謀られたアクシデント─参
シズハを抱き締めたまま、近くに見えていた岩場の陰へと退避する。
天災には、打ち込んだ氷塊が深々と食い込んでおり、その動きを拘束している。一時的な休息時間になれば良いが……
シズハの表情に、あまり恐怖の色は見受けられない。だが、細かく震えている上に呼吸も若干早くなっている。
きっとシズハは俺の前だから、と強がって平静を保っているつもりなのだろう。
「シズハ、震えてるけど」
そう言うと、シズハはハッとした様子で俺から離れると、両手を振って言った。
「べ……別に、そんな事ないよっ。その……さっきまで体が動かなかったから……っ、急に動けるようになったから……っていうか」
「はいはい」
誤魔化すシズハの頭に手を置くと、顔を赤くしてそれを振り払った。
一呼吸おき、小さく呟く。
「……こんな事してる場合じゃない、か」
それはシズハにも聞こえていたようで、彼女は普段見せないような真剣な表情で
「……センちゃん、時間……稼げる?」
と言うシズハの横顔に、一瞬、けれども長く、俺は息をするのも忘れる程に魅入ってしまった。
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氷塊が崩れ落ち、拘束から解放された天災は、低く唸り声を上げ、鮮血で周囲の海や岩場を赤く染め上げながら、ゆっくりとこちらに迫り来る。
俺はその様子を岩場から眺めながら、彼奴の眼前に飛び出すタイミングを伺う。
「センちゃん」
後ろからシズハに呼ばれて振り返ると。シズハは、仄かに赤く光る複雑な紋様の描かれた石を投げ渡してきた。
「準備が出来たら合図する。そしたら、その石を上に放り投げて」
俺は頷き、その石を握り締める。
「センちゃん」
二度目の呼びかけには振り向かない。シズハの言いたい事は大体分かってる。
「無理はしないで」
その声は、静かに俺を奮起させた。
──ああ、勿論だとも。
天災が辺りを見渡すように首を振る。
──今だ……!
「脚部魔力展開、最大出力!」
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シズハが動けなくなっていた時、天災は1度たりともシズハを凝視して、その視線を外さなかった。
天災が対象を視界に捉えるだけでそうなるのか、あるいは対象を凝視しなければならないのか。どちらにせよ、厄介な力である事に変わりはない。
「……ま、要は姿を見られなきゃ良いんだろっ!」
なるべく天災の視界に入らない様に、彼奴の周囲を隼のように旋回する。
時折海面スレスレを飛行し、海から氷の柱を生成し、天災の視界と、その動きを妨害する。
「……はっ! 天災つってもこんなもんかっ!」
天災の背後に着水し、海に手をかざす。
「《大凍結》、《氷結戟槍》!」
海が手のひらを中心に広範囲に渡り凍結し、天災の足元を固める。更に鋭い氷の槍が無数に突き出し、天災の体を穿き、鮮血が迸る。
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天災は大きくその身を捩り咆哮をあげる。そのまま低く唸り、藻掻く。
「手応えが無えなぁ……まさか本当にこれだけ……ッ!?」
一瞬、本当に一瞬の出来事だった。
「ッ……!」
一瞬だけ目を逸らしたその隙に、突き刺さった氷の槍を全て折り、足元の凍結すら無視して眼前まで迫り、その巨腕をしならせていた。
「……! 脚部魔力展開、オーバーフロー……ッ!!」
脚に強い電流の流れるような痛みと、筋肉が裂かれる様な痛みが同時に走る。そんなものに一々反応できない。凍った海を蹴り飛ばし、急速に上空へと退避する。
天災はそのまま腕を振り、凍った海を抉りとっていた。もし回避ではなく防御を選んでいたら、と思うと寒気がする。
だが……脚は暫くは使えなさそうだ。シミュレーションとはいえ、無理を通し過ぎたか。
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「……何だ?」
天災は、再び咆哮をあげるとうずくまり、周囲に黒い塵のようなものが漂い始める。俺はその塵に不穏な何かを感じ、ゆっくりと後退りをして天災から離れようとする。
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「……んなっ!?」
一際大きなその咆哮に呼応するかのように、周囲の塵が赤黒く発光し始め、天災の背中に集結し、三対の翼のようなものを形作る。
「……まさか、飛ぼうってのか……!」