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東京侵蝕  作者: 平山 ユウ
第一章-中- 玉響の休息
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第一章48 『道化の告白』

忙しくて更新遅れましたスイマセン。

お詫びに少し長めにしたので許してください。

優しく重なった唇に対して、それを認識した恥ずかしさからか先に行動を起こしたのはノインであった。


「〜〜ッ! ご、ごめん!!」


離れ自由になった口から紡がれたのは謝罪の言葉――開口一番にツェーンの鼓膜を叩いたのは、そんなノインの詫びであった。

その言葉を聞いてどう思ったのか――それともそもそもこの大きすぎる衝撃に言葉すら届いていないのか、ツェーンの表情は固定化されていた。


互いの唇が重なりノインは慌てて離れたが、ツェーンの表情は先程から蕩けきったままだ。

ノインに顔を接近させていた事を本人に知られ、あれ程まで取り乱したツェーンの事を考えると、ノインはこの最大のハプニングにツェーンの混乱はさらに深化するものだと考えていたのだが実際にそうなる事はなかった。


寧ろ唇が重なった事による狼狽の度合いは、ノインの方が大きかったと言える。

実際はただただショックによって硬直しているだけのかもしれないが、それを含めてツェーンは完全に落ち着きを取り戻していた。


「…………………………」


ツェーンの蕩けきった目がゆっくりと動き、その視界に先程までノインのものと触れていた自身の唇を捉える。

ツェーンは今、唇が重なった衝撃と、唇が離れた安心感と、唇が離れてしまった名残惜しさの三つが混ざった感情の海に浸っていた。


やけに艶めかしく光る己の唇を、細い指で輪郭をなぞるように触る。

やがて名残惜しさが強くなったのか、ツェーンは舌先で自身の唇を数回往復して舐めた。


やがてツェーンの持つ熱も引いてきたのか、蕩けきったその思考の中でも冷静な部分が現れ始める。

その冷静な部分の思考を使ってツェーンは現状を急速に理解していた――即ち『ノインの寝込みを襲うところを本人に見られ、暴れた結果偶然にも接吻する事になる』と言う、極めて異常な現実をしっかりと認識したのだ。


「!!」


内圧に耐えられずに袋が破裂したような『ボン』という音を立てて、ツェーンの顔は紅く染まる。

そんな羞恥を認識したツェーンのすぐ側にはノインの顔がある……ノインも慌てて顔を遠ざけたとは言っても、己の怪我で大きく動く事はできなかった、顔をツェーンから数センチ浮かして維持するのが限界だったのだ。


余韻の温度もまだ下がらぬまま、お互いの顔を見つめる……だがそんな単純な行為で二人は、このおかしな状況と純粋な羞恥を殴り捨てる事が出来た。

要はお互いの恥ずかしそうにする顔を見て、この状況が面白く……そして馬鹿らしく感じてきたという事である。


「あ〜この状況を何て言えばいいのか……駄目だ、恥ずかしくてちょっと言葉が出て来ないわ……でも何だ、そのやっぱごめん」


お互いの吐息が触れ合う程、極めて近い距離でノインがツェーンから目を逸らす。

ツェーンの瞳に映るノインの頬は薄紅色に染まっており、ツェーンはそれがどうかこの部屋の照明が作った淡い陰影でない事を願う。


そんな羞恥か照明の陰影か……ともかく熱を帯びた自身の頬を掻くノインを見てツェーンが笑う。


「ふふふ……大丈夫ですよノインさん。 寧ろちょっと嬉しかったくらいです」


口に手を当てながら妖艶に笑うツェーンを見て、ますますノインは視線を合わせ辛くなり外の空間に目を向ける。

目を向けたそこでは、まるでノインを揶揄するかのように照明の光が揺れていた。


「そりゃ……光栄極まりない事で……」


「嬉しかった」と告げるツェーンに対して、ノインが羞恥を乗り越え精一杯絞り出した返事がこれだった。

流石にそろそろお互いの距離を取ろうとノインが車椅子に移動しようとするが、そこはやはり怪我の所為で体を自由に動かす事は叶わない。


治療の際に車椅子から降り、瘴腕をもってツェーンを部屋の隅に追い込んだが、今となっては寧ろどうしてあの時に体を思い通りに動かせたのか不思議だった。

それくらいノインの体は悲鳴を上げており、動こうとするノインはそれを拒絶する痛みに狭く深い悲鳴を上げた。


「――!!」


鋭い痛みにノインは顔を顰める。

それを数センチという極めて近い距離で見たツェーンは、ノインが車椅子に戻るのを手伝う為に寝台から素早く降りる。


「さあノインさん、掴まってください」


「ごめん、助かるよ」


両手を横に広げたツェーンに上手く寄りかかり、体勢を整える。

ノインが自身に掴まった事を確認すると、ツェーンは慎重にノインの体を後ろへと倒していく。


幾ら慎重に行ってもある程度の衝撃は避けられないが、それでもノインは殆ど痛みを感じる事なく車椅子へとその腰を下ろす。

自分よりも年下の女の子に介抱されるのは情けないという気持ちもあったが、こんな状況下……ノインはその気持ちを努めて無視する。


ノインが車椅子に座り、ツェーンが寝台の端に腰を下し、ようやく二人とその状況はまともな会話を行えるまでになった。


「さてと、先ずは改めて……ごめん、まさかあんな事になるとは……」


「いえ謝罪なんていりません……そもそも襲うと決意したのは私ですし……それに、その……嫌ではありませんでした……寧ろ気持ちよかったくらいです……から」


自身で発した言葉ではあったが、ツェーンは己の口から出る音の意味に熱が引いたはずの顔を再び赤くする。

そんなツェーンを見てノインは『やたら内気な(フュンフ)と本質的には(ツェーン)も一緒で、やっぱり姉妹なんだな』と、ツェーンに聞かれれば全力で否定されそうな事を心の中で思う。


「と、と、と、兎に角ノインさん……そんな事より私の話! こっちの方が遥かに重要です!」


「はいはい」


早口でこの話題から意識をずらそうとしてくるツェーンを見て、ノインは先程の接吻の事をもう一度指摘したらどうなるのかと言う好奇心に支配されるが、何時までも話が進みそうにないのでそれをぐっと抑える。

そんなノインの気持ちに気付いているのかどうかはともかく、ツェーンは数度咳払いをしてから口を開く。


「えっとそれで、今日ノインさんにわざわざ部屋を変えてもらってまで一緒にいてもらった理由なんだけど……」


「ああ、今からフィーが何してくるか分からないから怖いけど……何の話しが在るんだ?」


「私の……いや私と月咲の過去を話しておこうと思って」


「それはいいんだけど……その月咲って?」


ある程度予測はついているが、ノインは『月咲』とは何かを問う。

その問いを受けて、ツェーンは『忘れていた』と言う風なポカンとした顔を浮かべると慌てて話し始める。


「えっと……そうね、そこから話さないと。 先ず『月咲』と言うのは妹の――フュンフの本名ね、それで私が『日咲(ひさき)』……裁きの日以前は、と言うよりかはブルーメに入る前まで私達はこの名前だったの」


「ふ~ん『ひさき』に『つかさ』ねえ…………御両親凄いな、名前付けたときからもう将来的に自分の子供がどんな性格になるか分かっていたみたいじゃん」


「そうね、本当に月咲は大人しく……それとは対照的に私は荒々しく育ったわ」


過去を懐かしむように、ツェーンは遠くに焦点を合わせ形容しがたい表情を浮かべる。

そしてその表情に陰りが認められたのと、ツェーンが話を再会したのは同時だった。


「でも結局はその性格の差が私を苦しめていた原因なんだけど……とにかく、ノインさんは親について何か覚えている事ってある?」


「俺? いや俺は記憶が無いからよく分からないけど、でもその破片――記憶の破片でいいなら……母親には何か、何か良くしてもらった気がするよ」


「あ……っと、ノインさんは記憶が……その忘れていたわ、ごめんなさい」


「いや別にいい、過去の記憶にそこまでの執着はないからさ……それより、そんな質問をするって事はツェーンの――いや日咲達のご両親は」


「ええ、多分ノインさんの思っている通り……死んだわ、まだ物心つく前にね」


「そうか」


ノインは顔を暗くして答える。

何か言葉をかけるべきかとも思ったが、幾ら考えても両親を失ったと言うツェーンにかける言葉は浮かんではこなかった。


そんなノインの気持ちを暗い表情から察したのか、ツェーンは急いで言葉を紡ぐ。


「ああ違うの、別に寂しいとか悲しいとかそんな感情はないの……そりゃ親と少しは遊んでみたかったけど、何せ死んじゃったのは物心つく前だったから以外と簡単に受け入れる事ができたわ。 それにもし生きていたら、裁きの日に瘴魔になっていたかもしれないんだし……兎に角辛くはないのよ」


「っと顔に出ていたか……悪い、それで?」


「ええ、親が死んでから私達は孤児院で育ったの……引き取ってくれる親戚が居なかったのか、それとも両親に何か問題があったのかは知らないけど、結局私達は孤児院で裁きの日まで過ごしたわ……」


ここまで話してツェーンは言葉に詰まる。

そして少し時間をかけてから、ツェーンは顔を赤らめて言う。


「その……その孤児院での生活が私をあんな風にしたの……」


「あんな風……と言うと中二病でガチガチに塗り固められたアレ?」


「うぅそうです、アレです」


羞恥を持ってノインの言葉にツェーンが返す。

勿論現実の世界にあそこまで重度の中二病が居るとノインは考えていない、だからツェーンのアレも演技ではないのかと疑っていなかったわけでは無いが……それを行っている以上何かしらの理由があると察したノインはそれに対して触れずにいた。


どう返答したものかとノインが考えていると、ツェーンが先に言葉を発する。


「孤児院では……その月咲は虐められていたの、ほらあんな性格だから孤児院のコミュニティ上で共通の敵を作る絶好の子だったのよ。 そして月咲も月咲で虐めを報告できるだけの勇気が無かったの、月咲が何も言わないと分かれば虐めもどんどんエスカレートしていったわ」


「子供って言うのはどうしてそんな残酷なんだろうな、時に大人以上に狡猾で残忍だ……その施設の大人達は? 虐めを見て何も言わなかったのか?」


「彼らも仕事だからね、そこまで踏み込んでこなかったし……そもそもあまり月咲の虐めがあまり露見しなかった事もあるの」


「そりゃまたどうして?」


「虐めの幅が子供達だけじゃなかったからよ……施設にはそれぞれ複雑な経緯を持って子供達が集まるわけだけど、暴力的虐待・精神的虐待・性的虐待……本当に施設の子は様々な過去を――経験をしていたわ。 そこに親が死んだだけの内気な子が来たら、そりゃ今まで溜め込んでいた思いが虐めを引き起こすわよ……当時月咲は、施設の歳下の子から成人近い人まで色んな人に虐められていたわ、そんな限りなく大人に近い人が虐めに参加していた所為で月咲の虐めは巧妙に隠れていたってわけ」


「深く知らずに言うのは無責任かもしれないが、それでも腐ってやがるな……」



「ええ私もそう思うわ……そんな誰にも頼れない状況で、月咲をどうにか助けられないかを私は必死に考えたの……それで――」


「――アレか」


ノインの言葉にツェーンが頷く。

ならばその肯定が意味するところ――ツェーンが中二病を演じていた理由はつまり……。


「そう……より異常者を演じる事、月咲を助けるなら月咲よりも虐められ易いキャラを作る事だったの。 実際に孤児院の彼らは共通の敵が欲しかっただけだから、私が演じ始めてすぐに月咲の虐めは止んで、代わりに私に向けられるようになったわ」


「でも……それじゃあツェーンは」


「ええ……もう何年も虐められて来たわ。 結局虐めが終わった……裁きの日まで私は一人で誰にも頼れず、ずっと演じてきた……何年も演じているうちに何時の間にか、本当の自分がどうだったかすら忘れるくらいには……ね」


「……………………」


「裁きの日――東京が変化した日、この新東京でなら私は元の自分に戻れると思っていた……でも結局そうはならなかった。 不安で怯える月咲を前に私まで怯えを見せるわけにはいかなかったし、何より本当の自分が――戻るべき自分がどんな風だったかも思いだせなかった……」


「………………」


「ブルーメに加入してからは、月咲も私も少しは落ち着いたけど……それでもどう頑張ったって演じる事だけは止められなかった。 もうそれはまるで呼吸のように、私は演技から逃れる事は出来なくなっていたの……初めてノインさんと会話を交わした時、ノインさんは私の口調に合わせてくれたけど、心の中ではこんな演技に――茶番に付き合うなんてお人よしで馬鹿な人だなって笑っていたわ……」


「…………」


「ずっとずっと、周りを――何より自分を騙して、偽って過ごしてきたの。 それがもう一生続くものだと思っていた……思っていたのに、それが狂ったのは今回の瘴魔化だったわ。 自分が死ぬって解った時、死の淵に立った時何故か不思議と心に湧いたのは怒りだった……別に頼まれてもいないのに月咲を勝手に守って、勝手に傷ついて、そして死の間際には自分がこうなったのは何もかも月咲が悪いんだってそう思い込んだ――思い込まなきゃやっていけなかった」


「……ッ」


「月咲が「ノインさんなら瘴魔化を治せる」って言っていたけど、到底信じられなかった……死に駆り立てられて何にでも頼りたかったのに、私は自分自身と一緒に頼り方まで忘れてしまったみたい……妹の言う事が全て私を嘲笑う為の虚言に聞こえたの。 結局抑えがきかなくなって月咲と衝突して、最後に残った私が私として認識できる感情は『月咲への憎悪』と『死にたい』という単純な願望だけ……。 今ノインさんに助けられた私だって、本当の私かどうかは分からない……ひょっとしたら演技で――私が本当の私と信じるその認識さえ演じているのかもしれない……だから私は! こんな得体の知れない私は……こんな私じゃ……こんなはずじゃ――――――」


「――もういい……もういいんだ」


荒れ狂う濁流のように、惨憺たる豪雨のように……流れ押し寄せそして降るツェーンの言葉の数々をノインは抱擁で受け止める。

痛いくらいに力強く、ツェーンを抱きしめるために込められた力はツェーンの涙腺を容赦なく、暴力的に刺激する。


そんな今にも泣き出しそうなツェーンよりも泣き出しそうな顔でノインが言う。


「……もういい、もう一人で頑張らなくていい。 これからは俺が居るから、俺を頼ってくれていいから……すぐには難しいかもしれない、演技だって止められないかもしれない、きっと時間だって掛かる……でも俺がずっと支えるから――ツェーンが心から信頼して頼れるような人間に成るから……。 だから日咲じゃなくていい、ツェーンとしてこれからを生きてくれ……他ならない君の為に」


「…………あ……ぅ」


「ツェーン、俺が君を守る……絶対に死なせない。 ……だから……だから今日から始めよう、ツェーンの新しい人生を……新しい自分を!! 今まで演じてきた所為で失った空白の数年を、一瞬で埋めてしまうほど濃くて色彩豊かな未来を俺と探そう…………約束だ」


ノインの言葉をツェーンが最後まで聞いたかは分からない。

ただ、ツェーンはその目に大粒の涙を浮かべ、ノインに抱きつかれながら嗚咽を漏らす。


そしてそのまま姿勢を変え、ノインの唇を優しく数秒奪うと……ツェーンは年甲斐も無く泣き喚いた。

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