脅威存在へ捧ぐ覚悟─弍
煌々と紅く、空に映る巨大な魔法陣。シズハはそれに手のひらを翳そうとする。
「センちゃん、まだ動けるようなら、なるべく離れて」
シズハは振り向き、微笑みながら続ける。
「熱いかもしれないから、ね」
今からシズハが行おうとしている事の凄烈さを知っている。それは最早、魔法だからと一括りに纏めあげる事が出来ない程に激しく、それが全力であれば、著しくこの世の理を無視しているとも思わせる所業。恐らくそれを、今から彼女は平然と行うのだろう。
(シズハの全力、見るのは魔力検査の時以来か。)
ゆっくりと後ろへと下がりながらシズハの背中を眺める。
(全力、ね)
シズハの背中に、翼のように広がり、熾烈に昂る炎を空目した。
「シズハ!」
シズハは、俺の呼び掛けにすぐさま振り向いた。
「俺の事は無視しろ! ありったけぶっ放せ!」
そう叫ぶと、シズハは歯を見せて笑う。その笑みは、普段見せるそれでは無く、彼女の内に眠る凶暴性を、これ見よがしに露呈させた笑みだ。滅多に見られないその表情に、俺は身体を震わされた。
「──紅き焔、猛く嘶け」
その声に呼応するように、魔法陣から濁流のように灼熱の焔が溢れ出す。焔はシズハの周囲を、竜が空を舞うように漂い、次にかかるべき号令を心待ちにしているようだった。
「──界を繋げ、」
次の号令の為にシズハが口を開いた瞬間
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巨大な咆哮が一つ谺する。天災は天を仰ぎ、赤黒い塵を、開かれた胸部の眼に集約させていた。
「まずい……! 《大凍結》ッ!」
俺は咄嗟に海を凍らせ、シズハを護るように氷の柱を生成する。
──が、柱と氷海は生成されてすぐに融解し、水へと還った。シズハが喚んだ焔が、それらを全て溶かしたのだ。
「……っ」
見上げたシズハの表情は、焔の熱に歪められて見えず、だが、きっと焔の奥で先程と同じ笑みを浮かべているのだろう。
「手ぇ出すな、ってか……」
不思議と口元が緩む。それがシズハの選択だと言うのなら、俺はそれに従っていればいい。
「──界を繋げ、焔よ、其の概念に形を成せ」
焔がシズハの体を包み込み、巨大な火球を形作る。
「セン、危ないっ!」
唐突に誰かに襟首を掴まれ、後ろに引っ張られる。この声は──
「第一級結界魔法『taplteprs』!」
眼前に緑色の魔法陣が幾重にも展開される。こんな結界を使える知り合いなんて一人しかいない。
「アゲハさんっ!?何でっ」
後ろを振り向けば、そこには見慣れた漆黒の長髪と、琥珀色の瞳の女性。シズハの母親、片霧アゲハが居た。
「いい加減……っ、君もお母さんって呼んでくれないものかなっ!」
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「──召喚、バハムート!!」
天災は咆哮と共に、集約させた塵から、衝撃波で海を割る程に凄烈な光線を放つ。
シズハの号令と共に、火球はひび割れ、直下の海を全て巻き上げる程に凄烈な爆発を起こす。
二つの強大なエネルギーがせめぎ合い、衝突し、干渉する。ただでさえお互い規格外、人類が扱えるものとは程遠いレベルだというのに、それが混じり合う。
──即ち、核融合に匹敵、あるいはそれも超える熱量が、今放出されようとしているのだ。
「うぁ……っ!」
閃光が放たれ、轟音と共に空間が揺れる。腕で目を覆えども、その眩さに暫く視界は明るいままだった。
耳を劈く轟音の中、眼前の結界にヒビが入る音が微かに聞こえた。
「耐えてくれよっ……! タルタロス!」
アゲハさんが腕を伸ばす気配がする。きっと結界に魔力を送り込んでいるのだろう。
1分間程だっただろうか。凄まじい光と、結界越しに響く、耳を劈く轟音は収まった。
発生した熱量と衝撃波は、アゲハさんが未然に展開した結界により、ひび割れつつも完全に防御されていた。しかし、エネルギーの放出が終わると、タルタロスは音も無く崩壊し、消滅した。
周囲は、海が全て蒸発し、地表面は赤熱していた。ふと今いる場所がシミュレーターの中である事を思い出し、安堵した。
しかし天災は健在だ。
シズハはどこだ? まさか先の爆発で……などと要らないことを勘ぐる。
先程までシズハが居た場所には、一体の巨大な龍が、翼を広げ、静かに天災を睨みつけていた。
──紅く燃ゆる鱗に、劫火を纏う翼。
──天災に匹敵する巨体が、紅炎の息を吐く。
その紅い躯体が魅せる威圧感に、俺は息を呑んだ。
「……バハムート」
その巨龍こそが、シズハが喚んだ、彼女の眷族なのだ。




