔前で立て、その隙間からチャンプアの動きを覗き見ている。

足もかなり広めに開き、重心もそうとう落としていた。

型で言うなら相撲の仕切りに似ていなくも無い。

もちろんあれ程に屈んだ物では無いが、フットワークすら使わずその場でガードを堅める(さま)は路傍に転がる岩を連想させる。


当然、見た事の無い構えを訝しむチャンプア。

軽いジャブやローを試す様に数発繰り出す。

しかしやはり蹴速は動じない…


「なんだぁその気が抜けた技はよ?

どした…チャンスだぜ?

この構えは当麻流蹴体術…〝岩戸(いわと)〟って言ってな…

つっても意味解んねぇだろうが、俺流のロープ・ア・ドープってとこだ。

とにかく面白ぇもん見せてやっから本気で来な。

まぁお前さんが怖くねぇならって話だが…よ♪」


これでチャンプアの米噛みに青筋が浮いた…

「コワイ? ボクガ? ワラエナイネッ!!」


自分で言い終えるのも待たずに左の前蹴りを放つチャンプア!

しかし蹴速も前に立てた両腕で、それをしっかりとガードする!


「ケェ~ッ!!」

奇声を発したチャンプアが弾かれた蹴り足でそのまま深く踏み込み、更なる追撃に移行する。

顔の横に大きく振り上げられたのは、死神の鎌を想わせる一撃必殺の肘!

しかし蹴速は慌てる事も無く…


「はっけよい…」

そう呟きながら低い構えの身を更に沈める。

そして…


「のこった!!」

叫ぶと同時に背後の壁を蹴って飛び出した!

蹴速の頭上スレスレをチャンプアの肘がかすめる!!

間合いに入った蹴速が、勢いのまま両腕を前に突き出し両の掌でチャンプアの喉を打つと、軽いチャンプアは、弾かれた様にその身を宙に浮かせた!!


当麻流の〝ぶちかまし〟とも呼べる〝岩戸〟…

壁際に追い詰められた時、戸に見立てた腕の隙間から機を窺い、壁を蹴る事で加速しながら反撃に転じる技である。

これを蹴速は、〝キンシャサの奇跡〟と呼ばれる一戦において、モハメド・アリがロープに身を預けて反撃の機会を待ち、最終的にジョージ・フォアマンを倒した戦術〝ロープ・ア・ドープ〟に(なぞら)えたのだ。



「カハァッ…!!」

チャンプアがこの闘いで初めて見せる苦悶の表情…それは浮いた身体が着地してからも終わる事は無く、喉を押さえながら身をくの字に折っている。


勝機とばかりに追った蹴速が、チャンプアの頭部を両腕で抱え込んだ!

ムエタイ使いに対し掟やぶりの首相撲!!

狙うは当然、顔面への膝蹴りである。

が…流石は本家本元のムエタイ使い、チャンプアがすかさずクロスガードで顔面を守った。

しかしその(じつ)、蹴速の狙いは顔面への膝蹴りでは無かったのだ…

その証拠に顔面を目掛けて突き上げられていたはずの膝は、その手前で何故か動きをピタリと止めた。


〝っ!?〟

備えていた衝撃が…

来るはずの衝撃が来ない事にチャンプアが戸惑ったが、その衝撃は別の形で彼を襲う事となった。

1度動きを止めた蹴速の足だが軌道を下方向へと変えると、そのまま踏み抜く様にチャンプアの膝を足底で蹴ったのだ!


「ガアァァ~ッッ…!」

チャンプアが獣の慟哭を吐きながら地に沈む。

無理も無い…蹴られた膝が本来曲がるはずの無い方向へと曲がっていたのだから…


膝蹴りで1度上を責めると見せておいて、振り下ろした足裏で相手の膝関節を正面から踏み抜く…

その動きから当麻流で〝鹿威(ししおどし)〟と呼ばれる技である。


歪に曲がった自らの膝を見て、地に転がったまま忙しなくガチガチと歯を鳴らすチャンプア。

しかし16歳という年齢を考えれば、泣き叫ばないだけでも大したものであろう。

そんな褐色の少年を見下ろしながら蹴速が問うた。


「どうするよ…まだぁ()るかい?」











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