邂逅
高柳に連れられた先は、何の変哲も無い広場であった。
そこでは7~8人の男が民族衣装らしき物に身を包み、皆で寸分違わず同じ動きを演じている。
しかし高柳の姿に気がつくと、長老らしき男性が皆の動きを止めて2人を笑顔で出迎えた。
高柳も笑顔で歩み寄り、丁寧に頭を下げて挨拶を済ますと、そこからは何やら和やかに会話をしていた。
もちろんインドネシア語なので、解らぬ蹴速は蚊帳の外である。
5分程も経っただろうか…明らかに不機嫌な表情を作り、わざとらしく大きな咳を2つ払った蹴速。
するとそれを気にかけたのは、高柳では無く長老の方であった。
蹴速の方を指差して高柳に何やら問い掛けている。
それに対して高柳が何かを答えると、2人は突然爆笑し始めた。
〝ちっ!あいつ…ぜってぇ悪口言ってやがんな〟
蹴速が唇を尖らせていると、ようやく高柳が手招きで呼び込んでくれた。
ぶ~たれた顔で近付き…
「おい…今、俺の悪口言って笑い取ったろ?」
「悪口?まさかまさか!人聞き悪い事言わんといてんかぁ!長老にお前の事を訊かれたからよ、俺は本当の事を正直に答えただけやがな♪」
「正直に…何て言ったのよ?」
「来る途中で野良犬を拾った…ってな♪」
「かあぁ~…人聞き悪いのはどっちだよ!
まぁ…あながち間違いでも無ぇのが悔しいけどよ」
「せやろ?まぁそれは置いといて…こちらが今日お世話になるクスマさん、ここの長老やからちゃんと頭下げて挨拶せぇ」
「へいへい…」
相変わらず拗ねた表情で長老に歩み寄った蹴速。
丁寧に深々と腰を折ると…
「どうも…拾って貰った野良犬っス。宜しくお願いします」
そう挨拶をした。
長老が通訳を求めて視線を送ると、躊躇いながらも高柳はそのままを伝える。
すると長老の顔が一気に綻び、再び腹を抱えて笑い出した。
この御仁、どうやら陽気な性格をしているらしい。
そして長老は一頻り笑うと、目尻を指で拭いながら弟子達を近くへと呼び寄せた。
そして2人の事を紹介すると、案の定 蹴速の時には笑いが起こる。
〝でしょうね…知ってた…〟
蹴速が引き吊った笑みを浮かべていると高柳が…
「おい…そろそろ本名を名乗らんと、お前の名前は〝犬〟になりそうやで?」
「そりゃ親切にご忠告どうも。呼び名なんざぁどうでもいい、好きにしろって話だぁ…そんな事より、俺も練習に参加出来るようにしっかり伝えてくれよ…兄弟子♪」
「だぁ~かぁ~らぁ~!お前は弟子にはなれんっちゅうとるやろがいっ!!」
喚く高柳を無視して1歩前に出た蹴速。
長老へ笑顔を向けると…
「早速だけど1つ質問いいっスかぁ?」
またも長老が高柳に目をやり、その意味を理解すると大きく頷いた。
すると蹴速、ふてぶてしい顔でその口を開く。
「じゃあお言葉に甘えて。さっきアンタ達がやってたアレ…まさかあんなのがシラットの全てじゃ無ぇよなぁ?もしそうだってんならとんだ拍子抜けだぁ…学ぶ事なんざぁ1つも無いんだが?」
「なっ!?お、お前ぇ…」
顔色を変えたのは、当然ながら日本語の解る高柳だけ。
「どしたぃ高柳さんよ?しっかり伝えてくれや」
「お、お前…それを俺の口から言わせる気ぃかいや?」
すると高柳の様子を見て何かを悟ったのだろう、長老が真剣な表情で何かを伝えて来た。
躊躇いと戸惑いしか無い表情でそれに応じる高柳…時々、念のこもった視線を蹴速にぶつけながら、長老の言う事に細かく頷いている。
やがて諦めた様な表情を浮かべると…
「おい…蹴速よ、長老はお前の言った事を包み隠さず正直に教えてくれって言ってるんやけど?」
「だから俺も言ったじゃんよ、しっかり伝えてくれって!」
「ハァ~…どうなっても知らねぇぞ…」
ポリポリと頭を掻いた高柳は長老へと向き直り、申し訳無さそうな顔で小刻みにお辞儀を繰り返しながら全てを伝えた。
この世から音が消え去ったのかと思う程の静寂…
気温すら2~3度下がった様に感じる。
先ほどまでの陽気な歓迎ムードは完全に消え去り、今は長老も弟子達も湿度を含んだ視線を容赦無く蹴速に突き刺している。
「ほらぁ~…なっ?こうなるに決まっとるやんけ…どないすんねんな?」
泣きそうな高柳に対して蹴速が吐いた言葉は…
「で、返答や如何にっ!?」
すると1人の男が蹴速の前に仁王立ち、鈍い光を放つ眼光で彼を射抜いた。
身長175cm前後、体重も70kgを超えてるかというサイズ…明らかに蹴速より二まわりは小さい。
だが猫科の猛獣の如きしなやかな筋肉と、負けん気の強そうな面構え…蹴速は直感で判った。
〝こいつ…俺と同類…喧嘩屋だわ〟
睨み付ける男に対し、その覇気を受け流す様な笑顔の蹴速。
やがてどちらからとも無く構えを取る…
すると長老が2人の間に割って入り、何やら高柳に向かって唾を飛ばし始めた。
「おい…高柳の兄ちゃんよ…あの爺さん、止める気マンマンに見えんだけどよ…何を吠えてんの?」
「そのまま伝えるで…おいっ!日本から来た野良犬!心配せんでも止めたりせぇへん!ただし私闘は禁じとるから、これは技術交流の一環という事にする!ええなっ!?…やとさ…」
「へぇ…爺さん見掛けによらず話わかんじゃんよ♪それでOK、上等だって伝えてくれや」
「ったく…やっぱ結局はこうなっちまったかよ…俺との約束を破ったんやから、後で美味いもんでも奢れよ!この腐れ外道!」
「へ?俺ぁなんも約束破ってねぇべよ?爺さんはこう言ったんだろ?〝技術交流〟ってよ。アンタが言った異文化交流と同義語じゃろ?」
「くっ…屁理屈言いくさってからに…苦々しいガキやでほんま。まぁええわ、少~しばかり痛い目合うて、シラットを舐めた事を後悔すりゃええねん♪」
「舐めてなんかねぇよ…俺ぁさっきアンタに1本取られてんだぜ?シラットの怖さは身に滲みてらぁな…」
嘘では無いだろう…
蹴速の額、背中、脇を濡らす多量の汗がそれを物語っていた。




