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東京侵蝕  作者: 平山 ユウ
第一章-中- 玉響の休息
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第一章50 『最強への一歩』

目を開くとそこは真っ黒な空間だった。

辺りを見回してもそこには何も存在せず、新東京における人や瓦礫も……あの忌まわしき瘴気でさえそこには無かった。


そんな果てしなく広がる黒にノインは理解の一言を零す。


「……また、ここか」


この空間を訪れるのはノインにとって二度目の事だった。

勿論真っ黒な精神世界に訪れた事を覚醒世界のノインは覚えていないが、ユエとノインの思惑が混ざり合うこの精神世界ではそんな記憶の制限は存在していなかった。


「ここに来たってことはつまり……」


ノインは周辺を見渡し、居るはずの人間を――自分自身を探す。

そうすれば当然この空間にソレは居た、ただ前回と違うのは肉体の主導権が最初からノインに在るという一点だろう。


「ようユエ……随分早い再会だったな」


ノインは面前に浮かぶ何かに――ユエであろう者に話しかける。

手も足も表情も無いソレだが、ノインにはソレがノインの言葉に呆れた表情を浮かべながら頭を掻いて返事をしている姿――そんな自分自身の姿が想像出来た。


『全くだ……まさか記憶の扉が完全にしまってから一日経たずに再会する事になるとは思ってなかったぜ……』


「いや~俺も正直ビビッてる。 ……んで、今回はどうして開いた? ユエがこっちに出てこられているって事はまた記憶の扉が開いたんだろ?」


『ああ、お前……『瘴腕』と『喰らい』を使っただろう……』


「成る程それでか……だが、一一この力を使うのにユエと精神で繋がってしまうのはちと面倒くさいな」


『安心しな、今回開いた扉はほんの少しだ……時間的にはちょっとした会話を交わす程度しか余裕はない。 二回目できっとお前の体が力を使うのに慣れたんだ、それに瘴腕の使い方は前回俺が教えたからな……もう俺の記憶に頼らずとも、自身の技術で展開できるはずだ……きっと三回目は無い、これが最後の邂逅だと思うぜ。 さてと何にせよ急いで方がよさそうだな』


そんなユエの言葉を肯定するかのように、真っ黒な精神世界の隅――世界の端からは淡く白い光が差し込み、この世界を白で侵蝕していた。

徐々に近付く白が時間制限だと悟ったノインは、ユエの方へ会話を聞く為に顔を向ける。


『本来なら別に出て来る必要も無かったんだが……ここで忠告しておこうと思ってな』


「忠告??」


ノインには果たして何の事か全く心当たりが無かった。

あるとすれば『自信の体をもっと大切にする』と交わした約束くらいであるが、別にあの約束以降何か命に直接関わるような事をノインはやっていない。


「忠告」という言葉に、その意味を深く考えるノインであったが、その思考の流れはユエの言葉によって遮られる。

今はノインとユエの初めての邂逅の時とは違い時間的余裕がないのだ、この世界が……ユエとノインとの繋がりが何時切れるか分からない以上、ユエとしては自分の目的――つまりはノインに対する忠告を早々と済ませておきたかった。


『いいかノインよく聴け……あの『喰らい』の力だけは多用するな、どうしても使わなければならないその時以外使わない方がいい』


「『喰らい』てと、闇市で――いやエルやツェーンの瘴気を喰ったあれか?」


『そうだ、あれは体内の瘴気をコントロールして部分的に展開し纏う瘴腕とは訳が違う。 あれは……自身が望む他者のあらゆるものを喰らう力……あれを使い過ぎると人に戻れなくなるぞ』


『瘴腕』やそれこそ『喰らい』の力、裁きの日からおよそ人では持ち得ない力を持ったノインを人と呼ぶのかは疑問ではあるか、だがこれ以上自ら進んで化物に近付く気はノインにはなかった。

そもそもこの忠告はユエが――自分自身が自分へしている忠告なのだ、それに従わない理由は無い。


「人に戻れない……か、それは嫌だな。 その理由は何だ? やっぱり瘴気を喰うからか?」


ノインが瘴魔化を治療する際に用いる力――『喰らい』の力という響きからして、何かを食べ、そして自分にとり込む力なのだろうと、ノインは自身の持つ不思議な力を推測していた。

つまりユエの「人間に戻れなくなる」という発言の解釈を、瘴気を喰う事でノインの侵蝕係数が上昇し瘴魔になると理解したわけである。


だがそんなノインの考えをユエはばっさりと否定する。


『いや違うな……別に瘴気じゃなくても――喰らった内容は関係ないんだ、俺が言いたいのはもう一つ前の話だ』


「もう一つ前?」


『いいかあくまでイメージの話だ。 例えばお前が何か……そうだなリンゴでも食べて腹を壊したとする、お前が議論しているのはまさにココ……つまり『このリンゴを食べてどうなるか』だ、だが実際にはその前に――リンゴを食う前に一つ重要なプロセスがあるだろう?』


ユエの問いにノインは少し考えると、すぐに答えに辿り着く。


「そうか、リンゴを手に入れるプロセス……」


『そうだ、幾ら待っていたところでリンゴが急に目の前に沸いて出る事はない、リンゴを――何かを手にいれるためには何か行動を起こさなければならない。 とりあえず、ここでは一般的に金を払ってリンゴを手に入れたとするぞ……要はリンゴを手にいれるために、金を失ったと言ってもいい、俺がいいたいのはここだ』


「成る程……つまりユエはあの『喰らい』も発動するために何か対価が必要になっていると言いたいんだな?」


『そうだ、確かに瘴気を喰らった事で体内の侵蝕係数は増加するが……それは『喰らい』の力を発動させた結果――リンゴを食べた結果に過ぎない。 『喰らい』の力、そのものの発動とはまた別のファクターだ』


そう会計と食事は違う。

ノインの『喰らい』の力はここでは会計に相当する、勿論対価として要求されるのは金銭などでは無く……。


「何が対価だ……俺は何を対価にあの力を発動する事が出来る……?」


『俺も詳しくは解らない……ただ、ナナが言うには『俺が人として認識しているもの』だそうだ、発動の規模……回数にもよるそうだが、そんな自分が潜在的に人の持つものとして判断している何かが一つずつ――あるいは一気に……発動する毎に欠落していくらしい』


「そうか、それでユエは人間に戻れなくなると言ったのか」


『ああ、悪い事は言わない……送り蛍(おくりぼたる)も居ない今、その能力の使用は出来る限り避けたほうがいいだろう』


『自身が人として認識しているものが欠けていく』そうユエに言われたところで、自身の人間性が欠けていく恐怖が具体的に想像出来ないノインにはいまいちハッキリとその危険性を理解できない。

だが精神が現在ユエと繋がっている所為であろうか、ノインにはユエが人間性の欠落に酷く恐怖しているのが伝わっていた。


「分かった……ユエの言う通り使用は控える事にする。 だが、悪いが仲間が――ブルーメの皆が、またツェーンと同じ状況になったら……瘴魔化したらこの約束を守れる自信は無い。 と言うか……絶対守れない自信がある」


『まっ……そうだろうな、俺もきっとお前と同じ状況だったらそうなっていただろうしな。 だからあくまでなるべく使わないように立ち振る舞ってくれればいい……要はお前の味方が瘴魔化する事の無いように、お前が守ってやれって言ってんだ』


「そうか……そう言う事なら問題ない、皆の為に俺は――俺が出来る事なら何でもする覚悟はある」


ノインはそう拳を握りユエに言う。

だが折角ユエに向けて作った決意の顔もこの空間に――真っ黒な精神世界に轟く音によって驚きに変えられる。


ノインがその音のした方へ目を向けると、そこには眩いほどの光が黒い世界を光速ほどの速度で浸食をしていた。

黒が一瞬にして白に変わる、それはつまりいよいよ記憶の扉が閉まり……このユエとの邂逅が終了する事を意味していた。


ノインが予想していたよりも早く訪れようとしているユエとの別れに、ノインは急いで訊きたかった事を口にする。


「なあユエ! ここの――この精神世界での出来事は起きたら殆ど忘れちまう。 ……俺は、俺はどうしたらいい、どうやったら『喰らい』の力を使わずに皆を守れる!?」


もうこの世界の終焉を告げる光は二人のすぐ傍まで迫っている。

きっとユエが返答できる時間は殆ど残されていない、だがノインはそんな一瞬の刹那の中で、ユエから零れる音のみに集中していた。


『いいかノイン、お前は最強を忘れているだけだ……それを思い出せ。 ヒントとしてはそうだな……瘴腕って言うのは体内の瘴気をコントロールして腕に展開しているだけだ、瘴気の体内コントロールさえ思いだせたのなら、後はそれを何処に展開するか……じゃないのか?』


「それって……どういう――」


ノインの記憶はそこで途絶えた。

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