喧嘩とスポーツ
当麻流蹴体術〝奈落〟を喰らい、後頭部から地に叩きつけられたイリューヒンは、泡沫を口角に溜めて失神していた。
しかしドクターの処置により、直ぐに意識を回復させる。
その間、蹴速はリングから出る事無くイリューヒンの様子を見守っていた。
「よう…目覚めたかい?」
そう言って右手を差し伸べると、イリューヒンも照れた様な苦笑いを浮かべながらそれを握り返した。
そして蹴速が起こし上げると、そのまま健闘を称え合うかの様な抱擁へ。
地元で有名な〝ワル〟とは思えない程、清しい笑顔で蹴速の右手を掲げて勝者を称えるイリューヒン。
その後もう一度握手を交わし、深々と頭を下げてから互いにリングを後にした。
「お疲れ!」
高柳が声を掛けながらタオルを投げ渡す。
すると直ぐ脇からパチパチと手を叩く音が聴こえて来た。
拍手の主はアレクセイである。
それにツラれて周囲の観客も一斉に手を叩き始めた。
突如浴びせられた拍手の嵐に蹴速もはにかむ。
「イイ…ケンカ ダッタ…」
アレクセイが肩に手を掛けながら言うが、蹴速はこれを否定する…
「喧嘩?違うね…これは健全なスポーツさ」
「スポーツ…ダト?」
「ああ…そうさ。ずっとアンタはコレを喧嘩だって…上品なスポーツ格闘技じゃ通用しない世界だって言ってたけどさ、これは健全過ぎる程にスポーツだよ」
「……」
「闘う相手や場所も日時も決まってて、必ず素手のタイマン…危なくなったら止めて貰えて、止められたら相手も素直に止めてくれる…怪我をしても待機してるドクターが直ぐに診てくれて、勝ったら金まで貰える…
こんな恵まれた喧嘩があってたまるかよ。喧嘩にゃ喧嘩の〝味わい〟ってもんがあるが、この場所にはそれが無い…この理屈、アンタなら解るんだろ?」
アレクセイをチラリと流し見る蹴速。
2人の視線が交差する…
一瞬の緊張感に高柳は焦ったが、その心配は杞憂に終わった。
アレクセイがうつむき、鼻先を掻きながら言ったのである。
「タシカニ…ナ…オマエ ノ イウトオリダ…」
「だろ?賛同頂けてコレ幸いだぜ♪」
「サンド?コレサイワ…?ソレ オレ ノ シラナイ ニホンゴ…」
「あぁ悪い悪い!アンタも同じ意見で嬉しいよって事さ♪」
「ま、なんにせよ無事に終わってホッとしたわ!」
高柳が間に入りながら2人の肩を抱いた時、運営の人間が配当金を持ってやって来た。
支払った掛け金と相手の掛け金、それに観客の掛け金から出た利益の一部を足して約9000ルーブル…日本円にして15000円程が転がり込んだ。
「ファイトマネーとしてコレが高いか安いかはわかんねぇけど…有り難く頂いとくぜ♪」
「まぁ…物価が日本とは違うやろから何とも言えんけど、怪我のリスクを考えたら高くは無ぇわな…ま!少なくとも数回闘れば、ロシアでの生活費にゃ困らんやろぅさ」
「オイオイ…兄やん、俺が稼いだ金でアンタも暮らすつもりかよ?兄やんだって強えぇんだから、自分も出て稼げよなっ!」
「そこを何とか…」
「い~やっ!そこは甘やかさ無いぜっ!!
と…言う訳でアレクセイ、近々兄やんの試合も組んでくんない?」
これに太い指でOKサインを作ったアレクセイ、早速とばかりに運営の人間と話し始めた。
これに高柳が頭を抱える。
「かぁ~…やっぱ闘らなしゃあ無いかぁ!」
話は直ぐにまとまったらしく、ものの1分程でアレクセイが戻った。
「アシタ…アシタ ノ ユウガタ4ジ オマエ ノ シアイ キマッタ」
「早っ!?明日って…もう少し心の準備とかさせて貰えんのかいな?」
ボヤく高柳を無視して蹴速に視線を投げるアレクセイ。
「いや!ワシャ無視かいっ!!」
この叫びすらも無視して蹴速に語り掛ける。
「ケハヤ…オレ ハ オマエ ニ キョウミ ガ デテキタ…チカク オレ ト タタカッテ クレナイカ?」
「へっ!?」
素っ頓狂な声を挙げた高柳に対し、蹴速は驚くほど冷静に言葉を返す…
「アンタならそう言ってくれると思ってたよ♪
いいぜっ!俺もアンタにゃ興味があったし…何よりアンタとなら楽しい〝喧嘩〟が出来そうだかんな♪」
見つめ合い微笑む2人の表情は、新しいオモチャを手にした子供の様に無邪気であった。




