暖かな結末
絶好の機会に追撃を仕掛けないルディ…
〝どした?何故来ない…?〟
不審に思う蹴速をよそに、相変わらず構えたままで動かないルディ。
そしてその目は猜疑心に満ちていた。
〝へっ…そうかよ…そういう事かよ…〟
その目を見て、ようやく蹴速は理解した。
読んで字の如く、ルディは疑っているのだ。
蹴速を…そのダメージ具合を…
ダメージが残っているふりをしているのでは無いか?
突っ込んだ所にカウンターを狙っているのでは無いか?
そう考えている目だった。
しかしこれは蹴速にとって好都合…
なんせ本当にダメージがあるのだから。
といっても、今喰らった蹴りによる物では無い。
1週間前、初めて立ち合った際に折れた肋骨…
これが〝痛み〟という自己主張を強めて来ているのだ。
肋骨をヤッた事、ルディは勿論だが高柳にも老師にも話してはいない。
話せば必ず病院へと連れて行かれてしまう。
外国で病院にかかる事が怖いというのもあるが、そうなるとせっかく掴んだ学びの機会も奪われてしまう…蹴速はそれが何より怖かった。
幸い骨はズレずにハマっているらしく、ふとした時に痛む程度だった。
この1週間ずっとテーピングだけで誤魔化して来たが、先に放った回転技の連続でどうやらズレてしまったらしく、今は息をするだけでも痛みが走る…
しかも今は素肌の上に直接薄い道着を着てるので、皆に悟られぬ様にテーピングすら外してある。ズレるべくしてズレたと言えよう。
〝へへ…ヤバいねど~も…〟
蹴速もルディと同じく、構えを取ったままで動かない。
そうして見合っている間に1R終了の3分となってしまった。
審判を務める高柳が両者を呼び寄せる。
「せっかくお前の望む形で試合が出来とるんや、もっと積極的に動かんかい!しまいには減点すんぞっ!?」
「へ~い…」
気の抜けた蹴速の返事に、イラッとした視線をぶつける高柳。
「お~怖っ!冗談だよ、冗談っ!ちゃんと心得ております審判殿っ!!」
直立で敬礼をする蹴速に
「それはそれでなんやムカつくわっ!」
そう返して今度はルディの方へと向き直る。
そして同じように注意を与えると、ルディが蹴速を指差しながら何やら言い始めた。
それを受けた高柳が無言のまま蹴速の前に仁王立つ。そしてやはり無言のままで蹴速の脇腹辺りに手を添えた。
〝~~っっ!!〟
軽く触れられただけだが、全身が痛感神経になったかの様な痛みが全身を貫いた。
思わず身を折り、顔をしかめてしまった蹴速。
それを見た高柳が言う…
「まさかとは思ぅたが…ほんまにルディの言う通りやったとはのぅ…」
「へっ?ど、どういう事…?」
「試合再開後…お前が構えた瞬間、道着の隙間から見えちまったんやとよ…」
「だから何がよ?」
「これがだよ…」
そう言って高柳が蹴速の道着の前を大きく開いた。
すると右側肋骨の1番下辺りが青黒く変色し、プックリと突起している。
そうである…あの時ルディは蹴速のダメージの真偽を疑って攻めなかった訳では無かったのだ。
この状態に気付き、骨折を疑ったからなのである。
「お前…これ折れとるやろ?しかも今折れたもんや無いな…いつからや?」
「さ、さぁ…な、何言ってんのか…ぼかぁさっぱり…」
頭の後ろで腕を組み、わざとらしく口笛なんか吹いてみる。
「いや、誤魔化すん下手くそかっ!!ったく…いつからやねんっ!?」
「…1週間前、ルディと初めてヤッた時…」
「なっ…!?じゃあ何か?お前…1週間もアバラ折れたままで練習してたの?俺達に黙って?」
「だってよ…言ったら病院連れてっただろ?俺…病院…嫌い…」
「子供かっ!!」
「いや、せっかく入門許されたんだぜ?それなのに練習出来なくなったら意味無いじゃんよ…だから黙ってた…」
無言で睨む高柳。
「ゴメン…兄やん」
これに太い鼻息を噴出した高柳…
「とにかく試合はここまでや…ええなっ!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれや!これくらい屁でも無いわいなっ!最後までヤらせてくれやっ!」
「屁でも無い?これでもか?」
高柳が再び患部にそっと触れる…
まさに腫れ物に触るかの様に柔らかく。
そんな優しいタッチにすら、蹴速は顔を歪めて呻き声を発してしまっていた。
「な?諦めぇや…」
「……」
ここで老師とルディが歩み寄る。
そして高柳へと何やら話し掛けた。
小刻みに頷きながら聞いていた高柳が、蹴速に向き直り2人の言葉を伝える。
「先ずは老師の言葉をそのまま伝える…
怪我をした息子に無茶を許す親が居るかね?
お前はもう家族なんだからいつでも戻って来れる。この試合はまだ途中として私が預かるから、続きをする為にも必ず帰って来なさい…だとよ」
〝…っ!〟
暖かい言葉に傷とは別の痛みが胸を打つ。
蹴速は瞳を潤ませ、傷の痛みも気にせず老師へ深々と頭を下げた。
「次にルディから…
傷を負ったお前を倒しても全く嬉しく無いし、怪我人に技を奮ったとなれば武人の名折れ…俺はいつでも此処でお前を待っている。お互い五体満足でこの続きを楽しもう〝兄弟〟…ってよ」
肩を震わせる蹴速に笑顔で歩み寄り、そのまま優しく抱き寄せたルディ。
顔を上げた蹴速は潤んだ目を拭い、今度は惚れ惚れする程に晴れやかな笑顔を見せた。
そして自らルディへと右手を差し出し
「またな…兄弟」
そう呟いた。
その手を握り返したルディも、言葉は通じなくとも何かが通じたのだろう…笑顔で頷く。
それを見ていた同門達から拍手が沸き起こり、皆の温もりに包まれながらシラット修行は終わりを迎えたのだった。
これにて〝世界蹴撃旅行〟は1勝1敗1預かり…
蹴速が次に向かう土地とは?
そしてそこで待つ未だ見ぬ好敵手とは?




