兄弟喧嘩
ルディとの激闘から1週間、正式な門下としてシラットを学んだ蹴速。
シラットの技術にも色々とあり、蹴速が学んだのは〝プンチャクシラット〟と呼ばれる物だった。
かつてインドネシア独立戦争の際、独立軍兵士の戦闘力を高める為に、短期間で身につけられるよう簡潔にアレンジされた技術体系…
それがプンチャクシラットである。
その歴史は中国武術の洪家拳に似ている。
また皮肉な事ではあるが、この技術体系を作ったのは、第二次世界大戦中にインドネシアを占領していた日本軍であった。
それまで長くオランダにより禁じられていたシラットだが、白人からのアジア解放を謳っていた日本が、占領を機にシラットを推奨する事となる。その時、普及の為に作られたのが〝近代シラット〟とも呼ばれるプンチャクシラットなのだ。
極端な言い方をすれば、日本によりもたらされた技術が、今度は日本人である蹴速へと返される形となった訳だ。
もちろんこの短期間で、真髄までを体得出来た訳では無いが、それでも学んだ技術を当麻流蹴体術に組み込める手応えは感じていた。
当麻流は過去の伝承者達によって、時代時代の新たな技術が組み込まれながら秘密裏に継承されて来た…つまり形骸化する事無く、いまだ発展を続けている〝生きた〟古武術なのである。
そして蹴速も例に漏れず、闘った武術を貪欲に取り込む所存であった。
世界を巡るこの旅とて、その目的によるところが大きい。
なかなか心を開いてくれなかったルディも、3日を過ぎた頃には兄弟の様に接する様になっていた。
そして別れの日…
時間は早朝5時、ルディと立ち合ったあの広場で2人は再び対峙していた。
しかし今回は〝敵〟としてでは無い。
学んだ技術の手応えを確認したいという蹴速の願い、老師がそれを聞き入れその相手としてルディが自ら申し出たのだ。
その為、今回の手合わせは公式ルールをアレンジした物によって行われる。
基本的にシラットの組手試合はポイント制となっている。
有効な突きが入れば1点、蹴りだと2点、手や膝を床につけると3点が与えられる。
1ラウンドは2分であり、1分の休憩を挟みながら計3ラウンドを戦う。
もちろん合計ポイントの高い方が勝者となる。
公式ルールをアレンジした物…そのアレンジ部分についてだが、本来は階級制で行われる試合ではあるものの2人の体格差はいかんともし難く、今回は特別に無差別という事で行わざるを得ない。
それが1つ。
そしてもう1つは、相手を転ばせても試合が止まらないという事である。
もちろん3ポイントは与えられるが、寝技も使用したいという両者の想いを汲み採用される事となった。
ただし制限時間が設けられており寝技は1分まで。1分を過ぎたら審判によりブレイクされ、再びスタンドでの再開となる。
そしてその審判であるが…
「俺以外に適任はおらんやろ?」
という事で高柳が務める事となった。
老師が1歩前に出て2人へと声を掛ける。
その言葉にルディは頭を下げて応えたが、言葉の解らぬ蹴速は高柳へ通訳を促す視線を送る。
それを受けた高柳…
「お前達はもう家族なのだから、敵意では無く敬意をもって技を競いなさい…だとよ」
ようやく老師へと頭を下げた蹴速だが、ここに来て1つの提案を口にする。
「高柳の兄やん、試合時間なんだけどよ…1ラウンド3分に変更出来ねぇか訊いてみてくんない?」
「な…お、お前はまた勝手な事を…」
呆れる高柳など意に介さず、蹴速が更に続けた。
「だってよ、寝技の制限時間が1分だろ?
て事はもし1度寝技でフルタイム使っちまったら、残りの時間は1分しか無ぇって事じゃん…やっぱそれじゃ足りねぇべ?」
「ぐぬっ…」
「じゃろ?て訳で通訳よろしく♪」
諦めの深い溜め息を吐きながら、高柳が老師とルディへと確認を取る…
すると気抜けする程に呆気なく合意を得る事が出来た。
「それでOKだとよ…良かったやないか。これで気が済んだやろ?ならそろそろ始めるで…」
「いや、兄やん…悪いけどもう1つ、ルディに伝えてくれや…?」
「ほんまに注文の多い奴っちゃなぁ…なんやねんなっ!?」
「老師の言ってくれた様に俺達は家族…俺もお前の事を本当の兄弟だって思ってる。だからよ…最後の〝兄弟喧嘩〟存分に楽しもうや…ってな」
「…けっ!柄にも無く、粋なメッセージやのぅ」
憎まれ口を叩きながらも、笑みを浮かべた高柳がルディへと耳打ちをした。
それを受けたルディも顔が綻ぶ。
いよいよ始まる再戦。周りの空気がミシミシと音をたてながら緊張して行く…
そして2人の間の空間を高柳の手刀が斬った時、弾ける様に両者が飛び出した…




