謀られたアクシデント
「……っ!!? んなっ……落ちっ……」
独特の浮遊感で目を覚ました瞬間、俺の体は宙に投げ出されていて、落下している事を理解した。
──この状況だ。色々と考えるよりまずは自身の安全確保を……っ
「フューラー……!」
そう詠唱すると、脚に魔法陣が展開される。この魔法は、脚部に魔力を集中させ、それを放出させる事で空中での機動性を得るものだ。
素早く仰向けに落下していた体を回転させ、空中に立つように体を起こす。
仰向けのままでは真っ青な空しか見えなかったのであまり違和感は感じなかったが、体を起こし、自分の下方で渦巻く雲や、雲海の隙間から垣間見える青みを見て、はっきりと感じる違和感。
──上空、雲のはるか上に自分がいる事。
「何で……俺はこんなところに……?」
普段通りのシミュレーションであれば、出てくる場所は主に陸上。時々海上の空中に放り出される事もあるが、それはこんなに高度を伴ったものではない。
……まあ、普段通りではないというのは、最初から分かってはいたのだけれど。
それと、一緒に転送されたはずのシズハが近くにいないのもおかしい。姿が見えないどころかシズハの魔力すら感じられない。一体どこに──
「──ッ!!」
突如として、これまでに経験した事の無いような悪寒が背筋を駆ける。同時に心臓が鋭いものに抉られるかのように痛みを感じ、直感的に渦巻く雲の中心を睨む。
渦を巻いていた雲は、中心から紅く光を放ち、その光は徐々に広がり、雲を十字に引き裂いてゆく。雲が消えていくにつれ、心臓の痛みと共に恐怖が増幅していく。
「そんな……っ……アレはっ……!」
光の中心から天に向けて膨大なエネルギーの光線が打ち放たれ、その衝撃波によって空を覆っていた雲が全て消失し、大海を紅く照らす光の中心に鎮座する怪物、その姿をこの目に見た。
──彼の怪物の名は──
「天災……ッ!!」
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「projection─Talos。上手く起動したね。結構な事だ」
彼女はモニターの前で笑みを零す。その笑みは深く闇を孕んでいるようにも、全てを見透す優しい微笑みのようにも見えた。
「おやおや、君も来ていたのか。久しぶりだね、千年前以来か」
あなたにとっては数日ぶりのはずです、と私は彼女を諭した。
「ははは!それもそうだね、君にとっては十数年ぶりなんだろう?私に会うのは」
その姿を見るのは初めてですが、と私も冗談を込め笑う。
「しかし、未だこの体には慣れなくてね。いくら適合者の肉体と言えど、まさか性別が異なるとはな……」
これで少しは女グセの悪さも治るのではないですか?と皮肉を飛ばすと、彼女は困ったな、とでも言いたそうに頭を掻いた。
「しかし悪いね……いくらこの先の人類、ひいては宇宙の存続の為に、君がこの十数年で育てた子達にこんな事を……」
私は首を横に振った。貴方に非はない。全て、全て狂ったのは、あの天災が現れたから。そう私は言った。彼女は物憂げな笑みで返した。
そして、すぐに表情を変え、真剣な眼差しで私の目を見て言った。
「片霧アゲハ、君も宇宙存続の為の、重要なファクターの一人だ。これからも、ボクに付いてくれるかい?」
返答はただ一つ。
「勿論です。この世界の為に、親友との約束の為に、私は貴方に従います。誓って、必ず」
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「……センちゃん……っ……どこ……!?」
分厚く渦巻く雲の下、無駄に広い海原の上空で、私はただひたすらに彼を探していた。
「〜〜っ……魔力も感じない……」
4km圏内なら彼の魔力を感知できる。でも、この海の上にはいない。なら、センちゃんは一体どこにいるの……?
「……センちゃん、どこに……っ!?」
突如として空気が振動した。それと共にこの空間の魔力が異常な励起を始め、静電気を生み出し始めた。
「何……これ……」
突然の事態に、私は思わず息を呑んだ。
稲妻が、渦巻く雲の下に収束し、紅く煌めき始める。そして、紅い輝きと共に空間がひび割れはじめた。
──この光景を、私は知っている。もう昔に過ぎた悲劇の筈なのに、つい最近この景色を見たような気さえする。
「天……災……!」
光を放つ空間から、膨大なエネルギーの光線が、分厚い雲を貫き消失させる。
それと同時に──
「……! センちゃん!」
私は、上空にいる彼の魔力を感じ取った。