2人のリアリスト
モスクワでの初日を終え、ホテルの自室に戻った蹴速と高柳。
「しっかし…まだ初日やっちゅうのに疲れたのぅ~!」
「兄やんは何もしてねぇじゃねぇかよ…」
拗ねた顔つきで言う蹴速に、高柳も拗ねた顔つきで返す。
「アホッ!今日は観るだけやって俺との約束を無視しよってからにっ!ハラハラしっぱなしで神経が磨り減ったわっ!心労ってやつや心労っ!!」
「そりゃ悪ぅござんしたっ!!」
「あ…てめぇ…全く反省しとらんやろっ!?」
「へへへ♪バレた?」
「バレいでかっ!ったくよ…」
ブツブツと呪文の様に文句を垂れ続ける高柳だが、それはもちろん蹴速の耳を素通りしている。
その証拠に蹴速は言葉を遮って、ガラリと話題を変えてしまった。
「ところで兄やん…明日の試合だけどよ、対戦相手の事は判ってんのかい?」
「へ?あ、あぁ…一応はアレクセイが教えてくれたわ」
「どんな奴よ?」
ここで1度深く息を吸った高柳。
それを少しずつ吐き出す様にゆっくりと問いに答える…
「アレクサンドル・ギガント……キックボクシングをベースにしとるらしいわ。んでもってあの場所で2戦2勝の2KOだとよ」
「へぇ…悪くないじゃん。少なくとも退屈しないで済みそうな相手だな♪」
これに高柳が、今度は深く息を吐き出しながら首を振った。
「他人事だと思って軽く言うなっての…」
「で、判ってんのはキックボクサーって事と戦績だけ?身体のサイズとかは?」
「そういやぁそこまでは聞いとらへんなぁ…
しもたなぁ聞いときゃ良かったわ」
「……」
「……」
一瞬の沈黙が室内を覆った。
その気まずさを取り繕う様に高柳が口を開く。
「ま、まぁ今日と逆で闘うんは俺だけやし、明日はゆっくりと気楽に観といてくれたらええからよ♪」
蹴速が張り付いた笑顔で首を振る…
「おいおい兄やん…忘れて貰っちゃあ困るぜ…確かに明日は闘らねぇが、俺の次の相手はあのアレクセイなんだぜ?」
「あ…」
「ましてや〝システマ〟は未知の格闘技だしな…もう既に身体が怖がってるよ…」
「怖い?お前が?」
「そりゃ怖いさ…技ってのは知らない相手にゃ簡単に決まっちまう…システマがどんなのか知らない以上は秒殺される可能性だってあんだからさ…怖くて当然だべ?」
腕を組み、結んでいた口を〝への字〟から解放する高柳。
「ならよ…動画でも検索したらどないや?今の時代いくらでも情報は手に入るやろ?」
しかし蹴速の首は縦には動かなかった…
「それはフェアじゃない…だってそうだろ?アレクセイの奴も当麻流蹴体術の事を知らねぇんだぜ?しかも当麻流は検索しても情報が出て来ない…それなのに俺だけが情報を得る訳にゃいかねぇさ」
「そうは言ってもよ…お前…」
「それに…」
「それに?」
「アレクセイの言葉を借りるなら…こいつは喧嘩だぜ?喧嘩なら相手がどんな技術を持ってるか判らなくて当然じゃろ?ま、2人のリアリストがぶつかったらどうなるか…乞う御期待!ってところやな♪」
「へっ!じゃあ俺はお前の言葉を借りたるわ!相手が誰で、いつ何処で闘うかも判ってんだから、こいつぁもう喧嘩じゃ無ぇだろうよ?」
「ハハハ…それを言われると痛いけどな♪
でもさ、変な先入観を持ちたく無いってのもあるんだわ…これは俺の予感でしか無いけど、アレクセイの奴はシステマの他にも何か〝隠し玉〟を持ってる気がしてさ…だから臨機応変に対処出来る様にしとかなくっちゃな」
「……」
「そんな顔すんなってば!とにかく兄やんは自分の事だけ考えときゃいいんだって♪ほら!今日は飯食ったら明日に備えて早めに寝ようぜ」
笑いながらウインクをして見せる蹴速。
それを見ながら高柳は思っていた。
〝やっぱコイツ等は俺と住む世界がちゃうわ〟




