プロローグ6 『楽園の外側』
本日二本目の説明回です。
わかりにくければ是非ご指摘ください。
木製のテーブルの上に木製のコップが三つ並んでいる。ヌルがコップに口をつけ中の液体を少しその喉に通す。ヌルが口周りに付着した液を軽く右手の甲で拭った事を確認してからユエは口を開いた。
「それでさっきも言いかけたが……あんた達はこの新東京での、唯一の生き残りって訳じゃないだろ?」
「そう思う理由は?」
「あんた達が言っていた『機関』だよ。 少なくとも新東京には機関なる組織が存在するってことだろ」
ユエは先程、交差点で救出された記憶を辿り適格者と呼ばれていた事を思いだしたが、その過程で『機関』という単語があった事も思いだしていた。
ヌルは少し目を閉じ、考えるような素振りを見せる。やがて考えが纏まったのか、ユエの疑問に答えた。
「新東京にはまだ多くの人間が生存している。 その中で多くの生存者を纏め上げる組織――それが機関だ」
「へえ……ってことはあんた達もその機関とやらに?」
「いや俺達は違う。 機関――正式名称を『旧東京再生機関』と言うが、これには新東京に住む約五割程度の人間しか属していない」
「それじゃあんた達を含めた残りの半分は?」
ユエの質問にヌルは自身の首から下げた銀色のドッグタグを引っ張りユエの前に突きつける。
「残りの五割は幾つもチームがあるが大半は『抵抗組織』に属する。 うちも抵抗組織のチームの一つ、『抵抗組織・ブルーメ』だ」
成る程とユエは納得の色を示す、つまりヌルやフィーアの首から下げられているそれは抵抗組織の中でどのチームかを区別するための物なのだろう。
「成る程ね、つまり俺を助けてくれたときのように抵抗組織は瘴魔に抵抗しているわけだ」
「あーいや……それは違うな。 俺達が抵抗しているのは瘴魔ではなく機関だよ」
ヌルが言った事にユエは目を見開く。確認の為に横に座るフィーアを見るが、フィーアも頷き肯定の意を示す。
「ちょっと待てよ、それはおかしいだろう? だって旧東京再生機関という名前からして、機関の最終目的は旧東京を再生することだろ? それはつまりこの最悪な状況の新東京に終止符を打つことと同義だ、協力こそするかもしれないが、抵抗する意味が分からない」
「そこが少し複雑なところだ……とりあえずこれを見てくれ」
ヌルはそう言うと自身の腰にぶら下がっていた手榴弾に似た物をテーブルに置く。ユエはこれに見覚えがある。
「アインスが使っていた照明弾?」
「そうだ、これらは機関が開発した『瘴気機器』通称『魔業』と呼ばれる物だ」
そう言ってヌルは手榴弾型機械の側面についたボタンを押し込む。アインスの時のように紅の強い光が発せられると思い目を瞑ったユエだったが、暫くして目を開くと、その機械はアインスの時とは違って、淡い黄色の光を部屋全体に広がるように発していた。
「アインスが使っていたのは連絡用の照明弾タイプ、これは……そうだな、卓上ランプタイプかな。まあ魔業に関しては俺よりもフィーアの方が詳しいからな」
ヌルはフィーアに目配せをするとフィーアは両手で包み込むようにして持っていた木製のコップをテーブルに置き口を開く。
「……魔業とは機関が開発した瘴気を動力とするアーティファクトです。 この魔業は瘴気を動力源として取り込み、出力する際の構造を魔業一つ一つ変化させることで一括りに魔業とは言っても様々な現象を引きおこすことができます。 火を熾したり、水を浄化したりと言った生活基盤をカバーし、乗り物のエンジンや私達が瘴魔と戦う武器になったりとその用途と応用性は無限大です」
「そ、そんな凄い物が……」
「はい。 しかも動力源である瘴気は幾らでも存在するのでエネルギーに困る心配はありませんし、専門の知識は必要ですがある程度カスタマイズも利くので非常に便利です。 そんな魔法のような道具または魔法のような現象を引き起こせる道具として、いつしか魔業と呼ばれるようになりました」
つまりは秘密道具のようなものだろうとユエは解釈する。後にフィーアに訊いたところファンタジーに出てくる魔法のように火球を放出したり、土を変形させて壁を造ったりする事はなんの問題もなくできるそうだ。
「まあ魔業の説明に関しちゃこの位に留めて。 機関はこの魔業を使って新東京の中央に『楽園』を造ったのさ」
「楽園……?」
ヌルの説明にフィーアが捕捉を入れていく。
「空気を浄化する魔業を用いて大きなドーム状の建造物を造ったです。 楽園は綺麗な空気、綺麗な水で溢れ、植物や野菜などの栽培も順調だと聞いています。 まあ例えるなら楽園という名のついた巨大な魔業の中に人が住んでいると言う事です」
成る程代替話しは見えてきた、ユエは自身が辿り着いた一つの仮説を裏付けるために確認を取る。
「……だが新東京に住む全ての人間が入れるわけではなかった……?」
「……驚きました。 ユエは賢いですね、その通りです」
つまり機関は魔業を存分に使って、新東京の中に、小さいながらも瘴魔も居ない、瘴気もないある意味旧東京を再生したわけだ。だがあぶれる人が出てきた、その人達は外の興廃した世界でみすぼらしく生きるしかない、それに比べて機関の人間はそれなりに裕福な生活が送れる。成る程、楽園と呼ばれるわけだ――軋轢の原因はこれか……いやひょっとすると機関は魔業の独占も行っているかもしれないな……ユエは自身がこうも簡単に、この新東京という未知の概念を受け入れ、急速に理解していく事に驚く。いや実際は忘れているだけで、それを思い出しているだけ……つまりは一度辿った道をなぞっているだけなのかもしれないが、理解が速くて困る事は無い、ユエは気にせず続ける。
「状況は概ね理解できた。 つまりあんた達はそういった扱いの差や飢餓に苦しむ者のために武器をとり機関に抵抗しているわけだ」
「まあ普通はそう思うよな」
「なんだ、違うのか?」
ユエは自身の出した結論を否定されて驚く、彼女達の話と抵抗組織という名前から推察するにこれが一番矛盾なく妥当な憶測だと思ったのだが。
「……ユエの考察は非常に的を射ていると思いますが現実は少し違います。 機関の総司令官は楽園を造った際に全ての人が入れないことと、そんな状況に不満を抱く人が抵抗してくることは予め想定していたみたいで一つの取り決めを定めました」
「ルール?」
「おう、俺達抵抗組織は何時でも楽園に攻撃を仕掛けて、何時でも物資を奪って良いというルールだ」
「なっ!! どういうことだ!?」
そんなことをする意味が分からない。それでは折角造った楽園が崩壊する恐れがある。そこまで考えてユエはある一つの可能性に辿り着く。
「まさか……抵抗組織としてあぶれた人を纏め上げたのか……?」
「本当にユエは察しがいいですね。 それとも失われた記憶が無意識に補完しているのでしょうか? 兎に角ユエの考えであっています。」
フィーアは短く咳払いをすると詳しく説明を始める。
「機関の総司令官は楽園からあぶれた人を抵抗組織として一つに纏めました。 その方法として何時でも楽園を襲っていいというルールを作ったのです。 そのルールの中には楽園と抵抗組織は互いに非殺傷そして抵抗組織における物資の強奪も常識の範囲内という規定があります。 つまり楽園側は常に抵抗組織の襲撃を警戒しなければなりません。しかしながら楽園側も抵抗組織側も非殺傷が大前提なので謂わば訓練をこなしているようなものです。そして楽園側はいざ瘴魔が襲撃して来た時に対する防衛力を上げておく。 逆に抵抗組織側は楽園の高まる防御力を如何に突破するかを考え攻撃力をあげる」
「そしていざ抵抗組織が瘴魔と会った時は、その訓練で得た攻撃力で少しでも生き残る可能性を上げるということか」
ユエの言葉にフィーアは軽く頷く。
「そうしてお互いに訓練している間に、機関は楽園を大きくして、あぶれた人を少しずつ楽園に移動させていき最終的には全員収容……というわけです」
確かに抵抗組織として楽園からあぶれた人間を纏めておかなければ、今頃楽園の外側は物資の奪い合いによる秩序もなにもない世界になっていたかもしれない。それならこの方法で互いに訓練をしながら楽園を拡大するまでの時間を稼ぐ方が堅実的で死者も少なくて済むだろう。
「しかしこれを考えたやつは相当な切れ者だな」
ユエはこの話を聞いて、機関の総司令官と呼ばれる人物に称賛を送る。
「ああ俺達も機関の総司令官については容姿をはじめ名前さえ把握できていない」
「……まあこんな死の都市で機関なんて組織を立ち上げちゃうくらいですからね。 所謂天才というやつかと」
どうやら彼女達も、機関の総司令官に対する評価はユエと同じようだ。
「つまり機関と抵抗組織は少し特殊な協力関係にあるといっても過言ではないわけだ」
「……そうですね、それでいいかと」
これで東京がどうしてこんな死の都市になったのか、自分を襲った化け物の正体、新東京の現状――とりわけ機関や抵抗組織のことだが――は理解できた。
よって後最後に聞かなければならないのは『壁』だけだな、とユエは考えながら目の前のコップの中身を一気に喉に通した。
一応次回で説明回は終わりです。
そこで三回に分けた説明をある程度纏めておきます。