尊史-01
改行を変更。加筆。
--あれからどれくらい経ったんだろう。
メインカメラ越しにみたものは、血を流しながら逃げ惑う市民。
脆弱なガードのAVを蹂躙し、その地域の機能がマヒするように銃弾をばらまいた。
その下に、どれだけの命が避難しているか、そんなことは作戦開始した60秒後にはもう考えられなかった。
いや、自分のちっぽけな傭兵としてのプライドを守りたいがために、何も見ず、何も聞こえないように心を塞いだのだ。
それでも、爆音に混じって断末魔の叫びや、理不尽な暴力への怨嗟の声は聞こえていて、状況が落ち着いてしばらくたった今でも鼓膜の奥で延々と響くことがある。
--なぜあの依頼を受けたのか。
いや、判っている。あの当時、少し依頼の量が多すぎたこともあり、少し休暇にしようと思って、割のいい依頼を受けた……はずだった。
確かに、こちらが敵からの反撃で排除される心配は極めて低い状況だったが、半面、一方的に殺戮をしていくだけの依頼だった。
それは、戦う覚悟を持たない人たちの未来を奪うことだ。
だから、作戦開始したあと、躊躇い、受けたことを後悔してしまった。
--そして今。
今の俺は生きているのだろうか?それとも、死んでいるのだろうか?
ドンドンドン
けたたましくドアを叩いている阿保がいる。
応対するのはおっくうだと思いながら、上体を起こして周りを見渡す。
「たーかーふーみー!」
やや怒りを込めた調子で、張りのある女の声がドアの向こうから聞こえる。
俺のマネージャー兼オペレーターの彼女が、ドアの前で仁王立ちしていることだろう。
用件もどんなものか、想像はつく。
「……開けるわよー?」
有無を言わさず入ってこようとするあたり、切羽詰まった状況にあるらしい。
「開いてるよ。そこで喚かず入ってくれ。」
ドアの向こうにいる彼女にそう答えると、すぐさまドアが開き、赤毛のグラマラスな女が入ってくる。
「なんでデバイスの電源切ってるのよ?」
顔を合わせるなり、開口一番がこれだ。
「……通話するのめんどい。」
電源を切っていた理由を恵令奈へ伝えると、彼女は眼を三角にして怒り出す。
「……いい加減仕事してよっ!あとひと月も暮らせないくらいにまでなってるんだよ?」
困窮している現在の懐事情を訴えかけてきたその声は、最後には泣きそうになっていた。
まあ、ここ数か月まったくと言っていいほど仕事してないのだ、当然財政事情は困窮してくる。
わかっていても、正直またああいう出来事に出くわすかもしれない、という不安がのしかかり、依頼を探す自分の気持ちに蓋をしてくれるのだ。
「……放っておいて……」
「ほっとけるわけないでしょっ!」
いい加減見限ってくれ、と言外に言おうとしたところに、思い切り被せてくる。
そして彼女は一歩踏み込んでその両手で俺の顔をがっちり掴んできた
「私があなたを見捨てないって、そんなことできないってわかってるよね?」
憐れみとは違う、あの時も見せた表情。……なんていう感情だっけか。
「ねえ。独りで立てないから、支えてって言ったのは、あなたよね?」
「そんなことも言ったかね」
顔をしっかりつかまれている今、顔を背けようとしても、思い切り正面に持ってこられるだけなので、目を瞑って彼女の視線から逃げた。
「言ったわ。」
瞑った眼を空けるのを待っていた恵令奈は目線をそらさず、真っ直ぐに見つめてそう言った。
これ以上、ごまかそうとしても、俺が仕事する、と言わない限りずっとこのまま顔を掴んだまま対峙するだろう。
そう思わせるくらい、時間は経っていたと思う。
「……わかった。仕事しよう」