アリス-08
事後処理が終わり、アコナイトを整備ガレージへ送った後、亮平が声をかけてきた。
「……なんか貰ったんだが……」
そう言った亮平の手には、1粒の錠剤が有った。当の亮平は、これ以上ないほどに苦い顔をしている。どういう時に使うか、ということは把握しているのだ。
「はあ……デントレスト、だったか」
亮平が事後処理を待っている間、酔いの回った守備隊の隊長格に何やら絡まれていたのは見ていた。処理を優先するべきだと考えてたし、酔っ払いのあしらいを多少身に着けておいた方が今後のためでも有ったので、よほど暴力沙汰になりそうないざこざに発展しない限りは静観を決め込んでいた。
処理をしながら絡まれている亮平を見ていたが、一言二言やり取りした後、肩を組まれて手渡されたところまでは見た。
「いちいち他人の名前は憶えてない」
「で、私に使いたいのか?それ」
亮平は肯定も否定もせず、ただ迷惑そうにため息を吐いた。だが、その顔は、自分の中にある感情を押し込めようとしている感じを受ける。
緊張が解けて、魔が差した、という奴だろう。本来なら、この子だってガールフレンドの一人くらいはいて、スクールに通いながら平穏な生活を送っていたはずなのだ。
だが、あの事件に巻き込まれ、寄る辺をなくしてしまった。そして、今は復讐に燃える羅刹にならんとしている。だが、それでも人間は魔が差すと、タイミングによっては性欲が顔を出すらしい。
「思っていたよりは人間らしさがまだ残っているんだな。安心した」
「どういう意味だ」
「言葉通りだよ。あまりに視野が狭く、下ばかり見ていると、人間性も削ぎ落されていくだろうからな」
「ヒトらしい感情なんかに構っていられない」
予想通りの発言だった。
「要らないのなら棄てればいい。誰に使うわけでもないんだろう?それに、そいつは割とどこの軍や男女混成の舞台なら配られるものだ。乱暴狼藉を推奨するつもりでは当然ないが、こういう戦闘の後は男女問わず性欲が増してくるものが一定数いて、不慮の妊娠を引き起こすことがある。そう言うのをなるべく防ぐために、男女の作戦要員に定期的に配られているんだよ」
つまり、掃いて捨てるだけあるので、デントレストとしても捨ててしまって構わないと思っているはずだ。まあ、使わなかったことについて亮平が文句を言われてしまうようなら、私の責任において捨てさせたと言うとするか。
「……そういうものもあるのか」
「そうだな。お前はFAVの戦闘に関わることを最優先に教育されてしまったから、その辺を知らないだろう。それは仕方ないさ」
知らなかったことは恥にはならない。教えてくれる場も人も無いのだから。そもそも、そう言った侮辱する発言を亮平は基本的に気にしないだろう、とも思い当たる。
他人がどう言おうと、ただ自分の目的を果たす。今のあの子は、亮平はただ荒川尊史という傭兵を抹殺することを念頭においている状態なのだ。
「さて、報酬も確認できた。一旦拠点に戻るぞ。ひとまずそれは捨ててしまえ」
受けた依頼の最終処理が終わったことを確認し、亮平を促す。先に亮平へ教えた通り、避妊薬はいつでも手に入るし、万が一姦通することがあったとしても、私には必要ない。もしかしたらあの子にも必要ないのかもしれないが。
いずれ色で搦手を講じる輩へ対策する意味でも、色事を教えておいた方がいいか?など取り留めも無く考えつつ、私たちは拠点へと帰着する。
【機体解説】
FAV:機体名:アコナイト(トリカブト)
※トリカブトの花言葉:復讐、死
杉屋亮平の2番目の機体。
機動特化の訓練後、スローンを軽量化し、スラスターおよびジェネレーターの出力を大きくした中量高機動型。軽量化の宿命として装甲が薄くなった。その分、スペックを十二分に引き出せれば並の軽量機以上の機動力を発揮する。が、相当にピーキーなため、少しでも集中が切れるとすぐに振り回されるじゃじゃ馬機体。
以前使用していたアサルトライフルより軽量化するため、サブマシンガンを右腕に、左手には装弾数が少ない銃身を切り詰めたタイプのショットガンを装備。
これに伴いFCSは近距離~白兵戦型に変更。また、オプションとしてリロードシステムを搭載。これは両手に銃を装備したことにより必然となるオプションで、マガジン換装時に利用されるオプションパーツである。装弾数を多くしたい傭兵が好んで使う。
背部武装は低出力の軽量のスラッグガンを装備。ミサイル装備よりは軽くできるため、基本はこの武装。相手によってはマイクロミサイルを使用することもあった。FCSとの兼ね合いで火力を補うための武装として選択された。
左手ショットガンより射程が長く、また、散弾により弾幕が作られるため、接近するための切り込みをする際に選択される。レーダーは頭部パーツに中~近距離に対応するレーダーが組み込まれている。
FAV:機体名:アルバトロス
アリス編の敵性機体名。
ヴェルトリフが搭乗。火力重視の中量機。装甲は並みの中量機程度の機体。
機動力を活かすのではなく、比較的性能の高いFCSの射線補正機能を使いつつ、確実に敵を撃破するスタイル。高威力の単発型ライフルを左腕に装備。右腕は至近距離用のサブマシンガンを装備する。精度を高めたい場合は右腕の武装を格納し、ライフルを以て狙撃する。スナイパーライフル並の精度では無いが、敵の機体における関節部や接合部など弱点を攻撃し、無力化を図る。
背部武装は広域レーダー、大口径レールガンか、弾幕を撒くためのガトリングガンのどちらかを選択。亮平戦では悪いことにチェーンガンを選択してしまい、己の勘の悪さを呪ったという。
いずれにせよ亮平のアコナイトとでは相性が良くない機体であるため、自分の有利な戦場を選べなかった時点で敗北は決まっていたのだが。