第一章2 『ブルーメ』
広間に射し込む太陽の光が、大きな木製のテーブルを照らす。その光は広間に入る前にステンドグラスを通り様々な色に輝く。
そんな幻想的とも呼べそうな広間でノインとフィーアが雑談をしていると。彼らが広間に入る際に使った扉がゆっくりと音を立てて開き、二人の男が中に入ってきた。
「やあフィーア、もう来ていたんだね」
フィーアに話かけてきたのは、ほんの少し青みがかかった白い髪の毛をした人物だった。前髪にはウェーブがかかっており紫色の瞳をしている。襟のついた青いコートを着ており、首には銀に輝くドッグタグがかけられている。
「お! なんだなんだ元気そうじゃねぇか!」
ノインにそんな言葉をかけながら、青白い髪の毛の男に続いて肩まで真っ赤な髪を伸ばした男が広間に入ってくる。真っ白なシャツの上からオレンジ色のパーカーを被り、首にはドッグタグ意外にも様々なアクセサリーが輝いている。
「えっと……」
ノインが初めて見る顔に少し困惑し、フィーアに助け舟を求めていると、青白い髪の青年が何かに気付いたような顔をして口を開く。
「ああそうか、君に素顔を見せるのは初めてだったね――僕はアインス・ブルーメ。 それでこっちが僕の相棒の――」
「うッス! ツヴァイ・ブルーメだ」
二人の言葉にノインは思わず固まる。そう現在ノインの前に居る二人が彼を背負って、瘴魔から助けてくれた張本人なのだ――
「昨日はマジで助かりましたぁぁぁぁぁーー」
二人が名前を告げた瞬間にノインは、まるで音速かと錯覚してしまうほどの速度で土下座していた。あまりの速度そして突然の行動にフィーアを含めた三人の顔が驚愕に染まる。
そんな、驚愕の拘束から真っ先に抜け出したのはツヴァイと名乗った赤毛の男だった。
「あーナシナシ! そういうのはナシにしようや、俺そういうの好きじゃねぇんだわ……つか普通に怖いからやめろっての!」
「あ、そう? じゃあやめる」
「ん?」
ツヴァイが思ったよりもあっさりと土下座の体勢を手放したノインに、ツヴァイは若干の違和感を感じつつも話を続ける。
「ま、まぁ兎に角だ! お前が俺達に助けられた事を恩に感じる事はねぇっつってんだ、アインスはともかく、俺は交差点でのアレを貸しだとは思ってねぇからよ」
「わかった恩とも借りとも思わない事にする」
「んんん?」
ツヴァイの言葉に一切抑揚の無い声でノインが告げる。恩義に感じなくて良いと言ったのはツヴァイ本人であったが、その事に対してあまりにも素直に従われると何故か釈然としない気持ちがツヴァイの胸を満たす。
「その反応何だか知らねぇが腹立つな……」
不服そうなツヴァイの顔を見てノインはゆっくりと立ち上がると、大きく咳払いを一回する。
「まあ冗談はさておき、交差点ではサンキューな、えと……ツヴァイにアインス?」
「おう、気にするな……死ななくて何よりってやつだな」
ノインの背中を遠慮なくツヴァイが叩く、そんな状況に苦痛の表情を浮かべるノインを見ながらアインスも口を開く。
「ツヴァイがさっき、アインスはともかくって言っていたけど、僕も君を助けた事を貸しとは思っていないからね」
「ああ、ありがとう」
アインスにお礼を告げたノインであったが、何時の間にかツヴァイと肩を組んでいる事に驚く。ノインとしては命を救われ、感謝してもしきれないくらいなのだが、どうやらアインスとツヴァイの二人は――特にツヴァイは一切そんな事を気にしていないようだった。
そんな状況を見てフィーアが呟く。
「……ツヴァイさんらしいですね……」
その呟きを拾っていたアインスは、遠くで肩を組み談笑している二人を見て答える。
「そうだね、女好きで楽観的なところは改めて欲しいけど、ツヴァイのああいうところは素直に彼の長所で、見習いたいところだと思うよ」
フィーアとアインスによって送られたツヴァイへの評価は、どうやら噂の彼の耳にも届いていたようで、少し恥ずかしそうにツヴァイは頭を掻きながら椅子に座った。
「――そんで? 結局のところこれからお前はどうすんだ?」
ツヴァイの発言にアインスは手を頭に当ててヤレヤレと言った仕草を見せる。
「はぁ……昨日ヌルが言っていた事をツヴァイは聞いていなかったのかい? 彼は……いやノイン君は、今日から正式にブルーメに所属する事になったはずだよ」
「なんだ? そうなのか?」
ツヴァイはフィーアの方を見ると、フィーアも肯定をその首を縦に振ることで示す。
「ならノイン! こっち着て座れ、一緒に男同士の積もる話しでもしようぜ!」
「いやいやいや、出会って数分で積もる話なんてねぇよ! ツヴァイのコミュ力どうなってんだよ!?」
「んそうか? ……まあ別いいだろそんな些細な事、兎に角俺と一緒に遊ぼうぜ」
「嫌だ、何故だかはわからないがその遊びには危険な雰囲気を感じる」
逃げ出そうとするノインの腰を素早くツヴァイは両手で掴む。
「ままま、そう言うなって!!」
「止めろ、離せ!! ってツヴァイの握力おかしいだろ!?」
ノインは全力を持って振り解こうとするも、その努力空しくツヴァイの方へと引き摺られる。
「いやぁぁぁぁ離してぇぇぇぇぇぇぇ」
やや強引にツヴァイの横に座らされたノインを見て、アインスは頭が痛そうに溜息を吐く。
「いやしかしツヴァイの社交性は本当に凄いね、一方的とは言えもう彼を気に入っているみたいだ」
「……さすが、他の抵抗組織の女性を見ては口説いているだけはありますね……」
フィーアが放った毒のある言葉に苦笑いでアインスが訊く。
「本当にフィーアはツヴァイが苦手なんだね……。 ……ところでフィーア、遂に相棒を決めたらしいね、君の過去を知ってる僕としては正直君が相棒を指名するとは思わなかったよ。 彼の――ノイン君の何処が気に入ったんだい?」
「……気にいったというか、そうですね……敢えて言うなら『同じ臭いがした』でしょうか?」
「ふぅん……?」
フィーアの発言に若干の疑問を感じつつも、ツヴァイの一方的な会話と言う攻撃を受けているノインに、いい加減助け舟を出そうとアインスが椅子から腰を上げたところで、扉が再び開かれた。
広間に入ってきたのは身長が二メートルはあるだろうかと思うほど、巨体で褐色の男。そしてそれとは対象的に小さく頭にベレー帽のような帽子を被った、中性的な顔立ちの男の子だった。彼らを見てアインスが挨拶を送る。
「やあ、ゼクスにドライ!」
アインスの挨拶も早々に、小さな男の子がノインの元まで走りよってくる。ツヴァイの会話から逃れられる事が出来るのはノインにとって非常に嬉しい事なのだが、近付いてきた少年の首にかかっているドッグタグよりも存在感を放つカメラと『個性的』というフィーアの発言がノインに厄介事の雰囲気を感じさせた。
中性的な顔立ちの少年の大きな目が、さらに大きく開いてノインの姿を捉えると満面の笑みを浮かべて話し始める。
「ややや! 貴方がノインさんですね! 僕はドライといいます、いや~お会いで来て光栄です!」
「は、はぁ……どうも」
ドライが差し出してきた手に握手で応じると、ドライは嬉しそうにその手をぶんぶんと振り回す。やがてその手を離したかと思うと、その手は次に服についたポケットから手帳とペンを取り出した。
「それで! それで!! 適格者というのは一体どんな感覚なんですか!?」
「ちょっと!? 近い近い近い!!」
ぐいぐいと顔を近づけているドライの目はきらきらと輝く。その輝きには好奇心という色が見え隠れしている。
「おいおい! ノインお前……適格者だったのかよ!?」
「ツヴァイは本当に昨日のヌルの話を聞いていなかったんだね……」
「アインスさんツヴァイさんが人の話を聞かないのはいつもの事かと……」
アインスやツヴァイ、フィーアに助けを求めようとしてもどうやら皆、助けてくれる気はないようだ。
すると褐色の大男がその大きな手をノインとドライの間にいれ、力強く二人をひきさいた。
「ちょっと! なにするのさゼクス! せっかくの僕の取材を邪魔しないでよね!!」
成る程どうやらドライは根っからの記者という奴らしい。引き離してくれたゼクスにお礼を言おうとノインは口を開く。
「助かったよ……俺はノイン・ブルーメよろしく頼む」
「……………………」
そう言ってノインは右手を差し伸べるが、ゼクスはそれに対して無言と握手で応じる。ノインが不思議に思っているとアインスがゼクスについて補足する。
「あーノイン君、気にしなくていい……ゼクスはちょっとね、喋れないんだ」
「おっと……そりゃ失敬」
ノインはアインスの説明に理解を示し、ゼクスの手を再び硬く握った。
「さ・て・と! ノインさん、僕の質問に答えてもらいますよ~」
ゼクスと握手を交わすノインの元に、自身が持つペンのノックカバーをカチカチと鳴らしながらドライが近付いてくる。
ノインはちらりとゼクスを一瞥すると、それに気付いたゼクスも軽く頷く。
「おっしゃドライ、俺に質問したければこのゼクスシールドを打ち破ってから来い!!」
「……………………」
言葉と共にノインはゼクスの後ろに周る、それに併せてゼクスも姿勢を少し前に傾け手を出す。ゼクスから感じる『壁』にドライは思わず唾を飲み込み喉を鳴らす。
「ちょっとノインさん!? ゼクスの後ろに隠れるのはさすがに卑怯ですよ!?――と言うかゼクスも何で初対面の人をそんな真剣に守っているんですか!! しかも超息ピッタリですよね!?」
そんな騒がしい三人を遠方から眺めていたツヴァイが感心で言葉を零す。
「あいつら初対面同士で良くあそこまで話せんな、普通にスゲェわ」
「ツヴァイ……君も人の事を言えないと思うけど」
「……ツヴァイさんは人の事言えないと思います」
「え?」
ツヴァイに的確な突っ込みをアインスとフィーアが入れたのと同時にまた広間に通じる扉が開く、それを見てアインスが呟く。
「どうやらヌルを除いて最後の二人が来たみたいだね」
その言葉にノイン達も扉の方に視線を向ける。
そうした中広間に入ってきたのは二人の女の子。双子か姉妹だろうか、お互い顔と背丈が非常に良く似ている。しかし服装だけは決定的に違った。
片方の女の子は真っ黒で派手な装飾が施された服――所謂ゴスロリのようなファッションをしており、頭には角のような短い突起が生えている。それに対してその女の子の後ろに隠れるように普通の格好をした女の子が入ってくる。
ゴスロリ風の女の子は迷いなくノインの元まであるいてくるとその口を開いた。
「貴様は…………いや、名乗らずとも良い……解るぞ貴様はかつて第三十八並行世界で我と共に世界を救った魔の一族であろう? いやはやこんな所でまた巡り合せるとは、運命の歯車も中々罪深いものじゃの」
「へ……?」
一瞬ノインには彼女が何を言っているのか解らなかった。しかし咄嗟に返答を考える為に頭を回転させると、とある病気のようなある意味思い込みのような思春期に訪れるアレを思いだした。
いや……まさかこんな女の子が? ノインは衝撃を隠せない。
確認するかのようにここに居る皆にノインは目配せすると、全員が何かを諦めたように頷いたことで、彼女の症状を確信した。
「おおこれは、第三十八並行世界ではお世話になりました! しかしまた時空を超えて貴方様にお使えできる日がこようとは……このノインこれほどまでに嬉しい事はございません。 今はこの僥倖とも呼べる奇跡的な再開に感謝を致しましょう」
「うむ! 我は満足じゃ! これからもしっかりと、このツェーン様の為に励むのじゃぞ!」
ゴスロリの少女ツェーンは嬉しそうに、本当に嬉しそうにノインの言葉に返す、そんなツェーンをノインは生暖かい目で眺めながら、彼女が聞き取れない声量で呟く。
「いや、キャラ濃すぎだろって」
そんなノインの元に彼女の後ろに隠れていた女の子が近寄り耳下で囁く。
「あの……お姉ちゃんが、ごめんなさい。 でも悪い子じゃないんです」
「ああ……うん大丈夫分かっているよ、ちょっと濃すぎだなって思っていただけ。 ところで君は?」
「うぅぅ、ごめんなさい……フュンフ・ブルーメといいます……」
フュンフと名乗った少女は赤面しながら目を手で隠しつつ答える。
どうやらゴスロリのツェーンが姉で、こちらの気弱なフュンフが妹のようだ。本当に見たままの姉妹だなとノインは頭の中で思う。
「いやぁ……しかし驚いたなァ! まさか初見でツェン坊に合わせるとは」
「そうだねツヴァイ――君でさえ彼女と始めてあったときは面食らっていたもんね」
「ややや! 今回入ってきたノインさんは本当に面白そうな方ですねえ」
ヌルを除くブルーメのメンバーが揃った広間をノインは見ながら、フィーアが言っていた言葉を再度呟く。
「成る程……こりゃ個性的だわ……」
「……理解できましたか?」
ノインの独り言はどうやら何時の間にか隣に移動して来ていたフィーアに聞こえていたようで、突然の事に驚きつつも言葉を返す。
「ああ、こりゃ俺も個性で負けないようにしないとな……」
「……これ以上増えるのは勘弁です」
そんな短いやり取りの後ノインとフィーアは互いの顔を見て笑いあう。
するとまた……これで四度目となる扉の開く音と共に、ヌルが和気藹々とした広間に入ってきた。
「お? 皆揃ってからノインの説明をしようと思っていたんだが……どうやらその必要はねえみたいだな?」
想像して以上に盛り上がっている広間を見たヌルの一言にツェーンが直ぐ反応する。
「そうじゃな! このノインという男を我は非常に気にいったぞ!」
興奮気味に語るツェーンを横目に冷たい目でフィーアが言う。
「……まあ、このブルーメじゃあツェーンさんのソレに付き合ってくれる方が今まで居ませんでしたからね……」
「五月蝿いぞフィーア! 黙るのじゃ!」
そんな広間の状況にヌルが一回大きく咳払いをする。この広場に居る全員にその咳払いの意図は伝わった様で広間は一瞬にして静かになった。
「あー改めて紹介するが、昨日ブルーメに入ったノインだ! 皆宜しくしてやってくれ」
ヌルの紹介に一歩前へ出て頭を下げる。
「ノイン・ブルーメです。……えっと、どうぞ宜しく?」
「ふむ……何で疑問系なんでしょうか……もしや、適格者が用いる言語は僕達と少し違っているとか!? ややや大発見ですメモを取らないと!!」
記者気質のくせに辿り着いた可能性について真偽の確認を取らないのは以外とポンコツだな、とノインは思うがそれは心の中に留める。
「う~ん、皆と一瞬で馴染んだノイン君が今更自己紹介というのもちょっと不思議な気がするけど……とりあえずは『ようこそ』なのかな?」
ノインの挨拶が終わると周りからは拍手が送られる。その拍手にちょっとした気恥ずかしさを感じながらノインはゆっくりと顔をあげる。
ノインが顔をあげた事を確認すると、ヌルが自身の手を叩き大きな音を立てる。
「それじゃノインの紹介も終わったことだ、早速お前の戦闘能力を判断する訓練を行うとしよう」
唐突のヌルの発言にノインは少したじろぎながら答える。どうやら周りの面々はもう既に訓練を開始する場所とやらに移動を始めているようだ。
「え? ちょっと性急すぎない?」
「諦めなよノイン君……うちの隊長言いだしたら聞かないから」
アインスに背中を叩かれ、ノインはがっくりと肩を落とした。