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ファンタジー小説たち

The Wonderful Wizard of Oz wheels

作者: 赤城康彦

※この作品はオズの魔法使いの二次創作です。28875文字。

カンザス州の砂漠でダットサンのカスタム・ピックアップトラックを飛ばすことが大好きなお転婆少女ドロシーは愛機と愛犬トトとともに竜巻に巻き込まれて異世界へと飛ばされてしまい、そこで、西の悪い魔女率いる暴走族軍団と戦うことになった! ドロシーは異世界で出会った案山子、ブリキ、臆病なライオンと協力し、ドラテクを駆使し、この戦いに勝って元の世界に戻れるのか!? 血沸き肉躍るバトルアクション短編!

Episode 1 Tornado Dorothy


 ここはカンザス州のどこかの、砂漠のどこか。

 照りつける太陽に焼かれた砂が、様々な形の丘をつくりあげて波打っている。

 その波打つ砂の丘の砂漠に、くうを揺らす爆音が響き渡る。

 それはダットサン・ハードボディのピックアップ。赤地のボディーの上、ボンネットにファイアーパターンのカラーリングが施されている。

 エンジンは3リッターV6エンジンを搭載。もちろんノーマルではなくがちがちにカスタムがほどこされて、もともとなかったターボをつけたりして、500馬力を叩き出し。

 足回りもそれに応えるようにカスタムし、砂漠を飛ばすのに適したハイリフトで車高は高くなり。ぶっといオフロードタイヤの足が生えたようにも見えた。

 そんなダットサンのハードボディの4つのタイヤは激しく回転し砂を巻き上げ轟音をがなりあげて、丘を駆けあがって。ひとっ飛び。

「WOW!」

 4点式シートベルトで身をかためたドライバーのドロシーは叫び、興奮しきりだった。

 栗色の髪と目をもち、白いTシャツにジーパン、黒のコンバースのハイカットの、このセブンティーンのアメリカンガールは、ヘンリー叔父さんの愛車だったピックアップをもらいアルバイトで稼いだ金をカスタムに注ぎ込んで。

 ヘンリー叔父さんはもちろん、エム叔母さんを仰天させ。

 そんなドロシーは砂の丘を飛んで、まるで太陽に向かって飛んでいるような快感をおぼえて。

「わんわんッ、わおーん!」

 愛犬のドーベルマン、トトも興奮して叫びまくった。

 ダットサン・ハードボディは変に向きを変えることなく、ウィリー気味に飛んでうまく後輪から着地。激しい衝撃がドロシーとトトのケツを蹴るようだったが、それも快感で。

「It a cooooooooooooooooooool!」

「わんわんわんッ!」

 ドロシーとトトは興奮して叫びまくって。右足は思いっきりアクセルを踏んづければ、ダットサン・ハードボディは野獣のような雄叫びを上げて、4つのタイヤで砂を巻き上げながらかっ飛んでゆく。

「すっげーな。トルネードだよマジで」

「女だてらによくやるぜ」

 同じピックアップに乗っている男子どもは、砂漠をかっ飛ぶドロシーのダットサン・ハードボディを眺めながら、つまらなさそうにつぶやくのだった。

 彼らはピックアップに乗ってはいるものの、砂漠をかっ飛ばすとか興味なく。ガールハントのための小道具として使うことをもっぱらとしていた。

「いい女なのによ、もったいねえ」

 ひとり、リーゼントを決めた不良風のガチャがつぶやく。

 このセブンティーンの不良はジェームス・ディーンを気取り、愛車のフォードのピックアップでガールハントにいそしんでいた。

 そんなときに、友達と一緒だったドロシーと出会い、ハントしたのだが。


「じゃあさ、一緒に砂漠を走ろう!」

 などと、ドロシーは目をキラキラさせて言うとともに、ダットサン・ハードボディを見せられて、口あんぐり。

(見た目だけだろう)

 と高をくくっていたのだが、侮れないもので、ドロシーは嬉々として砂漠をかっ飛ばす。

 すぐにやめるだろうと思っていたのも、思いっきり当てが外れた。

 舗装された道で愛車をとめ、他の仲間たちはハントした女子たちを連れてドライブに行きたがってうずうずしている。

「おい、もうあきらめろ。他の女探せよ」

 と言うが、ガチャは忌々しく唾を吐き。

「F○cK!」(クソ!)

 と叫んだ。

「やめなって。あの子、仲間内でトルネード・ドロシーって言われてるくらいの飛ばし屋だから」

 他の女子が言う。

「マジかよ」

 ガチャは両手を広げる仕草をし、眉をひそめる。

 ふと、足元にこぶし大の石があるのを見つけて、砂漠を歩く。

 相も変わらずダットサン・ハードボディは爆音あげて砂漠をかっ飛ばしている。

 タイヤの巻きあげた砂は風に吹かれて、どこかへと飛んでゆく。

 八つ当たりに石を拾い上げて、遠くに見えるダットサン・ハードボディの方に向けて投げてやった。

 石はむなしく下降線を描いて、砂漠に落ちた。

「イチローにホームラン打たれるぜそんな投げ方じゃ」

 仲間たちは助手席に女の子を乗せて、ガチャをほったらかして愛車で走り出した。

「おいマジかよ、待てよ!」

 ガチャは叫ぶが、もう辛抱たまらんと仲間たちは駆け去って行ってしまい。ひとり残されてしまった。

「Goddamn!」(ちくしょう!)

 切れたガチャは愛車のフォードのピックアップに乗り込み、砂漠を駆け出す。そうかと思えば、サンバイザーを下げれば、そこには、拳銃……。

 拳銃を乱暴に掴み取り、左手に持って右手でハンドル操作をする。

「あ、やっと走り出した」

 ドロシーはガチャのピックアップが走り出したのを見たが、ウィンドウからガチャが身を乗り出しているのをも見た。

「What!」

 身を乗り出すガチャの左手には、拳銃が握られ。自分のダットサン・ハードボディに向けられている。


「F○ck you b○tch!」(クソ女!)

 ガチャはドロシーを口汚く罵り、引き金を引こうとした。が、砂の丘波打つ砂漠での車の運転は、上がったり下がったりと不安定で狙いが定まらない。ウィンドウから身を乗り出しているからなおさらだ。

「Murder!」(人殺し!)

 まさかガチャが自分を撃とうとするとは思わなかったドロシーは驚き。トトは、「うう~……」と、揺れる助手席で踏ん張りながらフロントガラス越しにガチャに唸る。

「まさかこいつ、シリアルキラーで女を屍姦する趣味ぃ!?」

 そんなつもりでドロシーに声をかけたのだろうか。真偽のほどはともかく、逃げるしかない。

 フォードのピックアップが迫る。ドロシーはハンドルを回し、アクセルを踏み、ダットサン・ハードボディをドリフトさせながらそのテールをガチャに向けた。

 500馬力を叩き出す3リッターV6ターボエンジンは吠え猛り、距離をぐんぐんと開ける。

「くそ、マジで速え。だがこいつにはかなわねえだろッ!」

 減速しどうにか体勢を整えながらガチャは狙いを定めた。

 と、その視界の先に、あらぬものが。

「Tornado!」

 それがトルネード(竜巻)だとわかるやいなや、照りつける太陽が急に雲に隠されて、風も出て。陽光照りつけていたのがうそのように薄暗くなる。

 それでいて砂漠の砂が竜巻の突風に巻き上げられ。なにかサタンでも降臨しそうな不気味な雰囲気を醸し出していた。

「やべえ」

 ガチャは慌てて体を車内にひっこめ、フォードのピックアップをUターンさせて舗装路に逃げ込み。アクセルを踏んで竜巻から逃げた。

 竜巻を見たのはドロシーも同じだった。

 バックミラーを覗けば、ガチャの車は逃げてゆく。

「F○ck!」

 ドロシーは忌々しく呻き、トトも同じように「うー」と唸る。

 ハンドルを急回転させ、アクセルを踏めば。ダットサン・ハードボディは砂を巻き上げドリフトしながら素早くUターンし、今度は竜巻にテールを向ける。

 ばちばち!

 という不快な音が耳に飛び込む。竜巻で飛ばされた砂が車体に当たっているのだ。

 竜巻は思った以上に速く進んでいるようだ。

「トルネード・ドロシーと、マジのトルネードのバトルになるなんてねッ!」 

 ダットサン・ハードボディは砂の丘をジャンプしながら竜巻から逃げる。が、風が強い。ジャンプ中、そのピックアップの巨体が揺らされ、転倒するかと思われた。

 かと言って、ジャンプしないように走れば竜巻に追い付かれてしまう。


 ドロシーは鋭く前方を見据え、ハンドルを握りしめ、慎重にアクセルをコントロールし。砂漠を駆けた。

 ダットサン・ハードボディは唸りを上げるが、竜巻の轟音に掻き消されてしまう。

 ドロシーは端正な唇を閉じきって、無言。トトも唸らず無言で飼い主を見守っている。

 後ろから突風が車体にぶつけられ、ケツから持ち上げられそうなほど安定性が脅かされ。ハンドルもうかうかしていると取られてしまいそうだ。

 波打つ砂の丘は無限に続くかと思われるような壁となって立ちはだかり。乗り越えようとするたびに、突風は容赦なくダットサン・ハードボディを揺らす。

「ヘンリー叔父さん、エム叔母さん……」

 いくら勝ち気なドロシーも、やはり不安をおぼえて。我知らず、ぽそりとつぶやく。

 なんだかんだでお転婆なドロシーを良く育ててくれた。叔父さんがゆずったダットサン・ハードボディをカスタムしまくっても、事故に気をつけろよと言うだけで、あれこれ説教することはなかった。

「なんとかして、竜巻から逃げて、家に帰らなきゃ」

 が、この世には神はいないのか。悪魔が微笑んだのか。

 砂の丘を乗り越え、着地しようとしたときであった。これでもかと突風が吹き荒び、あろうことかダットサン・ハードボディは体勢を崩してしまい。横倒しに倒れてしまった。

 重力がおかしくなり。4点式シートベルトのおかげで落ちることはなかったが。右ドア越しに砂が迫るのが見え、サイドミラーが割れて、閉じられたウィンドウと砂の間に挟まり、埋もれるのも見えた。

 その上に落ちるように、トトがウィンドウに落ちて、

「きゃいんッ!」

 と悲痛な声を上げた。

「トト!」

 ドロシーはすぐさま右手を差し伸べるが、届かない。

 と思うやいなや、ふわりとダットサン・ハードボディが浮き上がり。重力が際限なくおかしくなるいやな感触を感じさせられる。

「OH MY GOD!」

 叫ぶドロシーの胸にトトが飛び込む。というより、落ちてくる。それを咄嗟に抱きしめ。目を閉じた。

 もうだめだッ!

 短い人生だった。

 もっと、もっと、もっと、走りたかったのにッ!

 ドロシーは無念さをトトと一緒に抱きしめて、固く目を閉じて。覚悟を決めた。

 ――それから長い長い時間が経ったように思えた。

 しかし、自分がどうなっているのか、さっぱりわからない。

 と、そこへ、

 こん、こん、

 という、ウィンドウを指で叩くような音がする。


 石が当たっているのだろう、と思ったが。

「Hey」

 という声もする。

 あれ? と思いながら、固く閉ざした目を、おそるおそる開ければ。

 左のウィンドウ越しに、誰かが車内を覗いていた。

「AAAAAAAAAAAAAH!」

 地獄の獄卒か! と言わんがばかりに、ドロシーは驚きまくって叫びまくって。咄嗟にドアを開けて、車内を覗いていた奴にぶつけてぶったおしてやった。

 すると、

「うわー!」

 という悲痛な叫びと、どさっという鈍い音とがちゃりという脚立が倒れる音がし。それらが目に入る。

「What?」

 ドロシーは開けられたドアから周囲を見渡せば、そこはどこかの街中の広場のようで。たくさんの人が、自分たちを取り囲んでじっとこっちを見ていた。

 それにしても、皆背が低く、子供のようだった。

「いてて、ひどいなもう」

 ぶったおされた奴が腰をさすりながら脚立を立てる。そいつもまた、背が低く。脚立にのぼって、ハイリフトで車高が高くなったダットサン・ハードボディの中を覗いていたようだった。

「なにこれ?」

 ぽかんとするドロシーの脇からトトが顔を出し、「うう~」と警戒の唸りをあげる。

 エンジンはいつの間にか止まっていて、うんともすんとも言ってない。

 ふと下を見れば、左前のタイヤから、人間の下半身が見える。

「え、なになに、なにこれ。マジわけわかんないんだけど!」

 車高が高い愛車から飛び降りるように下車し、身をかがめてそれを見れば。あろうことか、左前のタイヤは人間を下敷きにしているようだった。ぶっといタイヤは人間の腹の上に乗っかり、腰から下がタイヤから覗いている。

 これはどう見ても、そうだ、人間を下敷きにしてしまっているのだ。

 ドロシーの顔は一気に血の気が引いて、真っ青になり。ドロシーに続いて下車したトトは鼻を近づけ臭いを嗅いでいる。

「気に病むことはない、こいつは東の悪い魔女だ」

 さっき車内を覗いていた背の低い奴が、嬉々として言う。

「何言ってんの、あたし人を殺しちゃったのよ、なんでそんなに嬉しそうに言うのよ!」

 これでムショ行きで、サドでレズの女囚のリーダーに犯されてしまうと思うと。ぞっとしまくった。

 トトは足の臭いを嗅いでいたが、

「くしゅん!」

 とくしゃみをしたかと思うと、そっぽを向いた。よほど臭かったようだ。


 足はぴくりとも動かない。

「死んだ」

 誰かがぽそりとつぶやけば、

「死んだ、死んだぞ、東の悪い魔女が死んだぞ!」

 と、大合唱になり。ドロシーは呆気にとられて、身動きできなかった。

「え、いやちょっと、なに、なんなの」

 馬鹿な男に拳銃で撃たれそうになったかと思えば、自分の車が竜巻に巻き込まれて吹っ飛ばされたかと思えば。

 自分の車は背の低い人ばかりの、知らない街で、誰かを下敷きにして止まっていた。

 などと考えを整理するが、理解不能で、ますますパニックになり栗色の髪の頭をかきむしる。

 ふと、少し離れたところに、車種不明の、ハイリフトにカスタムされたピックアップトラックがあった。

 背の小さな人たちはそれにも群がって、思い思いのままにタイヤやホイールに蹴りを入れていた。

「うう~」

 トトが唸る。

 自分のダットサン・ハードボディにも負けず劣らずな爆音が轟いたかと思えば。その爆音は上からしていて。

 天を仰げば、ドロシーはあまりのことに腰をぬかし。端正なヒップで尻もちをついてしまった。

「バイクが空を飛んでる……」

 ハーレーらしき白いクルーザーバイクが、空からゆっくり、ドロシーの前に降りて。白い革ジャンで決めたライダーは、美しい金髪を持つ女で。いかにもなアメリカンバイカーレディーだった。

 それがへたり込むドロシーを見つめて、

「うふふ」

 と微笑む。

 天から金髪のバイカーレディーが降りたかと思うと、背の低い人々は「わあ!」と歓声を上げた。このバイカーレディーは、街の人々に好かれているようだった。

 それはかまわない。しかし、なぜ空から降りてくるのだ。

 白いレザーパンツでラインもあらわになる長い右脚を伸ばして、バイクのタンクの上をまたぐように下車し。ドロシーに近づく。

「あながた東の悪い魔女を斃したのね。予想外だったわ」

 手を差し伸べながらそう言う所作ひとつひとつが、白一色で決めているのと相まって、プレイメイトと見紛うばかりのセクシーっぷりで。まだあどけないドロシーは変なコンプレックスを感じてしまう。

「ど、どういうこと? さっぱりわけがわかんないんだけど!」

「ここはオズの国。知らない?」

「知らないわ……」

 ドロシーはバイカーレディーの助けを借りながら立ち上がって、ただぽかんとするばかり。


 トトは警戒もしていないのか、それとも見惚れているのか、うんともすんとも言わずに白いバイカーレディーを見つめている。

「ここはオズ。魔法の国」

「魔法の国……」

「私はオズの北に住んでいる魔女。みんな私の事を北の良い魔女と呼んでくれるわ」

「北の良い魔女……」

 ドロシーはぽかんとしながら話を聞く。この世界は、オズは、異世界で、魔法が存在する世界だと言う。

 しかし、魔法を悪用する東と西の悪い魔女がオズを征服しようとして、悪さを働いていると言う。

 小柄な人々はマンチキン族といい、東の悪い魔女に征服されて、その独裁下に置かれていたと言う。

 北の良い魔女は、そのマンチキン族を助けるために空飛ぶ白いクルーザーバイクで向かっていたのだが。

 まさか異世界から来たドロシーによって斃されていたとは。さすがの北の良い魔女も想定外のことで驚きを禁じ得ない。

「あのピックアップは東の悪い魔女のものよ。東西の悪い魔女は魔法で自分のチームをつくり、オズを征服しようとしているのよ」

「ちょ、ちょっと待って。よくわかんないんだけど。それにあたしはカンザスに帰りたいの!」

「カンザス?」

「あたしの故郷。帰って、ヘンリー叔父さんとエム叔母さんに会いたいの!」

 北の良い魔女はドロシーの話を聞いて、ふむふむとうなずくと。自分のバイクのもとまでゆき、アクセルをふかす。

 バイクの爆音がマンチキンの街に轟きわたり。マンチキン族の中には、あまりの爆音に耳をふさぐ者までいる。

 すると、マンチキン族の人々が蹴りを入れていたピックアップのウィンドウからハンドルがふわりと浮きあがったかと思うと、ドロシーのダットサン・ハードボディに向かって飛んでいって。

 開けっ放しの左のドアから中に入ってゆく。

「な、なにをするの!」

 驚いたドロシーは愛機の中を見てみれば、ハンドルが変わっていた。真ん中、ホーンが銀色の髑髏のハンドルに変わっているではないか。もとのハンドルは助手席にぽつんと置かれている。

「な、なにこれ!」

「これは東の悪い魔女の魔力が込められたハンドルよ。きっと役に立つと思うわ」

 どのようにしたのかわからないが、北の白い魔女の魔力によるものなのだろう。

「この街から少し離れたところに、エメラルドの都があるわ。そこで大魔王オズに会いなさいな」

「オズの大魔王オズ?」

「そうよ、大魔王オズならば、あなたが帰る方法を知っていると思うわ」

「あのー、北の良い魔女さま、いいですか?」

「はい?」

 マンチキン族の人々は、東の悪い魔女によって捕えられ苦しめられている者がいるので助けてほしいと言い。それはいけないわ、と案内されて。ドロシーは眉をしかめながらも、トトと一緒にとりあえずついてゆけば。

 街でひときわ大きな屋敷に着き。その広い庭にあったものは。――

「案山子……、首つられてる。ブリキの、人形?」

 首つり台からつりさげられた案山子に、そのそばには斧を持ったブリキの等身大人形。そのそばには、

「ライオンが、めそめそ泣いてる……」

 ありえないと、ドロシーは首を横に振る。なんて馬鹿げた。日本のMOE ANIMEでも、こんな馬鹿げたものはつくらないだろうと思わせるほどに、馬鹿げた光景がそこにはあった。

「あらあら、かわいそうに」

 北の良い魔女は案山子の首を絞める縄を解き。ブリキに油さしで油を注ぎ。めそめそ泣くライオンの頭を優しくなでてやった。

「ありがとうございます!」

 案山子とブリキとライオンは、嬉々として北の良い魔女に跪いて感激したように感謝の意を述べる。

「しゃべった!」

 ありえない。ありえない。こんなのありえない、と思おうとも、これは目の前で起こっていることなのだ。

「東の悪い魔女に捕まって。操られて……」

 案山子とブリキは悔しさをいっぱい込めて呻くように語り、ライオンは、

「私は、東の悪い魔女の足の裏を舐めさせられて……。臭くて苦くて。ああ!」

 嫌なことをさせられたと、ライオンは大泣きに泣いた。

「それはそれは、悔しかったでしょうね」

「悔しいなんてもんじゃないですよ、復讐したいですよ!」

 案山子とブリキは血を吐きそうなほどの復讐心を込めて唸った。

「東の悪い魔女は、死んだわ。彼女によってね」

 とドロシーを指差す。

 案山子とブリキとライオンの目が一斉にドロシーとトトに向けられ。嘘だと思うなら、と元の場所に三人(?)を連れてゆけば。

「おお、ほんとうだ!」

 と、喜色を浮かべて、「ひゃっはー!」と歓喜の絶叫をあげる。

 すると、タイヤの下敷きになっていた東の悪い魔女の死体は、みるみるうちにしぼんでゆき。ついには消えてなくなる。

「ざまあみろ!」

 案山子とブリキとライオンの喜びようはそうとうのものだった。話を聞けば、反抗的な態度をとったため、案山子は絞首刑にされ身動きをできなくされ、ブリキは水をかけられて錆びて動かないようにされて。

「私は、足の裏はおろか、股を……」

 思い出したのか、ライオンはおいおいと大泣きする。抵抗したが、魔力によって無理くりさせられたという。


「もうとにかく、苦くて苦くて。私は本当に苦しかった。でも東の悪い魔女は、気持ちよさそうで」

「あんびりーばぼー」

 話を聞くドロシーはドン引きだ。

「でもまだ、西の悪い魔女がいるわ」

「ぶっ殺す!」

 案山子とブリキとライオンは、今度は殺意をいっぱいに込めて叫んだ。

「でもどうやって殺すの? 彼女の魔力もそうとうなものよ」

「う……」

 復讐心は一丁前だが、殺意を満たす力がないことで、案山子とブリキとライオンは悩んだ。それを見て北の良い魔女は微笑む。

「彼女と一緒にエメラルドの都に行って、大魔王オズに会えばなんとかなるかもしれないわ」

 六つの視線が一斉にドロシーとトトに向けられる。

「ということで、連れていってあげてね」

 北の良い魔女は微笑み。ドロシーに近づくと、おでこにキスをした。

「これはおまじない。じゃーねー」

 素早くバイクにまたがると、アクセルをふかし。爆音を轟かせて宙に浮き。そのまま空のかなたに消えていった。

「もう、どうにでもなれ!」

 ドロシーはなかば、というより完全にヤケになり。トトと一緒に愛機に乗り込むとセルを回し、アクセルを踏んで爆音を轟かす。

「乗りな!」

 ウィンドウから身を乗り出し、親指で荷台を指差す。

 案山子とブリキとライオンは「おう!」と荷台にのぼって乗り込む。

「エメラルドの都は、黄色いレンガの道をたどればいいよ」

 ドロシーが東の悪い魔女に続いて西の悪い魔女をぶっ殺してくれると期待満々のマンチキン族の人々は、嬉々としてエメラルドの都への行き方を教える。

「Thank you boy!」

 ドロシーはダットサン・ハードボディを発進させ。マンチキン族の人々は笑顔で手を振り見送る。

 郊外に出ればなるほど黄色いレンガの道がある。

 周囲は砂漠だ。

 砂漠と言っても地質的には地盤は固そうで、砂よりも石ころの方が多く。砂の丘というよりも、岩盤の丘ともいうべきものが多く見受けられた。

「これジャンプ台にできそう」

 などと、ついつぶやいてしまうドロシーであった。

 黄色いレンガの道はその砂漠の中を走って。それを通ってゆけば、巨大な緑色の建物が遠目に見えてくる。


「あれが、エメラルドの都?」

 さらに進めば、緑色の巨大な建物が、エメラルドの結晶であることが見えてきて。

「Jesus」

 と思わず唸った。

 エメラルドの都はその名の通り、宝石のエメラルドでできた都だった。

 都を囲む壁もまたエメラルドを積み重ねたものだった。その門まで来て、門番に北の良い魔女に言われて来たと用件を伝えれば。

「入れ」

 とあっさりと入れてくれた上に、「ついてきな」と、バイクに乗って誘導、案内までしてくれる。ちなみにバイクはライムグリーンのカワサキのモトクロスバイクだった。

 門番は迷彩服で決めて、ライフルを背負い、腰には拳銃。このおとぎ話と現実がごちゃ混ぜになった世界にドロシーは頭がくらくらしそうだった。

 大魔王オズとは、何者だろうか。

 街の人々は、マンチキン族もそうだったが、Tシャツにジーパンにスーツなど、ドロシーの世界と何ら変わらない服装をしている。

 それらが、エメラルドの巨大な結晶がビルとして立ち並ぶ都市にいるのである。

「考えないでおこう」

 頭が混乱しそうなので、ドロシーは考えるのをやめた。

 やがて、某ネズミの遊園地にありそうなお城が見えた。それもまたエメラルドの結晶だった。

 警備員に誘導され、駐車場に車を止め。中に案内されれば。さすがにお城ともなれば、迷彩服を着て武装した兵士が警護の任に当たり。スーツを着た公務員風情の人々が忙しそうに城内を歩いている。

 そしてセレブな匂いがぷんぷんし、まさに別世界であった。

 案内をされてたどり着いたのは、王の間。城内で一番広い場所だという。

 だだっ広い王の間の奥は数段高くなり、王座が置かれている。

「大魔王オズ様! 北の良い魔女に言われて来たと申す少女が、会いたがっておりますが、いかがなさいますか!」

「会おう!」

 門番に応える声は、どこかにスピーカーがあるように周囲に響きわたった。

 すると、けたたましい轟音が響くやいなや、後ろから頭上をライムグリーンのモトクロスバイクが飛び越してゆくではないか。

 驚いたドロシーたちが顔を上げれば、モトクロスバイクは下降線を描いて上手く王座の横に着地し。リアタイヤをスライド、ドリフトをしながら王座の周りを一周する。

 ドロシーたちはぽかーんとし、口あんぐり。

 得意げにドリフトで王座の周りをまわって、ライダーはバイクを止めて降りて、ヘルメットを脱げば。

 いかにも不良っぽいバイク野郎な男の面構え。とてもじゃないが、魔法の国の大魔王には見えなかった。


Episode 2 Wicked Attack


 男はヒスパニック系か、白人ではあるが黒目の黒髪で彫りが深い。しかもモトクロススーツにプロテクターも着こなしたもので、スーパークロスかX-GAMEに出ていてもおかしくはなさそうではある。

「オレがオズだ。あんたが北の良い魔女に言われて来た、っていう少女か。名前は?」

 男、オズは言いながら王座に腰かけ、腕と足をえらそーに組む。

「マジで? これが大魔王オズ?」

「口を慎め!」

 門番の兵は疑わしげなドロシーをしかるが、オズは「いい」と制して。門番に退出をうながす。

「大魔王オズ様! オレたちに力を! 西の悪い魔女をぶっ殺す力をください!」

 案山子とブリキとライオンは跪き、王座のオズに懇願する。

「力を、か」

 オズは苦笑いする。

「残念ながら、オレにはそんな力はない」

「え?」

 案山子とブリキとライオンが唖然としたのは言うまでもない。ドロシーは顔面蒼白だ。

「どういうことよそれ!」

「ドロシー、お前さん、別の世界から飛ばされてきたんじゃないか?」

「え?」

「そのようだな。オレも飛ばされて来たんだよ。砂漠をバイクで走っているときに竜巻に巻き込まれてな」

「え? え? え?」

「驚いたか。無理もねえ」

 魂が抜けたようなドロシーを心配するようにトトは鼻先を膝に近づける。

「それがおかしな話でな。エメラルドの都のはずれの砂漠にいてよ」

「え? え? え?」

「それから、でけえトレーラーがボスの暴走族がいてな。捕まりそうだったんでバイクで逃げたわけよ」

「え? え? え?」 

「だが向こうもおとなしく逃がしちゃくれねえ。空飛ぶ猿が襲いかかるわバギーにぶつけられそうになるわでな」

「え? え? え?」

「バイクころがして相手を引っ掻き回して同士討ちのぶつかり合いをさせながら、どうにかエメラルドの都に逃げ込んだわけさ」

「え? え? え?」

「するとよ、それを見られてたようでな。なんかオレ、大魔王にされてな、今に至るってわけだ」

「……」

 ついには「え?」すら出ず。ドロシーは呆然とする。

「前の大魔王はその西の悪い魔女に殺されたってな。丁度よかったらしい」

「西の悪い魔女って、どんな奴なんだ?」

 オズがただの人間とわかって、案山子とブリキとライオンの態度が変わる。「こいつら……」と思いつつ、オズはつとめて平静を装う。

「さあな。どんな奴なのか、姿を見た奴はいねえ。ただ、人間離れした見てくれだそうだがな」

「それで、帰り方は?」

「わかってたら、とっくに帰っているさ」

「F○ck!」

 ドロシーは咄嗟に天を仰いで叫んだ。

 オズはやれやれと言いたげにため息をつく。無神経そうでも、帰りたくても帰れない無念さは痛いほどわかる。

 と言いたかったが。

「成り行きでもセレブになって、いい暮らしができている。オレは帰る気はない。どうだ、オレの愛人にならねえか? 贅沢させてやるぜ」

「Son of a b○tch!」(クソ野郎!)

 とんでもない言いようにドロシーは切れて中指をおっ立て、

「おお、怖」

 オズは肩をすくめる仕草をし、あきらめることにした。

「そんなことより西の悪い魔女だ!」

 案山子は苛立たしげに叫んだ。ブリキとライオンも頷く。

「西の悪い魔女は、また来るんだろう! それをなんとかしないと、オレたちぶっ殺されちまう!」

「そうだ。東の悪い魔女はドロシーがぶっ殺したが、まだ西の悪い魔女がいる」

「すべてはそれから。でないと、またキモい女の変態的な性欲のための慰みものにされてしまう。もう、そんなのはごめんだ!」

「そうか東の悪い魔女は、お前さんが」

「それがどうしたのよ」

 話を聞き、オズはふっと不敵な笑みを浮かべる。北の良い魔女のことはオズも聞いている。それが東の悪い魔女を斃したドロシーをよこした。何かの意味があってのことか。

「よし、西の悪い魔女をやっつけてみろ!」

「なんですって!?」

「西の悪い魔女は一旦はオレが成り行きでも追い払ったが、それであきらめるタマでもあるまい」

 と話しをしているときだった、誰かがやってきたかと思えば、

「申し上げます! 西の悪い魔女が、チームを率いてエメラルドの都に向かっています!」

 と言い。オズは頷いて「水晶を見せろ!」と言えば。

 金髪の、ミニスカスーツで決めた秘書らしき美女が、しとやかに水晶玉をかざす。

 その中に、大きなトラックトレーラーを先頭に、暴走軍団が映し出されていた。


 25トン規模だろうか。巨大なコンテナをけん引する漆黒のトラックトレーラーを先頭に、暴走軍団はバギーやモトクロスバイク、ピックアップトラックなどで編成され、土煙を上げて砂漠を疾走している。

 メンバーたちはプロテクターや革ジャケットで決め、中にはホッケーマスクをかぶりナタを背負う者や、バギーの助手席でチェーンソーを担ぐ者。髪型もモヒカンや伸ばしっぱなしに、スキンヘッドまで様々。さらにはだけた肌にはけばけばしいタトゥーがのぞき。

 まさに暴走軍団の様相を呈していた。

(毎晩こんな感じの美女とよろしくやっているのか。リア充め!)

 金髪美女のかざす水晶玉を眺めるオズを、案山子とブリキとライオンは妬み丸出しで睨みつける。

 すると、「おーっほっほッ!」と突然けたたましい女の笑い声がしたかと思うと、水晶玉に北の良い魔女の顔がどアップで映し出され。金髪美女はびっくりして足を滑らし、尻もちをついて、あやうくミニスカの中をさらけ出すところだった。

 どうにか水晶玉を落とさずに済み、顔を赤らめ咳払いをして気をとり直してかざす。

「おーほっほ。どう、びっくりした? あ、びっくりしたわね、おーっほっほ」」

 オズと、案山子とブリキとライオンはあらぬ期待をしたが。期待は外され心の中でがっかりしいて。ドロシーとトトはじっと睨む。

 北の良い魔女は明るく笑い、エメラルドの都に西の悪い魔女のチームが襲来しているこの危機感など関係ねーよといったところ。

「西の悪い魔女がエメラルドの都に来ているでしょう? ドロシー、やっちゃいなさい!」

 それだけ言うと、水晶玉から北の良い魔女は消えて。土煙を巻き上げて行軍する西の悪い魔女のチームが映し出される。

 かと思ったら、また顔のどアップが映し出される。

「そうそう言い忘れていたけど、素敵なプレゼントを、あ・げ・る。愛機に着けておいたわ」

 ウィンクをして、すうっと消えて、西の悪い魔女のチームが映し出されて。今度こそほんとうに言いたいことを言って消えたようだ。

「だとよ」

「仕方ないわね」

「やるならオレたちも連れてってくれ!」

 案山子とブリキとライオンが、復讐心と闘争心を真っ赤に燃え上がらせて志願する。

「OK. Let's Go!」

 勝てる見込みがあるのかないのか。ドロシーは意を決し、オズなど眼中になどないと無言で回れ右をして背中を見せて、トトと一緒に歩きだし。案山子とブリキとライオンも続く。

 残されたオズは「ふっ」と不敵に笑うと、金髪美女の方を見て、

「そろそろ人生の終わりかもしれないから、人生最後の快感でもどうだ?」

 などと色目を使えば、金髪美女はにっこり頷き。ふたり腕を組んでベッドルームへと消えた。

 城内と言えば、西の悪い魔女の襲来であわただしくなっていた。

 緊張感が問答無用でまとわりつく。

 駐車場に出れば、警備員が待っていたと敬礼をし。愛機のダットサン・ハードボディを見れば、なんと荷台に重機関銃が装着されているではないか。


「空から降ってきたかと思うと、荷台に装着されていました。サー!」

 敬礼しながら威勢よく警備員は言うが。「サー!」とはこれいかに。そのせいか、

「西の悪い魔女がなんなのか知らないけど。パパのこぼしたミルクの残りかすがママの割れ目に入って生まれたカスのカスよ。あえて言うわ、カスよッ!」

 まるで何かのベトナム戦争映画の軍曹か日本のロボットアニメの総帥にでもなったような口ぶりになった。

 それを聞く案山子とブリキとライオンは「ひゃっはー!」と大喜びだ。トトは鋭いまなざしで重機関銃を見据えている。

 警備員は「これを」と言い、トランシーバーを4つ差し出す。それをありがたく受け取り。

 ドロシーは踏み台をのぼりながらドアを開ければトトが飛び込み。それから愛機に乗り込み。案山子とブリキとライオンが荷台にのぼる。

 セルを回せば、ダットサン・ハードボディは息を吹き返し。獣のような雄叫びを上げ、くうを揺らす。

「うおおー、ぞくぞくするぜー!」

 マシンの咆哮につつまれ、案山子とブリキとライオンはテンションが上げ上げだ。

「大魔王オズのご加護があらんことを!」

 警備兵は背筋を伸ばして敬礼し。

 雄叫びを上げて発進するダットサン・ハードボディを見送る。

 エメラルドの都も緊張感が走り。警報が鳴り響いて。その中を、重機関銃を搭載したダットサン・ハードボディが駆け抜け。城壁の門番は手際よく門を開ける。

「Here we go!!」

 門の向こうは砂漠。アクセルを踏みこむ。

 4つのタイヤは地を蹴り駆け出し。眼前には岩盤の丘。だが減速せず、丘に乗り上げ。そのままジャンプした。

「Woohoo!」

 重力から解き放たれ、ドロシーは快感の叫びをあげ。トトは「うおーん!」と遠吠えをする。

 ダットサン・ハードボディはウィリー気味に着地し。どしんとする衝撃がケツに心地いい。荷台の三人(?)は転倒保護のバーにつかまりながら、やんややんやとはしゃいでいる。

「機関銃はオレに撃たせろ!」

 案山子は機関銃をなでなでしながら言い。ブリキは握りしめる斧を見据え、

「西の悪い魔女の頭をかち割ってやるぜ」

 と鼻息も荒く。ライオンは、

「肉が美味かったら食べようかな」

 などと言っていれば、遠くから何かの音が風に運ばれて耳に入ってくる。それは何十台と言うたくさんのマシンサウンドのようだった。

「おいでなすったな」

 案山子は重機関銃を構えて、射撃の機会を待つ。マシンサウンドは徐々に近づき、遠目にも暴走軍団の影が陽炎越しに見えてくる。


 暴走軍団は巨大なトレーラーを先頭にバギーやピックアップ、バイクを従え。その上空では、まるで艦隊の護衛のように数十匹の、翼をもつ猿が空を飛んでいた。

 それはドロシーも認め、口を真一文字に締め。トトは「うう~」と唸る。

「ピックアップが1台こちらに向かっております!」

 巨大トレーラーの牽引するコンテナの中は、豪華なシャンデリアが吊り下げられ絨毯のしかれた屋敷の中の一室のような、豪華な造りだった。

 丸く艶やかな曲線を描く木の椅子に腰かける者がいて、天上スピーカーからの報告を受け、口元をゆがませる。

「つぶせ」

 一言そう言えば、「了解!」という返事が返ってきて。コンテナの壁越しに、マシンサウンドがひときわ高くなったのが聞こえてくる。加速をし、トレーラーを追い越していったのだ。

 ドロシーは暴走軍団のマシンが加速してトレーラーをしんがりにおいやり、それに伴い空の猿どももこちらに向かってきているのを認め、トランシーバー越しに、

「Fire!」

 と叫べば、「心得た!」と案山子は引き金を引いた。

 図太い衝撃が全身を突く。同時に、空飛ぶ猿が落ちてゆき、味方のマシンに踏みつぶされるのも認められ、さらに運の悪いバイクが猿の死体にタイヤをひっかけてしまい、転倒し味方のマシンに踏みつぶされるのが認められた。

「ひゃあっはーッ!」

 案山子は絶叫した。そうしている間に距離はぐんぐん近づく。

 このままでは暴走軍団の真っただ中に突っ込んでしまうのだが、ドロシーはハンドルを切り反時計回りに大回りに回り込もうとする。

 目の前で地面が弾けるのが見える。向こうも機関銃を持っているようだ、というかこっちが持っていれば向こうも持っているのは当然のことだった。

 調子こいて近づくのはまずいと、ドロシーは距離を開けようとして。案山子は重機関銃を左側に向けて、猿どもやマシンに向かって撃ちまくる。

 が、ふと思ったが、相手の弾丸が当たらない。

「WOW」

 なんと相手の弾丸は自分たちの手前で見えない壁に弾かれてあさっての方向にとんでいるではないか。

「あ、これ?」

 銀の髑髏のホーンのハンドルだろうか。北の良い魔女が、魔力があって役に立つと言っていたが。もしそうなら、いいものをもらったものだ。

「おいライオン、オレたちは白兵戦だ!」

 ブリキは斧を握りしめ、トランシーバーでドロシーに荷台から降りて戦うことを告げるや飛び降りて、地を蹴り駆け出し。ライオンもそれに続く。

 暴走軍団は機関銃でブリキを撃つ。ダットサン・ハードボディから降りれば魔力が効かなくなるのか、ブリキに弾丸が当たる。しかし、ことごとく弾き返されてしまう。

「ふ、東の悪い魔女がオレをキラーマシーンにしようとしたからな」


 相当な装甲のようで弾丸など受け付けず。暴走軍団のメンバーは驚き、慌ててブレーキを踏み減速する。ライオンはブリキの後ろで弾丸をよけていた。

 バイクがチェーンを振りかざし迫ってくる。弾丸が通じなければチェーンを巻きつけ動きを封じようとする魂胆だ。

 同時に空飛ぶ猿が急降下してくる。

 ブリキはしゃがみこんで、その背を踏み台にライオンが跳躍すれば。急降下する猿を鋭い爪で捕え、その顔面に牙を立てる。

「きぃーッ!」

 猿は悲痛な悲鳴を上げてライオンごと落下し。その間にブリキは迫るバイクのチェーンをかわしながら、ライダーに斧を叩きこむ。

 ヘルメットをかぶっていたのだが、斧はそれを叩き割り、さらに脳天まで叩き割り。どばっと血を頭から吹き出しながらバイクは転んでしまう。

 他の者たちもブリキとライオンをどうにかしようとするが、ダットサン・ハードボディからは重機関銃での援護射撃が功を奏し、近づくに近づけず。

 運の悪い者は重機関銃の弾丸を食らい愛機ごと爆発し、エンジンがやられて逃げようとするところをブリキの斧やライオンの爪や牙にやられてしまう。

「なんでえ、口ほどにもない」

 ブリキもライオンも得意になり。案山子も「ひゃっはーッ!」と射撃の快感に酔い痴れる。

「油断しないで!」

「大丈夫だよ。あのオズでも追い払ったくらいなもんだぜ」

 トランシーバー越しにドロシーが気を抜くなと言うが、得意の絶頂にある案山子は聞く耳も持たない。

 遠くにはトレーラーがいつの間にか停車し、戦況を見守っている。

「あれがボスね」

 愛機のノーズをトレーラートラックに向け、アクセルを踏みつけ駆け出し。ウィンドウから身を乗り出し、

「ブリキ、ライオン、戻っておいで。トラックトレーラーに突っ込むよ!」

 と叫べば、ブリキとライオンは「おう」と荷台に飛び乗り。トラックトレーラーを見据える。

「これは!」

 西の悪い魔女は水晶玉で戦況を見ていたのだが、ピックアップトラックに弾丸が当たらないのを見て愕然とする。これは東の悪い魔女の、銀の髑髏のホーンのハンドルの魔力によるものだったからだ。

 西の悪い魔女は立ち上がり、後ろの扉を開けると跳躍し、屋根を掴むと軽い身のこなしでコンテナの上で仁王立ちになった。

 つばの広い三角帽にやけに高い鷲鼻を持つ異形の面持ちのみならず、極限まで鍛え抜かれた肉体を黒いビキニのみの着用で「どうだ」と言わんがばかりに見せつける。

「ハルク女!?」

 暴走軍団のマシンをかわしながらトラックトレーラーに突っ込むドロシーは、コンテナの上で仁王立ちする西の悪い魔女の姿を見て、魔女とは程遠い肉体に驚きを禁じ得なかった。


 トトは西の悪い魔女を睨んで「うう~」と唸る。

「それがどうした、蜂の巣だぜ!」

 案山子は重機関銃を構え、狙いを定めて撃ちつけた。西の悪い魔女が糸の切れたマリオネットのようにあらぬ踊りを踊りながら針の巣になるイメージが浮かんだのだが。

 実際には。――

「弾が当たらない!」

 あろうことか、弾丸はことごとく西の悪い魔女の手前で弾けてあさっての方向に飛んでゆくではないか。

 ハルク女とでもいうべき極限の肉体をもつ西の悪い魔女は、こちらをじっと見据えている。

 空飛ぶ猿がそばに降りたかと思えば、うやうやしくほうきを手渡す。それにまたがれば、ふわりと浮きあがる。

「やばい!」

 ドロシーはブレーキを踏みながら、マシンの荷重移動を感じ取りながらハンドルを回しアクセルを踏んで、スピンターンさせてトラックトレーラーにテールを見せて離れてゆく。

「ひょー、なぶり殺しだぜえ~!」

 思わぬ苦戦を強いられた暴走軍団のメンバーたちは、西の悪い魔女が登場したことで逆転を確信し。逃げるダットサン・ハードボディの前に立ちふさがろうとするが。

「行かせておやり! 逃げるネズミを追いかけるのも、楽しいだろう?」

 西の悪い魔女は女とは思えない図太い声でメンバーに叫べば、「合点だ!」と邪魔をせずダットサン・ハードボディを行かせる。

 案山子は重機関銃を回転させ撃ちまくるが、なんと暴走軍団のマシンにもメンバーにも当たらない。

「西の悪い魔女の魔力か!」

 案山子はたまげて「やべえ!」と叫ぶ。

 ダットサン・ハードボディは暴走軍団のマシンの間をすり抜け、いつしか逃げのチャージに入っていた。

「どーするんだ!」

「逃げながら考えるわよ!」

 トランシーバー越しに案山子が叫ぶ。ブリキとライオンもやいのやいのと叫んでいるのが聞こえてくるし、ノイズにまじって暴走軍団のマシンサウンドも紛れ込む。

 遠くにエメラルドの都の、エメラルドの結晶のビル群が見える。

 ほうきにまたがる西の悪い魔女は疾風のような速さで自軍のマシンを次々と追い越し、ダットサン・ハードボディに迫る。

 空飛ぶ猿も続き。そのうちの数匹が先走って主を追い越して、荷台の案山子とブリキとライオンに迫る。

「くそが!」


 ブリキは斧を振るい、猿の首を刎ねる。ライオンも爪で腹を裂き、牙で翼を噛み砕く。一匹一匹はそんなに強くない。

 得物もなく接近戦のできない案山子はそれをただ見るしかできない。

 西の悪い魔女は、にやりと不敵に微笑む。

 そのころ、エメラルドの都では。――

 オズはベッドで秘書とふたりで、水晶玉を眺めていた。

 ダットサン・ハードボディは轟音をがなりあげて駆け、岩盤の丘を飛び越えてゆく。

 エメラルドの都をぐるりと時計回りに回るように走っているようだ。

「うまいもんだ」

 オズは感心すれば、秘書はやきもちを焼いて頬をつねる。

 郊外の砂漠での死闘など、まるで他人事だ。

 オズがのんきにしていることなど知らず、ドロシーは愛機を走らせていたのだが。荷台でブリキとライオンが空飛ぶ猿を仕留めたのをミラー越しに見て、接近戦による物理的な攻撃は効くことに気付いた。

 ダットサン・ハードボディをスピンターンさせ、暴走軍団めがけて突っ込む。

「ブリキ!」

「おう」

「案山子用に、なんでもいいから武器をぶんどってくれる!?」

「まかせろ」

 双方の間が縮まり、 ブリキは飛び降り、暴走軍団向かって斧を振りかざしながら駆ける。ライオンは空飛ぶ猿を爪と牙で仕留める。

 ホッケーマスクをかぶった奴がナタを振りかざして襲い掛かり。少し間合いを取ってブリキと対峙する。その後ろから、そっと、人間の顔面の皮をマスクにしている奴がチェーンソーを振りかざす。

 ブリキはホッケーマスクの奴と対峙するふりをし、気配を察してすぐさま後ろを向いてチェーンソーの奴のどてっ腹に斧を叩きこんだ。

「ぎゃあー!」

 という耳障りな悲鳴を上げチェーンソーが放り落とされ。それをよそに肩を掴んで、盾のようにもちあげホッケーマスクの奴の前にかざせば。ナタは脳天を叩き割った。

 しまったと、ホッケーマスクの奴は少したじろぎ。その隙を見逃さず、チェーンソーの奴をホッケーマスクの奴に投げつけ体勢を崩させ。チェーンソーを拾い上げ、ホッケーマスクの顔面に叩きこんでやった。

「これは便利だな」

 二体の死体が倒れるのも無視し、ブリキは斧を捨ててチェーンソーを選び、ナタを案山子に渡すことにした。

 その間、ダットサン・ハードボディは暴走軍団のマシンの間をすり抜けながら、時には丘からジャンプし、時にはドリフトをし。

 3リッターV6エンジンは軍団に負けず劣らずな轟音をがなりたてる。

 ブリキが武器を手にしているのを見てその方へ駆け、ブリキも敵を仕留めながらダットサン・ハードボディ向かって駆け。

 荷台に飛び乗り「ほらよ」とナタを案山子に渡す。


「えー。チェーンソーがよかったのにー」

「うるせえ、これはオレんだ」

 空飛ぶ猿はひっきりなしに上から襲い掛かり、それをそれぞれの得物で仕留めて落とす。

 暴走軍団のマシンたちは走るパイロンとなってダットサン・ハードボディの前に立ちはだかる。

 真正面にバギーが迫る。ハンドルを切りそれを交わしても、次から次へとひっきりなくマシンが立ちはだかる。

 4つのタイヤは土や砂を巻き上げスライドし、スピンするかしないかのぎりぎりの線でドロシーはアクセルをコントロールし。

 その軌道の読めなさは、さながら走るカイトだった。

 あるマシンは体当たりを食らわそうとしながらもよけられ、味方のマシンにぶつかり、あるいはバイクを轢いてしまい。

 軍団は散々にひっかきまわされていた。

 その様子を、上空から西の悪い魔女が見据えていた。

「なかなかやるじゃないか」

 ぺろりと、舌なめずりする。

 ダットサン・ハードボディは西の悪い魔女のトラックトレーラーに迫る。魔女自身はいないが、ボス車であればやる価値はある。

「案山子、ブリキ、ライオン!」

「おう!」

 トランシーバーで呼べば威勢のいい返事がかえってくる。

「あのトラックに飛び乗れる?」

「おう!」

 ドロシーはアクセルを踏みつけた。3リッターV6ターボエンジンがうなりをあげ、土煙を上げ加速する。

 目の前に背の低いバギーがいるが、おかまいなく加速し。ドライバーがいるのもおかまいなくぶっといタイヤで踏みつけジャンプする。

 ドロシーは眉をしかめたが、ミラーを見れば、猿のぬいぐるみが飛んで地面に落ちた。

「What!?」

「西の悪い魔女は魔法でぬいぐるみを軍団の兵士にしているんだ。だから遠慮なく、ぶっ殺せ!」

 ブリキがトランシーバー越しに吠える。

 ドライブに夢中で気付かなかったが、地面には無数の猿のぬいぐるみが転がっていた。

 そうなら何の遠慮もいらない。

 着地し、マシンをかわしながら、あるいは踏みつけながらトレーラートラック向かって駆けた。

「こっちに来る!」

 ドライバーはハンドルを回し急転回しようとするが、いかんせん25トン級大型トラックトレーラーなため素早い回転はできず。


 コンテナの横腹を見せつける格好になってしまう。

 ドロシーはハンドルを切りダットサン・ハードボディを横向きにスライドさせ。コンテナに接近する。

「いまだ!」

 案山子とブリキとライオンはジャンプし、コンテナにしがみつき、屋根の上にに乗っかった。

「運転席に行くぞ。トラックをのっとれ!」

 ブリキはコンテナの上を駆けて、トラック部分の屋根の上に乗った。

「うおお!」

 後ろで雄叫びがしたかと思えば、西の悪い魔女がコンテナの上に戻って。ほうきを得物に案山子とライオンとやりあっていた。

「魔女はまかせろ! トラックをのっとれ!」

 案山子は叫び、ブリキは頷き。チェーンソーを屋根にめり込ませた。

 刃は屋根を貫き、ドライバーの脳天まで達し。頭が割れて綿の飛び出たぬいぐるみになった。

「頑張って!」

 ドロシーはウィンドウ越しに案山子とブリキとライオンの死闘を見守り、自身は愛機を走らせ暴走軍団を引っ掻き回す。

「うおおー!」

 爪と牙で魔女と戦うライオンだったが、その肉体は鋼鉄なのか、引っ掻けども噛みつけども歯が立たず。

 それはナタも同じで、何度ぶつけてもまるで鋼鉄を打っているような硬い手応えでかすり傷ひとつつきやしない。

「化け物!」

 案山子は思わず叫んでしまった。

 そうしている間にチェーンソーで素早く穴をあけ、そこから運転席に乗り込んだブリキはハンドルを握り、トラックトレーラーを走らせる。

 トレーラートラックは味方のはずの暴走軍団のマシンに迫っては頑強なノーズで弾き飛ばし、あるいは踏みつぶす。

「うわあ!」

 ついにライオンは首を掴まれてしまい。案山子は助けようとナタを奮うが、揺れがひどくふんばりが効かず、ナタを振り下ろすも力が足りなかった。

「こんなんじゃ感じないよ、下手糞め」

 ライオンの首を掴んで持ち上げながら、足で案山子を蹴飛ばす。魔力なのか、西の悪い魔女はひどい揺れにもびくともしない。

「案山子!」

 案山子が宙高く舞うのを見て、ドロシーは急いで愛機を走らせ。うまく荷台に着地させた。

 案山子は荷台でぼよんと何度か跳ねてから、何とか踏ん張りながら、

「ドロシー、あいつ強いよ~」

 トランシーバー越しに臆病風に吹かれた弱々しい声を漏らす。

「う、う、うわあ~」

 やられる、首の骨を折られる! と思うとライオンは恐怖に染まり、あろうことか、よだれを垂らしながらおいおいと大粒の涙を流して泣き出してしまった。


Episode 3 Climax Battle


 おいおい泣くライオンの口からのよだれや、目からの涙のしずくが西の悪い魔女に飛び散る。

 すると、

「ぎゃあ!」

 なぜか悲鳴を上げてライオンを放り投げ、ほうきにまたがり脱兎のごとく逃げだしてしまう。

「う、うわあー!」

 放り投げられたライオンは宙を舞い、落下するが。運よく暴走軍団のピックアップトラックの屋根に落ち少ないダメージで済んで。咄嗟に飛び降りる。

「た、助かったのか!?」

 これにライオンは自分で驚き。腹いせに手近な奴を爪で引き裂く。

 ドロシーはすぐに駆けつけ、ライオンは急いで荷台にのぼる。

「あ、そうか!」

 何かを閃いたか、案山子は大声で叫んで、

「弱点がわかった! 魔女を追え!」

 トランシーバー越しに案山子がどなり、言われるまでもないとドロシーは西の悪魔女を追った。

「弱点がわかったって?」

 と聞きたかったが、ドライブに集中するため会話はできない。

「おいブリキ!」

「なんだ大声出してうるせーなー」

 トラックトレーラーをのっとったブリキは携帯していたトランシーバーを少し顔から離し、案山子の言葉を聞く。

「なるほどな」

 話しを聞いてブリキは納得し。のっとったトラックトレーラーから降り、コンテナの後ろに回り込んで扉を開け、豪華な部屋の中に入り込む。

「こりゃまた派手だな。男妾おとこめかけと乱交パーティーでもしてたか?」

 などと野暮なことをつぶやきながら、大きなベッドに蹴りを入れてひっくり返す。

「ふーむ。砂漠を旅するくせに、確かにないな。なるほどな」

 コンテナの隅から隅まで何かを探したが、一向に見つからない。外ではメンバーどもが騒いで、コンテナに押し寄せる。

 うぜえ、とコンテナの外に出てチェーンソーを振り回し。引き裂かれて綿のはみ出たぬいぐるみが量産される。

 ふと見れば、予備タンクをリアに積んだバギーが止まっている。それを見て、ふむと頷いて、予備タンクを取れば。

 中のガソリンをごくごくと飲み込んでゆくではないか。

「うーい、げっぷ。ドロシーを追いかけるか」

 ブリキはチェーンソーを助手席に放り投げ、バギーを走らせる。

 ダットサン・ハードボディは、はるかかなただ。

「くそ忌々しいネコめが……」

 まるでミサイルのように高速で飛ぶ西の悪い魔女は、呪うようにつぶやく。

 首をひねって骨を折ってやろうかと思ったが、まさかよだれを垂らしながら泣き出してしまうとは、なんという臆病者だろうか。しかし、その臆病のおかげでこちとらピンチだ。


 以前にも、オズを同じようなやり方で殺してやろうと思ったら、あろうことか同じようによだれを垂らしながら泣き出して。それで弱点を察せられ。引き返さざるを得なかった。

 これほどの屈辱はなかったが、まさか一度ならず二度までも、同じ屈辱を受けようとは。

「ドロシー、なんか飲み物とかないのか!?」

「うるさい! あるけど、あと、あと!」

 こんな時に何か飲みたいとはなんてのんきな案山子だ、とドロシーはムカついたが。とにもかくにも、西の悪い魔女を追わないといけない。

 一応、ドリンクホルダーはあり、それには瓶のモンスターエナジードリンクがある。

「案山子、こんな時に」

「馬鹿野郎、奴の弱点がわかったんだよ!」

「え、マジで!」

「ああ、マジ……。わッ!」

 地面の凸凹がひどくなり、振り落とされないようにするのがやっとで、話すどころではない。

「なかなか速いわね。でも、トルネード・ドロシーに勝てるかしら!」

 ダットサン・ハードボディは盛り上がった丘陵を上りきるたびに跳躍し、しばし重力から解放され、それから着地を繰り返しながら砂漠を駆け抜ける。

 ぶっといタイヤとハイリフト化されたサスペンションが衝撃を吸収しながらもふんばり。スライドするかグリップするかの微妙な感触を愛機とリンクしながら感じ取り、アクセルを踏む。

 3リッターV6ターボエンジンは野獣のように咆哮し。それが室内に轟きわたり全身をもむような感覚は、快感だった。

 ドロシーは西の悪い魔女を追いながら、マシンを駆る快感を感じまくっていた。

「ええい、しつこい!」

 西の悪い魔女はまっすぐ飛んでいたのをやめ、急に右へと進路を変えた。が、それでそのまままっすぐやり過ごすドロシーではなかった。

 ブレーキを踏み荷重を前に移しながらハンドルを切り、後ろが軽くなった感触を感じ取ってアクセルを踏みつけた。

 4つのタイヤは砂漠の砂や土を巻き上げながら回りに回ってスライドし、ダットサン・ハードボディは四駆ドリフトをかます。

 四駆のドリフトはFRのようにあまり逆ハンを切らず、進行方向に沿ったコントロールが求められ。またアクセルも微調整などせず、全開に踏む。でないと、後輪と一緒に回る前輪が変な方向へとマシンを持っていこうとするのだ。

 四駆ドリフトはFRと違った、そしてFRよりも度胸が要求されるテクニックなのだ。

「うヴぇヴぇヴぇヴぇヴぇ!」

 荷台の案山子とライオンは揺らされながら、振り落とされないように転倒保護バーに必死にしがみつく。

「あー、これGoProあったらいい動画撮れてたな!」


 前から小型アクションカムのGoProが欲しいと思っていたが、お金があるとついついガソリン代にまわしてしまう自分がうらめしい。

「ええい!」

 西の悪い魔女は今度は左に進路を変えた。が、それも得意の四駆ドリフトで対応し、しっかりと追う。

「それにしても、見ててもありがたみのないケツ……」

 ほうきにまたがる西の悪い魔女はビキニ姿で、下はTバックとはいえ、極限まで鍛え抜かれたガチムチマッチョボディのためヒップは鋭角なラインを描き、しかもとても硬そうで。プレイメイトのような、なだからかなラインとふっくら感とは程遠かった。

 西の悪い魔女は右に左に進路を変えるジグザグ飛行をする。後ろから飛ばされるのではないかという警戒心もあった。

 ダットサン・ハードボディはまるでスケートリンクを滑走するスケーターのように、砂や土を巻き上げ、砂漠を「滑走」していた。

 ふと気づけば、凸凹が少なくなり、比較的フラットな路面状況になる。

 ドロシーの目が光る。

 愛機はエアコンが取り外されて。運転席のボードの、エアコンスイッチのあった場所には、赤いボタンがあった。

「Go baby!!」

 ボタンを押せば、3リッターV6ターボエンジンの鼓動は早まり、一気にパワーが込み上げてくる。

「おわー!」

 荷台の案山子とライオンはたまらず叫んだ。まるで違う乗り物になったかのような、あまりな急加速。転倒保護バーにしがみつきながらも、少しでも気を抜けば、加速の勢いに圧されて飛ばされそうだった。

 圧迫を受けるのはドロシーとトトも同じだった。

 全身をシートに押し付けられるような圧迫感をともなう急加速。

「Nitrous bless you」(あなたにナイトラスの祝福を)

 圧迫感を感じながら、ドロシーは微笑みつぶやく。

 3リッターV6ターボエンジンには、ナイトラスオキサイド・システム(Nitrous oxide System=亜酸化窒素システム)が搭載され、必要な時にエンジン内にナイトラスオキサイドが噴射され、最高出力500馬力のエンジンパワーを一気に炸裂させたのだ。

 この技術はかつて第二次世界大戦においてドイツ空軍の航空機に用いられたものが、レーシングシーンに転用されたものだ。(説明すると長くなるので、詳しくはウェブで検索してください!)

 破壊の魔神が降臨したかのような咆哮につつまれ、周囲の景色はまるで吹き飛ばされているように通過してゆく。ボディもきしみ、ぎしぎしと唸る。まさしく何かの魔法にでもかかったかのような異次元感に放り込まれたようだった。

 それにともない、西の悪い魔女のありがたくないケツも近づいてくる。

「ドロシー魔法使いだったのか!?」


 案山子とライオンはたまげるしかなかった。

「馬鹿な!」

 魔女はマシンの轟音が迫るのを背中で感じ、思わず振り返った。

 ダットサン・ハードボディがぐんぐん迫ってくる。

「な、なんじゃありゃあ……」

 バギーでドロシーを追いかけるブリキも呆気にとられる。

 西の悪い魔女がまっすぐ逃げずに変にジグザグしてくれたおかげで、どうにか距離を縮めることができたのだが。

 ダットサン・ハードボディのあらぬ急加速に目を点にするしかなかった。

 フラットな区間が終わり、路面が凸凹してくる。向こうには丘も見え。ドロシーはその丘に向かって、愛機を飛ばし続けた。

「おい、まさか!」

 遠くから見るブリキは大きく見開いた目を丸くする。

「Here we go!!」

 丘が目の前まで迫り、ドロシーは覚悟を決めて叫べば。ダットサン・ハードボディは丘に乗り上げ、てっぺんまで行きつくと、大きく跳躍し。ドロシーたちは重力から解放される。

「Woohoo!!」

 障害物のない真っ青な空が目の前で広がる。

 ダットサン・ハードボディは高度を伸ばし、魔女より高く飛び。

 その上を、飛び越してゆく。

「馬鹿な……」

 西の悪い魔女は歯噛みし、減速し頭の上をダットサン・ハードボディが飛び越してゆくのに任せるしかなかった。

 荷台の案山子とライオンは転倒保護バーにしがみつき、後ろの魔女を見る余裕もない。

 やがてダットサン・ハードボディはウィリー気味に着地し、ミラーで魔女の前に出たことを認めたドロシーは愛機をスピンターンさせ、正面向き合う。

 魔女は減速して着地し、ほうきを片手に立ちすくんでいた。

「……」

 西の悪い魔女は歯が砕けそうなほど顎に力をこめ、歯噛みする。

 ドロシーも、ほうき片手にたちすくむ西の悪い魔女をフロントガラス越しに見据える。

 案山子とライオンはすぐにでも降りて西の悪い魔女に襲いかかりたかったが、さっきのナイトラスオキサイドの急加速のためにのびてしまって、動けないでいた。

 ドロシーは喉が渇いていることに気づき、緊張感をほぐすためにも、ドリンクホルダーからモンスターエナジードリンクの瓶を取り、先を口にくわえて少し飲んだ。

 いささかぬるくなって、炭酸も少し抜けているが、それでも多少喉は潤った。

 そんな余裕をかませるほどに、西の悪い魔女は、無防備だった。


「ど、ドロシー……」

 のびた案山子がトランシーバー越しに、弱々しい声で言う。

「飲み物があるなら、そいつを持って……」

「え、なに? あいつにも飲ませろって?」

「違う、そうじゃない……」

「まいった! 降参するよ!」

 西の悪い魔女はほうきを放り投げ、両手を上げて降参の仕草をとった。

 ドロシーは瓶を手にトトとともに下車し、西の悪い魔女と対峙する。

「馬鹿、車から降りるな!」

 ブリキは慌てたが、ドラテクがないためそれほど飛ばせず。距離も満足に縮められずに、もどかしい。

「降参するよ。その前に、喉が渇いたから、あたしにもそれを少し飲ませてよ」

「いいわ」

 ドロシーはトトと一緒に歩きだし、西の悪い魔女に近づく。暴走軍団のメンバーや空飛ぶ猿どもは魔力が切れて皆ぬいぐるみに成り果てていた。

 焼けつくような太陽が地上を照らし。砂漠にはかげろうが立っている。

 双方手の届く距離まで近づき、ドロシーは瓶を差し出し。西の悪い魔女はそれを受け取り……。

 力の限り遠くへと放り投げてしまったではないか。

「なにをするの!」

「ははは、馬鹿め! 冥土の土産に教えてやろう、あたしは液体に触れると溶けてなくなってしまうのさ!」

「……ッ!」

 女とも思えぬ図太い腕がドロシーに掴みかかる。だがそれを、素早い動作で咄嗟に横にやり過ごしざまに、脇を駆け抜け。トトもそれに続く。

「ほう……」

 西の悪い魔女はゆっくり振り返りながら、ドロシーを見据える。もし後ろに下がっていれば、連続攻撃の餌食だった。

「思った以上のお転婆娘だね」

「なめないで、こう見えてもマーシャルアーツやってんのよ」

 いつだったか、日本の格闘ゲームに影響されて、自分もやりたいとヘンリー叔父さんとエム叔母さんに頼み込んでドージョーに通いマーシャルアーツをたしなんだのだが。

 思った以上に才能があったようで、アルバイト代わりに格闘家としてリングに上がりファイトマネーを稼いでいたのだった。その稼ぎはダットサン・ハードボディのカスタム費用に使われた。

 隣ではトトが低く身構え、「うう~」と唸っている。

「馬っ鹿野郎、あいつには武器も通じなかったんだぞ!」

 ブリキは急ぐが、なかなか距離が縮まらない。荷台の案山子とライオンはのびたままだ。

 ドロシーは西の悪い魔女をまじまじと見据える。


(人種としてはあたしと同じ白人かな、それなら……)

 極限まで鍛え抜かれたガチムチマッチョボディが相手だ。どこまで通用するかわからないが、せめてブリキが来るまで持ちこたえられれば。

「まあ、いいわ。おいで、最初だけ練習台になってあげる」

 西の悪い魔女はさっきと同じように両手を上げた。さっきのこともあるので信用はできないが、すぐに離れられる心づもりをしながら、だっ、と駆け。

 得意とする右膝蹴りを、相手の左太ももの横に打ちつけた。

「……ッ!」

 余裕をかましていた西の悪い魔女だったが、思った以上の痛みが走り体勢を崩してしまう。

(やっぱり、マスター依田の言ったとおりだ!)

 マーシャルアーツドージョーのマスターは依田という日本人なのだが、白人は他の人種に比べて「痛い技」に弱いと言っていた。

「この、小娘が!」

 叫び声がすぐに「うッ!」といううめき声に変わる。

 膝蹴りを喰らわせてすぐに身をかがめて、こんどはヘソの少し下に肘打ちを喰らわせたのだ。

 ヘソの少し下は丹田といい、東洋気功術では気の集中する部分として重要視されている。それだけに打撃を受ければダメージは大きい。

 思わず身をかがめてしまった西の悪い魔女だが、これで終わらず。次は人中に右拳を叩きつけようとする。

 しかし、直前で右手首がつかまれてしまった。

「調子に乗るんじゃないよ小娘!」

「しまった、調子の乗りすぎた!」

 丹田に肘打ちした時点で離れればよかったのだが、調子に乗って人中を打とうとして、つかまってしまった。

「ドロシー!」

 荷台でのびていた案山子とライオンだったが、これはやばいと飛び出し西の悪い魔女向かって駆け。トトも主を助けようと飛び掛かる。

 しかしことごとく、蠅を払うように、片手で軽く払われてしまった。

 西の悪い魔女は左手でドロシーを持ち上げた。そこへ、爆音が耳に飛び込む。ブリキのバギーが迫っているのだ。

 ドロシーは何度も足で蹴りを入れるが、びくともせず。

「ほっほっほ! こそばゆいねえ」

 と笑われるばかり。

「くそう……」

「ここまで来て……」

「うう~」

 案山子とライオン、トトはひどいダメージを受けながらもどうにか立ち上がろうとするが、身体が言う事を聞いてくれない。

「いいことを思いついたわ」

 西の悪い魔女はにやりとし、迫るバギーを見据える。


 轟音奏でるバギーは脇を駆け抜け風の破片と砂煙をまき散らしながら、ブリキは飛び降りざまに数度転びながら起き上がり、

「うおおー!」

 と駆けた。

「小娘、仲間が殺されるところを見せてあげるわ」

 ブリキはチェーンソーもなく無手で迫って、跳躍し、飛び掛かって。

 ぶうんと唸りを上げて、西の悪い魔女の太い右拳がブリキの胴を貫いた。

 その瞬間。

 どばッ! と、中からガソリンが勢いよく西の悪い魔女に飛び散った。

「これは!」

 ブリキはガソリンを飲み、それが空洞になっている胴の中にたまっていたのだ。西の悪い魔女はそれをもろにかぶってしまった。

「ああ、あああーーー!」

 じゅうじゅうと、まるで硫酸でも浴びたかのように、西の悪い魔女の身体が溶けてゆく。それとともに、左の拳から力が抜け。

 ドロシーはぽとりと落とされてしまう。

 急いで離れ、マーシャルアーツの構えをしなおし西の悪い魔女を見据えれば。

 案山子とライオンまでもが再び立ち上がって、西の悪い魔女にしがみついているではないか。

「は、はなせ、はなせー!」

 西の悪い魔女は、どろどろに溶け骨まで露出する酷い有様だったが、命への執念を見せてしがみつく三人(?)を払いのけようと足掻いていた。

「まあそう言うなよ。毎晩こうして男妾と一緒に骨まで溶ける思いをしていたんだろう?」

 胴を貫かれたブリキは腕をつかんで離さず。案山子とライオンは前後から魔女の胴にしがみついて動きを封じていた。

「みんな……」

 いつの間にかトトがそばにいて。三人(?)が魔女にしがみついているのを見て、意を決しトトとともに地を蹴り駆け出した。

 駆けながら、ヘンリー叔父さんとエム叔母さんのことが思い出された。

(叔父さん、叔母さん……。帰りたい! 叔父さんと叔母さんのもとに帰りたい!)

 なにがあっても、わがままでやんちゃが過ぎるドロシーに暖かく接してくれた。

 そのふたりのもとに帰りたいという気持ちが、とめどもなく沸き起こる。

「いやー、死ぬのはいやー!」

「そう言った人たちに、あんたは何をした!」

 ドロシーは跳躍し、鋭い右の飛び蹴りを西の悪い魔女の顔面に喰らわせば。

 いよいよどろどろに溶けているのが、何かが中から破裂したように破裂し。

 何もかもが、雫となって砂漠に落ちて。地熱に焼かれて、蒸発していった。

 飛び蹴りを喰らわせたドロシーは、蹴りが当たった感触を感じながらそのままの勢いで着地し。


 振り向けば、案山子とライオンとブリキは、しがみついていた西の悪い魔女が溶けて破裂してなくなって。へとへとになりながらもどうにか立って、親指を立て。

 ドロシーも同じように、笑顔で親指を立てた。

「あれ、トトは?」

 一緒に駆けたと思ったのだが、近くにいない。と思えば、飛ばされたモンスターエナジードリンクをくわえてやってきて。しっぽを振る。

「よしよし、いい子ね」

 頭を撫でながら瓶を受け取り、残りを一気に飲み干した。

「あー。さいっこー!」

 もう自分たちを襲ってくる者はいない。

 西の悪い魔女の雫は地熱で溶けて蒸発し。それはどす黒い煙となって風に乗って斜め上に天に昇ってゆく。が、昇るにつれて、白くなっていって雲になり。

 はらはらと、心地よい小雨を降らせ。さらに彼方には虹がかかった。

「ありがとう、ドロシー」

「え、誰。虹!?」

 虹から声がして、一同驚く。

「私は西の悪い魔女になる前の、善の心。情けなくも欲望に負けて魔女になり、魂も穢れてしまったのをあなたが解放してくれた。ありがとう、感謝するわ」

「……」

 一同は黙ってしまった。まさか西の悪い魔女の、もとの善の心に礼を言われるとは思わなかった。

 それから虹から声はしなかった。彼女の魂は清められて、天に召されたと思っていいのだろうか。

 ふと、どこからともなく、図太いバイクの排気音がして。その音の方を向けば、白のレザーで決めた北の良い魔女が、空飛ぶクルーザーバイクでこちらに向かってきていた。

 それとは別にもう一台のバイクの排気音もして、よく見ればライムグリーンのカワサキのモトクロスバイクもこちらに向かってきている。それはオズだった。

 ふたり同時に近くに来て、着地した北の良い魔女は長い脚でタンクをまたぐように下車し。

 オズも下車しヘルメットを取り、調子のよさそうな愛想の良い笑みを浮かべる。

「よくやったわドロシー。あなたのおかげでオズの国の平和は守られたわ。どこかの誰かさんとは大違い」

 北の白い魔女はにこにこしながら、そよ風に金髪をゆらしながら手を叩いてドロシーたちの健闘を讃えた。オズは気まずそうだ。

「で、何をしに来たの?」

 北の良い魔女はにこにこしながらオズに尋ねれば、

「オレも、もとの世界に帰りたくなったんだよ」

 と気まずそうに言う。

「どうして? お気に入りの秘書がいるのに」

「ああ、あれか。あれは西の悪い魔女のスパイだったみてえでなあ、魔力が切れてぬいぐるみになっちまってな」

 言いながら、哀しそうに金髪のぬいぐるみを差し出す。

「えー、そんなぬいぐるみに骨抜きにされてたの!」

 ドロシーが笑えば、他もどっと笑い。オズはため息をつくしかなかった。


Last episode Over The Rainbow


「まあでも、お前さんの頑張りを見てたら、オレ自分が恥ずかしくなってなあ」

「え?」

「性根を入れ替え、いちからやり直したいんだ」

「ちょっと待ってよ、突然まともなことを言われたら、いじれないじゃん……」

 オズの変わりようにドロシーはもちろん案山子とブリキとライオンも少なからず驚きを示し、北の良い魔女は笑顔でうんうんと頷く。

「ドロシーはどうなんだ? 帰りたいのか」

「ええ、帰りたいわ……」

「帰るのかよ、ドロシーと一緒にいるの、楽しかったのに」

 案山子たちはそう言い。それにも、ドロシーは驚かされた。

「困っちゃうな……」

 思えば、ひとり突っ走る性格のために友達らしい友達もいなかったから、案山子たちの言葉がやけに沁みた。それだけに、そんな自分を何があっても見捨てず育ててくれた叔父さんと叔母さんのありがたみを感じた。

 それは、帰る場所があったということ。そのおかげで、不純異性交遊やドラッグ、銃などに手を出さず、グレずにすんだ。

「案山子、ブリキ、ライオン。ごめんなさい、私もあなたたちと出会えて、楽しかった。でも、待っている人がいるから、帰ることにするわ」

「それなら、仕方ないけど、オレたちのこと忘れないでくれよ~」

 涙もろいライオンはおいおいと泣きだし。胴にぽっかり穴の開いたブリキは、そこを指差し、

「オレの心まで穴が開いた思いだぜ」

 などとジョークを飛ばす。

「いい板金屋を紹介するわ」

「言ってろ」

 北の良い魔女は身も蓋もないつっこみをして、ブリキは苦笑い。

 トトはしっぽをふり、案山子とブリキとライオンそれぞれにひと舐めして。そのお返しに頭を撫でられる。

「それで、どうやって帰るの? 西の悪い魔女はやっつけたわ」

 北の良い魔女はにっこりと笑って、頷く。

「銀の髑髏のホーンを三回鳴らして、あの虹に向かって走れば、もとの世界に帰れるわ」

「虹の彼方に帰る場所がある、ってか。なかなか風情があるな」

 オズはまだぬいぐるみを持っていることに気付いて、放り投げ。ヘルメットを被り、アクセルをふかす。

 ドロシーも愛機のもとにゆこうとしながら、案山子とブリキとライオンに笑顔を振りまき。親指を立てた。トトも、

「わお~ん」

 としっぽを振りながら遠吠えをして、別れを惜しんでいるようだった。

 ダットサン・ハードボディに乗り込んで、アクセルをふかせば。3リッターV6ターボエンジンが唸りを上げる。

 それから髑髏のホーンを三回、ぶおー、ぶおー、ぶおー、と鳴らせば。虹がひときわ輝きを増した。髑髏のハンドルと虹の魔力が連動しているようだった。

「Good bye!!」

 開けられたウィンドウからドロシーは叫んで。オズも無言ながら親指を立て。北の良い魔女や案山子にブリキ、ライオンも、

「Good bye!!」

 と言いながら手を振り。

 くうを揺らすマシンの咆哮が轟き。

 カワサキのモトクロスバイクと、ダットサン・ハードボディは激しくホイールを回転させながら砂煙を巻き上げ。

 虹に向かって、駆け出した。――


おわり

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[良い点] 最初からブッ飛んでて面白い。 世界観のせいかも知れないが文章も先を読みたいと感じさせる何かが有る。 [気になる点] ただ、仕事の合間にちょっと読む文章量ではない。 休みに腰をすえてさあ読む…
[良い点] 久しぶりにダットサンの名前を聞きました。アメリカで日本車とは。結構面白かったです。
2018/04/08 07:55 退会済み
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