プロローグ
発令所の職員達は、皆慌てふためいていた。
「あの怪物を近寄らせるな!防衛戦線は何をして…!」
「南部補給拠点、防衛前線拠点、連絡途絶!」
発令所のモニターに映し出されているのは、海上に浮遊する巨大な龍のような怪物。それは明確な敵意を剥き出しにし、いくら爆撃されようとただ真っ直ぐにこちらへと進撃し続ける。
「目標内部に高エネルギー反応!形状変質!」
「列島西部が焼き払われた時と同じ…!結界を…確実に破壊するつもりか…ッ!総員、衝撃に備えろ!」
怪物の眼孔には無数の瞳がひしめき合い、その全てが紅く染まり、こちらへと焦点を合わせている。
彼奴の胸部の裂け目が開き、巨大な瞳が露わになった。モニターに映し出されたその瞳には、この街が映り込んでいるように思えた。
「反応捕捉!光線、照射されます!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
空が眩く光ったと思えば、そのすぐ後に小さな私の身体は衝撃波に吹き飛ばされて、尻餅をついていた。
上を見上げると、まだ空は白く眩しくて、何故か亀裂が走っていた。
隣にいたお母さんは、空が光る少し前に、私に向かって
「どこかに隠れていて」
と言うと、慌てた表情でどこかに走っていってしまった。
空が眩しくなくなると、空の亀裂がじわじわと崩れていき、崩れた所から、空は少しずつ紅く染まっていった。
─その少し後、だった。
空は全部紅く染まり、そんな空から大人の二倍くらいはありそうな大きさの異形の化け物が何体も降りてきたのだ。
異形の化け物の何体かは建物を破壊していき、何体かは魔法で抵抗する人々を蹂躙し無惨に殺していく。
─確実に、この街が壊れてゆくのを、私は、高台の物陰から傍観するしか出来なかった。
そんな中、ふと幼馴染みの顔が脳裏を過ぎった。
街の南側半分が破壊し尽くされた頃、もうすぐ近くまであの化け物は迫っている。でも、急げばまだ彼を助けて逃げられるかもしれない。
そう思っていた矢先、私の耳は彼の叫び声を捉えてしまった。
私の中で恐怖と絶望が増幅され、胸が締め付けられるような感覚に表情が歪む。
ただ我武者羅に声の方向に向かって走り、声を失う。
そこにあったものは、心臓を抉られ、右腕と左脚を喪った、幼馴染み“だったもの”
脚の力が抜け落ち、その場にしゃがみ込む。
「────」
彼の死体をそっと抱き上げ、胴体に顔を埋め、そして声にならない叫びを上げる。
背後を通った化け物が私に気付き、近付いてくる。当然、私を殺す為に。
─でも、私はその時─
「センちゃんを────返して」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「シズハ、いい加減に起きろ」
「ひぇあっ!?」
耳元で囁かれた声に驚いたのか、安心したのか分からない。取り敢えず私は反射で掛け布団を蹴飛ばしてしまったらしい。
机の椅子に腰掛けているその少年の姿を見て、さっきまで見ていたものが夢だったと確信する。そして、同時にどっと安心感が溢れてくる。
「こんな時間まで熟睡なんて珍しいじゃないか、休日だから何も言わないけど」
「あぅ…センちゃん、良かった…」
「何が良いんだか、時間見ろ時間」
そう言われて枕元の時計を見る。デジタル表示で11:15と大きく表示されている。…11時…?
「11時ぃ!?ヤバっ…大遅刻…って」
「休日だぞ」
「あれ?あ、そっか…」
一瞬、本当に焦った自分が馬鹿らしい。
…にしてもさっきの夢は、いや、夢と言えるのか分からない。やけに鮮明に残るあの景色は、いつの日か見た事のあるような景色だった気がする。