3つの〝おかし〟
構えも表情も、その身に纏う空気さえもが変わったルディ…
〝いよいよ真の姿を見せるってか…?〟
出した技の全てを防がれている蹴速は、ふんどしを締め直す想いで挙動に神経を配る。
しかし…
防御の構えから攻めの構えに転じたはずのルディだったが、その場で軽く跳ねるだけで一向に仕掛けては来なかった。
かと言ってルディの真意が解らぬ以上、蹴速の方からも容易には仕掛けられず、時折 威嚇するかの様に軸足を踏み鳴らすのが精一杯。
やがて1分程も見合ったであろうか…
〝どした?何故来ない!?〟
疑問は焦りに焦りは苛立ちへと変化しながら、蹴速の神経を知らず知らずに蝕んでいた…
毒ガスが地を這いながら人知れず蔓延するかの様に。
そして自らが神経毒に侵された事に気付かぬ蹴速が、ここで考えられぬ過ちを犯してしまう。
「ようルディ!てめぇやる気あんのかよっ!!」
構えを解き、腰に手を当てながらそう叫んでしまったのだ。
普段ならば、それがどれ程までに危険を冒す行為か解らぬ蹴速では無いはず…
つまりルディの放った〝苛立ち〟という名の毒は、蹴速の判断力を〝侵し〟過ちを〝犯させ〟その身を危険に〝冒させる〟という、3つの〝おかし〟に成功したのだった。
兎にも角にも、そんな大きな隙を見逃すルディでは無い。
蹴速が叫ぶと同時に疾風の如き速度を以て、その懐へと飛び込んで来た!
〝あ、やべ…!〟
ここで蹴速は咄嗟の二択を迫られた。
腰に当てがった手を再び上げて、防御の為に構え直すのか…はたまた迎撃の為にカウンターの一撃を放つのか…
数瞬の時の中、蹴速の出した答えは後者だった。
「オラッ!」
低く入って来るルディの顔面に打ち下ろす様な左を放つっ!
だがルディは内側から円を描く様にして手でそれを絡め取ると、自らの脇に挟んで蹴速の左手を封じた!
「こ、このっ!!」
ここで再び蹴速が愚行に出てしまう…
焦りからか、工夫も無いままに今度は右の拳を奮ったのだ。
当然、結果は同じ…
左のみならず、右手までもがルディの脇下にて封じられてしまった。
「グッ…」
慌てて引き抜こうとするが、突然の痛みにその作業は中断させられる。
ルディが両肘の下に前腕で上方向へと圧力をかけたのだ。いわゆる相撲で言うところの〝かんぬき〟である。
「ぬうっ…!」
両腕を封じられた以上、反撃の糸口を蹴り技に頼るしか無い…
しかし密着しているに等しいこの間合いでは、使えるのは膝蹴りくらいのものである。
だがその膝とて、両腕の関節を極められ重心の浮いた状態では如何ほどの効果があるものか…
そこで蹴速が活路を見出だしたのは、当麻流において〝落岩〟と呼ばれている頭突きであった。
本来ならばこちらが内閂、もしくは外閂に捕らえてから放つ技であるが、四の五の言っていられる状況では無い。
増す痛みに堪えながらも頭を後方へと反らして〝溜め〟を作る…
がっ!蹴速が技を放つより先に、頭を反らした事で出来てしまった顎の空間へと、ルディの頭が下から突き上げられた!
カコンッ!!
骨と骨のぶつかる鈍い音が響く…
だが、片や最も硬いと言われる前頭部の攻め…片や最も脆い顎の骨で受けたのだ、〝骨と骨〟などと一括りには出来ない。
「ガハッ…!!」
衝撃で仰け反った蹴速が鑪を踏む。
追撃に備え急いで前に視線を戻すが、その視界は陽炎の様に歪んでいた…
そして一瞬鈍った思考力が戻った時、ある事に気付いた。
〝あれ…?腕が動く…ぞ?〟
そしてその違和感に気付くと同時に、今度は腹部への強烈な衝撃。
勝機と見たルディは蹴速の両腕を解放し、両の掌で左右肋骨の1番下辺りを突いたのだ!
踞ってしまいそうになるのを堪え、声にならぬ声を絞りながら打撃を受けた辺りを触ってみる…
指先で押すと、息のつまる様な激痛と弾力のある反発…
〝やっべ…1本イッちまったな…コレ…〟
痛みと焦りを感じながらも、隙を作らぬ様にと気丈に構える…
そんな蹴速の目に映ったのは、更なる追撃を加えようと飛び込んで来るルディの姿だった。




