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洗濯科学のアッヒール

作者: 日野るる




 昔々、とある屋敷に暮らす一匹のアヒルがいました。

 そのアヒルは、暖炉の前に居座りクッションの上で優雅に寝ているみたいです。

 どうやら、クッションの中のタメィゴゥを温めているようですね。


 お母さんアヒルは、タメィゴゥを孵すため毛布にくるまったり


「グワッ! グワッ!」


 と鳴いて、屋敷の主人を呼びつけたりしています。

 呼びつけられた屋敷の主人も、お母さんアヒルのためにパネルヒーターを設置して去っていきます。


 その甲斐があってか、ようやくタメィゴゥが孵化するようです。

 タメィゴゥが一つずつ割れると、中からは黄ばんだ色のかわいいひなたちが顔を出します。


 ですが、巣の中で一番大きなタメィゴゥだけが、なかなか生まれてきません。

 お母さんアヒルは不思議に思います。


「温度管理が上手くいっていないのかしら」


 生まれてきたひなたちと一緒に、大きなタメィゴゥを暖炉の目の前まで移動させます。

 しばらく経って、やっとタメィゴゥを割って出てきたのは、たいそう体の大きい汚れに汚れきってみにくいひなでした。




 生まれたばかりのひなは、洗濯という水浴びで黄ばみを取ります。

 その為の準備として、まずは池で浸け置き洗いを実行することにより立派なアヒルへと成長することができるのです。

 みにくいアヒルの子は兄弟と一緒に池へ浸かりますが、黄ばんだ汚れではなく黒ずんだ汚れでは、どんどん池が汚染されていきます。


「ぼくに汚れがうつる」

「一緒に洗濯してほしくない」


 兄弟たちは次々に自分の意見を主張します。

 しかし、洗濯を一回で済ませたいお母さんアヒルは


「兄弟なんだから、みんな仲良く浸かりなさい」


 と言うだけで、池を別にするということはしてくれません。

 汚れが広がるせいで、みにくいアヒルの子に近づく兄弟はいませんでした。


 やがて、洗濯の時間がせまってきました。

 長い時間池に浸かっていたせいか、透明だった池の水は黒く濁ってしまっています。

 兄弟たちは池を出てからも文句を言っていましたが、お母さんアヒルは


「洗濯をして、立派なアヒルになるためよ」


 とみんなに言い聞かせます。

 もう少し浸かる予定だったみにくいアヒルの子も、その言葉を信じて池からあがることにしました。




 やがて、お母さんアヒルは洗濯を開始します。

 洗剤も柔軟剤も使いますが、アヒルのような羽に漂白剤を使うことはできません。

 なぜなら、漂白剤は強すぎて、すぐに羽が抜け落ちてしまうからです。

 お母さんアヒルはその事を知っていたので、浸け置き洗いをしっかりと行なったのです。


 そうして洗濯が終わった後、そこには立派に成長したアヒルの姿が何羽もありました。

 お母さんアヒルの浸け置きのおかげか、兄弟アヒルたちは黄ばみを完全に取ることができたようです。

 池でもらい受けた黒い汚れも、洗濯の前では無意味だったようです。


 しかし、みにくいアヒルの子だけは、どんなに浸け置き洗いをしても綺麗になりませんでした。




 立派なアヒルになった兄弟たちを横目に、みにくいアヒルの子とお母さんアヒルは汚れを落とすために苦戦します。

 初めのうちは色々な方法を試していたお母さんアヒルでしたが、しまいには、


「本当に頑固な汚れ。いっそ、超音波洗浄で綺麗になっていればねえ」


 と、ため息をつくようになりました。

 それを聞いたみにくいアヒルの子は、いたたまれなくなってみんなの前から逃げ出してしまいました。




 あてもなく飛び出しましたが、何をしても汚れが綺麗になりません。

 それどころか、ますます黒く汚れていきます。

 何をしても落ちない汚れに、アヒルの子も疲れ果ててしまいます。


 汚れを落とすことを諦めたアヒルの子は、汚れている自分の姿を見られないように過ごました。

 また、汚れが目立つと何処にいっても嫌われてしまうので、誰かに見つかると逃げ続けました。




 季節はいつの間にか、秋になりました。

 そんなある日、みにくいアヒルの子はこれまで見たこともないような、美しいものを目にしました。


 それは、白鳥の群れでした。

 漂白剤を使ったとしか思えないほどの、驚きの白さです。

 白鳥たちは、白く煌めく翼を羽ばたかせて、暖かい国へと飛んでいくところでした。

 いままで見たどんなものよりも美しい白さに、みにくいアヒルの子は呆気にとられてしまいます。


「ああ、僕もあんなに白くなれたら、どんなに幸せなことだろう」


 白鳥が驚きの白さを手に入れるために、どれだけの努力があったのでしょうか。

 しかし、綺麗になるための努力だけなら、みにくいアヒルの子も負けてはいません。


「薄汚れた僕が近づくだなんてとんでもない。でも、白くなる秘訣は聞きたいなあ」


 白鳥たちはここから羽ばたいて行ったので、春になる頃には戻ってくるのでしょう。

 みにくいアヒルの子は、勇気をだして白鳥たちに白さを手に入れる秘訣を聞くことに決めました。




 季節は冬になりました。

 みにくいアヒルの子はどこへいっても嫌われるので、じっと固まって白鳥たちの帰りを待ちます。


 思い返すのは、お母さんアヒルと一緒に色々な洗濯方法を試した日々です。

 そうして長い眠りについていましたが、やがてお日様がポカポカと暖かい日がやってきました。


「こんな日は、絶好の洗濯日和だろうな」


 待ちに待った春です。




 目の前の池には、いつの間にか戻ってきた白鳥たちの群れがいます。

 みにくいアヒルの子は、嫌われることを覚悟してその群れに近づくことにしました。


「すみません。教えてください」

「どうかしたの? かわいいひなちゃん」


 いままでみにくいとは言われてきましたが、かわいいと言われたのは初めてです。

 これも白さ故の余裕でしょうか。

 初めて言われたことで緊張してしまい、みにくいアヒルの子は聞きたかったこととは別のことを聞いてしまいます。


「漂白剤を使ったの?」


 アヒルには禁断とされている漂白剤を使えば、もしかしたら目の前の白さを手に入れることができるかもしれません。

 しかし、彼らの口から出てきたのは別の言葉でした。


「これは漂白剤の白さじゃないよ」

「ごらん、漂白剤を使った鳥よりも美しいだろう」

「なんてったって、強力洗浄に五十倍抗菌だからね」

「僕達も、昔は君みたいに汚れていたんだよ」


 その言葉を聞いて、みにくいアヒルの子は驚きを隠せません。


「そんなの、ありえないよ」


 しかし、白鳥たちは自分たちの池へとアヒルを招待します。


「なら、試してみるかい?」

「ありえないかどうかは、その身を持って体験すると良い」


 そういうと、白鳥はどこからかジェル状のボールを取り出して言いました。


「これを使えば、君も僕達の仲間になれるかもしれない」

「普通のアヒルたちは、僕達のところまで来る必要がないからね」


 みにくいアヒルの子は、わらにもすがる思いで白鳥たちにお願いします。


「僕も綺麗になりたい。お願いします!」

「その願い、聞き届けた」


 白鳥たちは、みにくいアヒルの子が池に浸かったのを確認すると、ジェル状のボールを池の中へと沈めました。

 沈めても何も起きる気配がないので、なんだかそわそわしてしまいます。


「大丈夫だよ、一粒ポンで洗い直しなしだからね」

「心配なら、そのまま寝ているといいよ」


 よく見ると、周りの白鳥たちも寝ているようです。

 緊張した疲れからか、いつしかみにくいアヒルの子も眠りについてしまいました。




「おーい、おーい」


 誰かの呼ぶ声で目が覚めます。

 長いこと一人でいたアヒルの子には、そのことが新鮮で思わず涙がでてきてしまいます。


「おはよう、ございます」

「終わったよ。水面を見てごらん」


 アヒルの子は、恐る恐るといった感じで水面を覗きます。

 もしこれで汚れが取れないとなると、せっかく優しくしてもらった意味もなくなるからです。


 アヒルの子が覗くと、そこには誰も見たことがないような白さを持った美しい鳥がうつっていました。


「これが、僕?」

「ああ。どうだい? 洗濯科学の力は」

「ようこそ、僕達の群れへ」

「新人さんが、一番美しいね」


 みんなが口々に言う声が聞こえてきました。




 これは、可能性が繋ぐifもしもの物語。

 そんなことありえない? ありえーるでしょ!

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