見慣れぬ靴
蹴速の握力は100Kg近くあるが、体格からすれば別段驚く程の事でも無い。
しかしアベルの体格で、蹴速と握手を交わし握り勝ったと言うのは驚くべき事であろう。
だからこそ蹴速は、アベルを〝怪物〟と認めたのである。
まだ小刻みに震える我が手を見つめたまま、蹴速が叫びにも近い声を張った。
「待てやっ!!」
これにアベルが素直に足を止める。
「ナンジャイ? キガエンコトニハ ショウブ デキンジャロガイ…」
「いや…そうでも無ぇぜ…」
そう呟くと蹴速は、右足の爪先で自分の左足の踵を蹴った。
するとローラースケートを履いているかの様に蹴速の身体が前に出る!
当麻流の足運びである〝継足〟で一気に間合いを詰めたのである!
そしてそのまま矢の様な前蹴りを一閃!
継足からの前蹴り…当麻流において〝流鏑馬〟と呼ばれる技法…
狙ったのはアベルの腹部…鳩尾である。
〝決まった!〟
蹴速はそう思った。
振り向き様、無防備なところへの奇襲…
そう思うのも当然である。
しかし…次の瞬間に蹴速が感じていたのは、手応えでは無く純然たる痛みだった。
アベルは、向かって来る蹴速の足を自らの太腿ですくい上げて勢いを殺し、その脛に肘を落とす事で完全に動きを止めたのだ。
〝挟み打ち〟空手などでそう呼ばれるテクニックだが、実際に使える者など殆んど居ない。
それ程の高等技術…いや、創作物の中だけに存在する〝絵に描いた餅〟と言っても良い。
それをこの男は使ったのである…
しかも奇襲攻撃に対して…
ましてや素人のそれに対してでは無い…
当麻流正当継承者のそれに対して使ったのである。
「ガアッ…!」
太い呻きと共に崩れた蹴速。
それを冷やかに見下すアベル。
「イキナリ ナニ スルンジャイ!ッタク…アブナイノゥ アタッタラ ドウスルンジャ!!」
「へ、へへへ…そりゃ悪ぅござんした♪
でもよ…やっぱ着替えなんざぁしなくても闘れんじゃんお前♪」
「……」
「そもそもサバットはお上品なもんじゃ無ぇもんな?路上の現実に目を向けた格闘技…そうだろ?」
「ナニガ イイタインジャ…?」
「お~痛ぇ…」
脛を擦りながらも立ち上がった蹴速が更に言う。
「俺はスポーツマンシップを競いたい訳じゃ無えって事さ」
これを聞いたアベルの顔から表情が消える…
気持ち悪い程の無表情。
怒っているのか?悦んでいるのか?
感情が全く読めない。
するとアベルがその表情のまま、無言で奥の部屋へ行こうとする。
「いや、結局着替えるんかいっ!!」
突っ込んだ蹴速に老人が言う…
「そうじゃあ無ぇよ若ぇの…オメェの望みは叶うだろうさ…」
どういう意味だろう?
思考を巡らそうとした蹴速だったが、その間を与えられる事も無くアベルが戻って来た。
確かに着替えず私服のまま…
「コレヲ ツカッテ シロクロ ツケヨウジャネェカ!?」
そう言ったアベルの手には、見慣れぬ靴が2人分ぶら下がっていた…




