意外な出会い
スカルノハッタ国際空港から鉄道を乗り継ぎ、ガンビル駅へと降り立った。
目指すジャクサ通りまでは約1kmの距離である。
「ま、急ぐ旅でも無ぇしな…ちんたら行くか」
街の空気を感じ取る為にも、蹴速は目的地まで歩く事に決めた。
目的地に近付く程、空港周辺の大都会ぶりとは打って変わり、蹴速が持っていたインドネシアのイメージに近い風景となってきた。
そして驚いたのは、意外にも日本人らしき姿をよく見掛けた事である。
それもそのはず…インドネシアに進出している日本企業はかなり多いのだ。
それに伴い〝転勤組〟が多く見られるのは当然の結果である。
〝この調子なら言葉の問題は何とかなるかもな〟
蹴速の頭にそんな甘い考えが過る。
公用語であるインドネシア語は当然ながらチンプンカンプンである…
幸い英語が通じる事は多いのだが、その英語すら拙い蹴速にとって、日本人が多い事は安心感を得る材料となったのだ。
そして、そんな危うい安心を抱きながら散策している内に、目的地であるジャクサ通りへと辿り着いていた。
約400m程の短い通りだが、犇めく様に安宿が軒を並べている。
民宿の様なみすぼらしい物ばかりでは無く、近代的なホテル形式の物も目につく。
その中で蹴速は派手な外観が一際目立つ
〝レッドドアーズ アット ジャランジャクサ〟
というホテルに飛び込んだ。
予約無しで泊まれるのか…という不安はあったが、ラッキーな事に丁度キャンセルが出た所だという。
更に近代的で美しい内装にも関わらず、1泊1500円程の低料金というではないかっ!
「マジでっ!?ラッキー♪」
蹴速は迷う事無く飛び付いた。
まだ手持ちの金は然程減っていないので、暫くはここを拠点にしようと1週間宿泊する事に決めた。
部屋に荷物を置き、再び街へと繰り出す。
すると直ぐに日本人男性らしきバックパッカーの姿が目についた。
すかさず声を掛ける蹴速。
「ちょっとすいませんが…お兄さん日本人?」
「へ…?そ、そうやけど…何?」
関西弁で答えながら、男性は荷物をギュッと抱き締め直した…明らかに警戒している。
「あ、いきなりゴメン!ちょっと訊きたい事があるだけなんで、そんな警戒しなくて大丈夫だからさ」
「訊きたい…事?」
相変わらず窺うような目…
いきなり異国の地で身長180cmを超え、体重も100kgはあろう巨体が話し掛けて来たのだ、しかもお世辞にも朗らかとは言えない人相…警戒するなと言う方が無理である。
だが蹴速は気づいていた…
この男性もゴツくは無いながら、しなやかな筋肉の持ち主であるという事に。
歩き方や所作を見れば、その人物の身体能力はある程度わかる。
しかも警戒していながら、蹴速が何かを仕掛けた時には受けて立ちそうな表情…
それが長旅で得た根性なのか、持って生まれた気の強さなのかはわからないが。
「で、訊きたい事ってなんなん?チャッチャと言うてんか!」
「あ、ああ…ゴメンゴメン!俺は日本人で当麻 蹴速って言うんやけど…兄さんは?」
「…なんでそんな事を見ず知らずの奴に教えなアカンねやな。ええから早よ訊きたい事っての言わんかいな…俺も忙しいんやから」
「見ず知らずって…今俺、名乗ったじゃんよ?」
「それが本名かどうかわからんやんけ。仮に本名やったとしてもや、今初めて会うた事には変わらへんやろ?」
「チェッ!ツレないのぅ…ま、兄さんの言う事も尤もだし、お言葉に甘えて本題に入らせて貰うわ。兄さん…この辺でシラットを教えてる道場みたいな所知らないかい?」
「シラット?」
「あぁ…シラット自体を知らないか…シラットってのはさぁ…」
「東南アジアに広く伝わる伝統武術…知っとるよ」
「あ、そう…ならシラットを教えてる場所も…」
「お前…それを訊いてどないする気や?」
「え…?いや、その…実は俺、日本に伝わるある武術の継承者でさ…今、世界中の武術や格闘技と手合わせする旅をしてるんよ。つっても未だ2国目なんだけどね…ハハハ」
「2国目…インドネシア来る前は何処に行ったんや?」
「タイ…やけど…」
「て事は…ムエタイと闘ったんか?」
「まぁ、そうやけど…」
蹴速が質問したはずが、いつの間にか立場が逆転していた。そして更に質問攻めは続く…
「勝ったんか?」
「あぁ…勝ったよ」
「ルールは?」
「野試合…ってか、質問したのは俺やねんけど?」
痺れを切らせた蹴速がそう言うと、男は深い溜め息を吐きながら首を振った。
「で、お前…シラット使いを探して、ここでも野試合を仕掛けようっつう腹かいや?」
「まぁ…平たく言やぁそうなるけども…」
「残念やけどな、お前の望みは叶わへんと思うで」
「へ…?」
「シラットにはのぅ〝稲穂の教え〟って思想があるんや。鍛練するんは礼節や思いやりを身につける為…崇高な精神と品格を備えて友愛と平和を守るってのがそれや。つまりお前みたいな野良犬の相手はせんっちゅう事っちゃ…諦めぇ!」
「ア、アンタ…なんでそんな事を…?」
すると男は自らを指差し、得意気にこう言った。
「俺は高柳 修一!大阪でシラットをやってる者や!!」




