八咫烏
アレクセイの取った新たな構え…
いや、それは構えとすら呼べぬ物かもしれない。
ダラリと垂れたままの両腕…
肩幅ほどに開かれた足…
全身にまるで力みが見られない。
完全なる脱力…そう言えなくも無いが、傍目にはただ突っ立っているだけにしか見えない。
しかし蹴速は気付いていた…
アレクセイの呼吸が変わっている事を。
鋭く…小刻みに…そしてリズミカルに…
「へぇ…」
蹴速が舌舐めずりしながら呟いた。
それに呼応したかの様にアレクセイが気を吐く。
「コイッ!!」
「応よっ!!」
〝鼠追い〟の構えで下半身に溜め込んでいた力を一気に解放する蹴速!
まさに鼠を狩る猫の如く、素早い動きで間合いを詰める!
低空タックルにも似た動き…
アレクセイは、思わずガブりたくなるのをグッと堪えた。
〝コイツ ガ ソンナ タンジュン ナ ワザ ヲ シカケル ハズ ガ ナイ〟
何か裏があると彼の危機察知能力が告げたのだ。
そしてそれが正しかった事は直後に判明する!
蹴速は間合いに入ると同時に、前回り受け身の様な動きに移行したのだ。
アレクセイの頭上から鉈の様な蹴りが振り下ろされるっ!!
骨法の〝浴びせ蹴り〟
プロレスの〝ニールキック〟
空手の〝胴廻し回転蹴り〟
これらに分類される回転系の捨て身技…
当たれば威力は絶大だが、外れた時のリスクを考えるなら、おいそれとは使えない。
ましてやバーリ・トゥードでなら尚更である。
余程に力の差がある格下相手ならば話は別だが…
それを蹴速は使った。
〝ナメルナッ!!〟
憤慨したアレクセイが、踏み込みながら肩口で蹴りを受け止める!
これは正解であろう。
恐れて後ろに下がってしまうより、踏み込んで遠心力の弱い部分を受け止める方がリスクは少ない。
だが…アレクセイのこの動きすら、蹴速の狙い通りだった。
「そう出ると思ったぜ大将!」
ニヤリと嗤った蹴速、寝転んだ状態でアレクセイの右足首を脇に抱えている。
「も~らいっ♪」
ご機嫌に言いながら、自らの両足をアレクセイの足に絡めて行く…
アレクセイを倒そうという動きである。
倒してしまえば関節技が完成する。
狙うはヒールホールド…当麻流で〝巻貝〟と呼ばれる技…極ってしまえば逃れる術は無い。
それどころか簡単に膝関節を破壊してしまう危険な技である。
ところが…
「ソウデルト オモッタゼ タイショウ!」
アレクセイは自らに絡みつく蹴速の足を払いのけ、怖い笑顔でそう告げた。
そうである…蹴速の回転蹴りが捨て技である事、本命が関節技である事をアレクセイは見抜いていたのだ。
「や、やべっ!!」
危険を感じた蹴速は、せっかく掴んだ足首を手放しその手をガードに使用する…
顔の前にクロスガードを完成させると同時に、凄まじい重さを伴った衝撃が上から降って来た!
踏みつけであるっ!!
バカでかい足の裏が、何度も何度も降り注ぐ!
「グウ…ッ!」
唸った蹴速、アレクセイが足を振り上げたタイミングで軸足を蹴る。
寝転んだ状態での蹴り…もちろん威力はしれている。
が、アレクセイのバランスを崩すには充分であった。
一瞬出来た隙を見逃さず、転がりながら間合いを離した蹴速…充分な距離となった所でようやく立ち上がる。
「フ~…今のは焦ったわ…やるねぇ大将♪」
「フンッ!マダマダ コンナモン ジャナイ!」
「お~…怖いねぇ…なら俺も褌締め直そっかな」
「?…フンドシ シメ…?」
「気合いを入れ直すって事さ」
「OH!ナルホドネ…」
アレクセイが納得したところで、蹴速の纏う空気が変わった。
アレクセイもそれを敏感に感じ取る…
「大将…次に出す技が最後になりそうだわ」
「??……ッ!!」
数瞬の間を置きアレクセイは気付いた…
蹴速の左手首が歪な角度に曲がっている事に。
先のフットスタンプをガードした時の物である事は明白だった。
レフリーに気付かれれば試合を止められてしまう…蹴速とてそれは承知らしく、アレクセイにだけ見える角度にしている。
「少しばかし下手な受け方をしちまったわ…痺れてるわ痛いわでもう大変って感じ…へへへ♪
だからよ次に出す技がラストって訳。
受け切ったならアンタの勝ち!決まったなら俺の勝ち!単純明快でいいべ?」
「イイダロウ…ソノ ショウブ ウケテタツ」
「さっすが大将だぜ♪」
「コイッ!」
「八咫烏…」
「ヤタガラス…?」
怪訝な表情で首を傾げるアレクセイへと蹴速が更に告げる…
「それがアンタを屠る技の名前だ」




