当麻流 通じず…
「フシュッ!!」
先に動いた蹴速、鋭い呼気と共に前足での左ローキックを放つ!
が…その蹴り足は振り抜かれなかった。
〝っ!?〟
蹴ろうと浮かせた左足を、なんとチャンプアは右足の裏でいとも容易く止めていたのである。
「チィッ!」
続けて右足でのローを試みる。
これもダメ…
更に左の連擊!
しかしチャンプアはそれすらも難なく止めて見せた。左右の足裏を交互に上げる様は、まるでタップダンスやコサックダンスを舞っている様である。
「へへ…足の裏で俺の蹴りをストッピングかよ?凄ぇなアンタ…」
冷たい汗が脇を濡らす。
それまで涼しい顔だったチャンプアが、ようやく笑みを浮かべながら口を開いた。
「キミノ キック オソイヨ ボク キミニ キック ダサセナイネ 」
「言ってくれるねぇ…そんじゃコイツならどうだいっ!?」
蹴速が後ろの右足をスライドさせ、前にある左足の踵を自ら蹴った。
〝継足〟そう呼ばれる当麻流蹴体術の足運びである。
これにより素早く相手の懐へと飛び込める。
しかし蹴速の目的は間合いを詰める事では無かった。
真の狙いは前蹴り!
蹴り足の踵を蹴る事で、そのスピードを更に加速させようと言うのだ。
継足からの前蹴り…当麻流に於いて〝長槍〟と名付けられた技法。
〝弧を描く回し蹴りと違い、点の攻撃である前蹴りは止めらんねぇだろっ?更に継足でスピードも上げてる…さあっ!吐瀉物撒き散らして悶絶しな♪〟
そんな思惑の中、名の如く長槍と化した左足が、チャンプアの鳩尾目掛けて疾走り行くっ!
だが…
それは何の手応えも感じる事は無かった。
チャンプアが腰を引きながら、左手で外側へと受け流したのである。
これにより蹴速の身体も流され、半回転してしまった。
〝あ、やべ…〟
思った時には既に遅し…
乾いた破裂音と共に、凄まじい衝撃が脇腹を襲っていた。
ムエタイで最も多用される技、左のミドルキックが絡みつく様にヒットしたのだ。
「カハァッ…!!」
声なのか呼吸なのか判別出来ない物を吐き出す蹴速…
その1発…たった1発のミドルで、蹴速の左脇腹が紅く染まっている。
〝ぐっ…い、痛ぇ…〟
体格差に救われたのか、重さは然程感じなかった。
しかし単純な痛みがエゲツない…
蹴速の蹴りが〝棍棒〟ならば、チャンプアのそれは〝鞭〟!
いくら筋骨は鍛えられても、皮膚その物は鍛えられない…どんな屈強な男でも〝ビンタ〟は平等に痛みを感じるものだ。
〝しなる様な蹴り〟とはよく言った物で、まさに言い得て妙である。
ヒリヒリ…
ズキズキ…
尖った痛みが継続する。
苦悶の表情を浮かべてそれに耐える蹴速だが、更なる追撃を喰らわぬ様にすかさず構え直した。
小刻みに10回息を吸い、少し長めに1度吐く…
これを数回繰り返す。
〝十一〟
当麻流に伝わる秘伝の呼吸法。
全身に酸素を供給し素早く回復を図る。
チャンプアはステップを踏みながら、ダメージを値踏みする様な視線を送っていた。
「どした…チャンスだろぅよ…来ねぇのかい?」
「キミ ヘタクソ マツノハ ボクノ ヤサシサネ♪」
「う~わ…メチャクチャ舐められてますやん俺…」
「ナメル? ソンナ キタナイネ ボク キミ ナメナイヨ」
「いや…そういう意味じゃなくて…まぁいいや…日本語の授業は、この喧嘩が終わったらゆっくりやろうや…なぁ?」
「ソレ タブン ムリネ オワッタトキ キミ ホスピタル イル オモウカラ」
他愛ない会話の最中も構えを解かない2人。
チャンプアの前足を上下させる音が、合いの手の様にリズムを刻んでいる。
「ようチャンプア…も1つ訊くけどよ、お前いくつなの?」
「イクツ? ボクハ ヒトリダケネ ダカラ ヒトツヨッ!」
「あ、スマン…こいつぁ俺の訊き方が悪かったな…年齢は何歳かって事、ハウオールダーユー?」
「オー! トシッ! シックスティーン…16サイネ♪」
〝マ、マジか?おい…〟
蹴速は驚愕した。
タイではムエタイ選手になるのが富を築く1番の近道…それゆえに3才の子供がジムでサンドバッグを蹴っているなんて光景は珍しくない。
かつてムエタイが〝最強の立ち技格闘技〟と呼ばれていたのは、何も技術的な部分だけの事では無い。
こうした境遇によるハングリー精神は勿論だが、選手人口の多さや選手層の厚さもその理由なのだ。
蹴速とてその辺りの事情を知らないでは無かったが、それが自分の想像を遥かに超えていた事による驚き…
〝まさか16歳の少年に圧されているとは〟というショックであった。
「へへへ…16たぁ恐れいったよ…まさか年下とはね。しかしそれを知ったからには意地でも敗けらんねぇやな…」
そう言って前に出ようとするが…
「オット… キミバカリ ズルイネ コンド ボクノバンヨッ!!」
叫んだチャンプアが、この闘いで初めて自分から攻めに打って出た!