謀られたアクシデント─弍
紅く染まっていく空を、ただ唖然と見つめていた。夢で見たのも、10年前に見たのも、こんな空だった。血で染まったような紅は、まるで死者の怨念の色が映されているようだった。
龍のような頭部に、見開かれた三対の眼孔、ヒトのような骨格に、ルビーのように煌めく鎧装の鱗、どんな資料にも記載されていない、誰の記憶にも残されていない。その巨大な異形の者を、私は確かに天災だと確信した。
直接見た事なんて一度も無い。それなのに私は、はっきりとその姿を覚えていた。
これはシミュレーションなんだ、そう自分に言い聞かせても、記憶の底に深く根付いた惨劇の景色がフラッシュバックして、胸を締め付けられる。
でも、センちゃんは今生きている、そう感じ取れる、だから私は今正気でいられる。
センちゃんは私の場所に気付いてないけれど、私はセンちゃんの居場所を把握出来ている。それだけで充分。
「早く、センちゃんのところに行かな──」
突如として身体が硬直する。理由は分からないけれど、見えない何かに束縛されているように感じた。
「っ──!何……で……っ!?」
▅▅▅▅▅▅━━─▅▅▅▅▂▅▅▅━━━!!!!
天災は私を凝視し咆哮を上げる。その咆哮は、全ての生物の鳴き声を混ぜ合わせたかのような混沌とした響きを生み出していた。
「……っ!何で……動かないの……っ!」
ゆっくりと天災が迫ってくる。逃げたくても身体が動かない。
─怖い……
─怖い……
─怖い……!
天災は腕を振り上げ、力を溜めているのか、筋肉が隆起している。
体が動けば、すぐにでも対抗出来るのに──!
天災が息を吐き、すぐに筋肉の軋む音が聞こえてくる。
▅▅▅━━──!!!!
「嫌……っ」
恐怖のあまり目を瞑った、風を割く音が聞こえる。
──はるか上空から、天災に向かって何かが飛来するように。
「天災!!そこで……止まれぇぇえッ!!!」
聞き慣れた人の声の怒号が、幾つもの巨大な氷の礫と共に天災に向かい降り注いだ。
▅▅▅▅▂■━▂▅▅▅▅▂■▂▂▂▂▂!!!!
その衝撃で、天災の体勢は崩れ、視線が私から外れた。
「……!身体が動く……!」
身体が動くようになり、すぐにセンちゃんの側まで移動した。
「シズハ!良かった……」
するとセンちゃんは安心した様子で、私を優しく抱きしめてくれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
天災が出現して、徐々に空が紅く変色していく。この不気味な紅さは、いつだったかこの目で見たような気がした。
周囲の魔力濃度は、雲が晴れてから少しだけ濃くなったような気がする。あの雲は魔力の塊だったのだろう。
もしかすると、シズハは海上スレスレの場所にいるかもしれない……と少し考えていたその時。
▅▅▅▅▅▅━━─▅▅▅▅▂▅▅▅━━━!!!!
その異常な響きの咆哮が天災から発せられた。
「咆哮……?何故……」
突然の咆哮の理由を考える間もなく、天災がゆっくりと動き出すのを見て、直感的に感じ取った。
──天災の向かう先にシズハがいる、と。
ならば当然、急いで向かわなければ……!
「脚部魔力展開、最大出力……!」
肉体への負担は大きいけれど……これはシミュレーションなんだ。少しくらい、無茶も通して貰わなければ……!
身体を曲げ、脚に魔力を集中させる。
「ぐっ……」
ふくらはぎから足首にかけ、骨が軋むような激痛に蝕まれる。が、この程度ならば耐えられる。
「待ってろ……!」
魔力を集中させた脚で、空間をありったけの力で蹴り、飛翔する。
──このまま……風を裂いて……音にだって……!
脚の痛みは収まらない、しかしそんな事はどうだっていい。もっと速く、もっと速くシズハの元へ……!
周囲の魔力濃度が高くなってきた。天災に近付いている証拠か、心臓が締め付けられるような感覚を覚える。
「……! 居た……っ! ……シズハ?」
ようやくシズハを視認出来たが、その場で異変に気付き、進行を止める。シズハは、その場から一切動かず、じっと天災の方を見ていた。
「シズハ……! 何をしてるんだ……!」
叫んだ所でこの位置では聞こえるはずもない。
──嫌な、予感がする。
「起源魔法……《氷結》……」
周囲に幾つかの氷塊を生成し、その氷塊の尖端を全て天災へと向かせる。
「《突風》!」
全ての氷塊が、天災に向かって降り注いでいく。それと同時に、天災が腕を振り上げ、シズハに向かって今まさにその腕を振り下ろそうとしていた。
「……ッ! やっぱりか……!」
再び空中を蹴り、飛翔する。痛みで脚の感覚が鈍ってきているが、気にすることでもない。
「天災!!そこで……止まれぇぇえッ!!!」