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東京侵蝕  作者: 平山 ユウ
第一章-中- 玉響の休息
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第一章39 『儚き灯火は強く燃えゆ』

目を覚まして入ってきた景色は、ノインにはやたらとぼやけて見えた。

ノインを取り巻く周辺の景色はやたら薄暗い、果たして現在時刻は夜だろうか……ともかく部屋は闇に支配されていた。


照明が照らす淡い光も無く、月明かりが見せる美しい光も無い……そんな暗闇を凝視する事で目を慣らす。

そうしてこの闇に適応した目をゆっくりと動かし、そのぼやけた景色の中から正確な情報を得る。


『一体此処は何処なのか』その疑問に対する回答を見つけるためだけに動かしていた眼球だったが、次第にそれを動かす速度が落ちる。

それは決して回答を見つけたため動かさなくてよくなった訳ではない、眼球の速度が落ちた原因は単なる疲れだ。


つまり現在目を覚ましたノインは、眼球を動かす事すら満足に出来ないほど疲弊していると言う事である。

顔の筋肉に集中しなければ瞼さえ満足に動かせない……まるで重力に従順に従うように、瞼は鉛のように重い。


そんな意思とは無関係な体の覚醒拒否を無視して、ノインは自身がこの様な状況に陥った理由を求める。

真っ黒な何処かの空間が一瞬脳裏を過ぎったが、考えを深化させるためにそれは努めて無視する。


考え巡らした末にノインは求めていたものに辿り着く。

即ち特異体の一連の出来事を思いだしたのである。


特異体の記憶が蘇ったノインの視界は、一気に曇りが晴れ辺りを鮮明に――周辺をクリアにその瞳に映す。

背中から伝わる寝台の柔らかい感触も殴り捨てるほど勢いよく身を起こし、フィーア達の現在を確認しようと試みる。


「フィー――――――!!」


だが勿論と言うべきか当然と言うべきか、特異体であれだけの大怪我を負っていたノインの体では、勢いよく身を起こす衝撃には耐えられなかった。

体を何度も鋭い剣で刺されるような持続的な痛みは、ノインの口からそれに耐える嗚咽に変換され吐き出される。


絶え間なく押し寄せる激痛の波に弄ばれながらも、ノインは体を動かす。

目の奥が焼けるように熱く、喉は既に渇ききっている、抑制剤を打たれたからか……自身の体に巻かれた幾つもの包帯は、治りきっていない傷から染み出た血で赤く染まっている。


体はまるで石像のように固まっており、指先も関節も何もかもがノインの『動きたい』という意思を否定していた。

それでもノインが動きを諦める事はない。


ノインは石のようになった自身の体を無理矢理引き摺りながら何とか寝台の端まで移動する。

端まで辿り着いたノインは、脚を動かし寝台から降りようとするものの感覚も無く……脳の命令も聞かない脚に諦めを覚え、その身を動かし地面に寝台から転げ落ちた。


「いってぇ……」


『ドスン』と音を立てて白と赤の命が地面に落ちる。

落下の衝撃で開いた傷口が、まだ白いままの領域を赤で侵蝕する。


あまりの痛みに気を失わぬように、これ以上嗚咽を漏らさぬように……ノインは傷に巻かれた包帯を少し緩め、その端を力強く噛む。

その状態のまま動かぬ腕は無視して、肩と胸を上手く使い地面を這う。


落下によって開いた傷口から流れ出る血が、ノインの這う軌跡に従い赤い絨毯を敷く。

ノインの下半身が這う床は、上半身から流れ出る血液で既に絨毯が敷かれている、おかげで下半身は摩擦による影響少なく動かす事が出来た。


何時も一秒かからずに進む距離を一分以上の時間をかけて進む。

まるで翼を捥がれた鳥のように、無様に地を這い軌跡の続きを描く。


どれほどの時間がかかったかは分からない、ただ馬鹿みたいにゆっくりとした速度でノインは遂にこの部屋にある扉に辿り着いた。

普段なら手を用いて難なく開閉することができる木製の扉が、今はやけに大きくて頑丈な鉄の扉に感じられた。


地面を這うノインにとって扉を開くためには、遙か上空と言っても過言ではないほどの場所に位置するドアノブに手を掛けなくてはならない。

その行動は地面を這うので限界なノインには無理難題と言えるだろう。


だが例え無理難題だとしてもフィーアの――ブルーメのメンバー全員の現在の状況を確認するためにはこの部屋を出る必要があった。


「――ッ――!!」


ノインが現在持ちうる全ての力を集約させて立ち上がろうとする。

だがその程度で立ち上がれるほどノインの怪我は軽傷ではない……結局この行為でノインは、中途半端に持ち上がった体を扉に預けて寄り掛かる事しか出来なかった。


「……ぁ……はッ……ダッセぇ……」


息が切れ口から包帯が地面に落ちる、全く自身の予想通りに動かない体に苛立ちを覚えながらもノインは再びの挑戦に向けて息を整える。

一度深い呼吸をし、鉄の扉を破ろうと言う意思をその双眸に宿す。


しかしノインが体を動かそうとしたとき――扉に寄り掛かった体勢を変えようとしたときそれは起こった。

ノインの目に映ったのはゆっくりとドアノブが動くところだった。


それが意味するところは即ち誰かがこの部屋へ入室してくるという事である。

開く扉に押されて、寝台から扉に辿り着くまでかかった何分もの道のりを戻される。


木製の扉にはノインが寄り掛かっていた分だけ普段よりは重い、扉を開いた本人も何時もとは違う重さに違和感を覚えたのか……扉を開く力を若干強めに開け放つ。

その結果としてノインは、ようやく起こした体を地面に再び這わせる事となった。


「……………………」


まるで頭の中を自由に弄られ、弄ばれていると感じるほどの不快感がノインを襲う。

ぐるぐると視界が回り、何か言葉を紡ごうにも思考は既に正常に真っ直ぐ走る事はできなくなっていた。


「今何か当たったような……エル? 起きたの――!!」


扉を開けた本人は重さに関する違和感に自己解釈を行いながら入室する。

『エル』と呼ばれる謎の人物の名を呼びながら入室した女は、床に転がる粗末な何かを確認する。


やがて暗闇に目が慣れてきたのか……床に破棄されたソレがノインである事を理解すると、扉を開けた女は他に存在する全ての優先度を極限まで下げ彼の元まで走り寄った。


「ノイン!! 目が覚めたのですね!!」


脳を十分に掻きまわされ朦朧とした意識の中で、ノインは何とかその声を頼りに音の発生源をフィーアだと断定する。


「…………フィー……無事で良かった」


何とか音を絞り出しフィーアの変わりない姿に安堵する。

フィーアが無事だと分かったのと同時に、ノインの意識を刈ろうと痛みが連続的に体を責める。


ノインの体は気付けば発汗が著しく、熱も帯びている。

先ほどまではフィーア達の安否を確認したい一心で動かしていた体も、フィーアと会って気が抜けたか……すっかり力はその気配を潜めた。


ノインの目覚めに歓喜したフィーアも次第にこの状況のおかしさに気付く。

そもそも寝台に居たはずのノインが血の跡を残しながら地面に這いつくばっているのだ、これでは絶対安静の欠片もない。


「……って、ノイン! 一体何をやっているんですか!?」


喪神しそうな状態を何とか振り払いノインがフィーアの声に体を動かし反応する。

そのフィーアはやたらと手に持っていた物――恐らく看病に必要な道具を殆ど投げ捨てるように地面に置くと、ノインの体を抱き支えた。


フィーアの心地良い香りに包まれたおかげか、幾分か落ち着きが現れた体でノインは言葉を返す。


「……ごめん……ちょっと無茶した……かも」


「「かも」じゃありません、無茶しすぎです。 もっと自分の体は大切にしてください――主に私のために!」


そう言うフィーアは誇らしげに胸を張って見せる。

そんな彼女にノインは自然に口角が上がっていくのを感じながら、『自分の体を大切にする』という言葉を体内で反芻する。


「……ああ……うん、そうするよ。 ――にも自分の体は大切にするって約束したばっかりだしな……」


「え……とノイン? 今誰の名前を……誰と約束したんですか?」


ノインの言葉の一点だけピンポイントに聞き取れなかったフィーアが尋ねる。

その問いに答えを返そうとしたノインであったが、何故か言った自分自身も『誰』の部分を思いだす事は叶わなかった。


「あれ? えっと……誰だったっけ……」


何やら凄く大切な誰かと約束を交わしたような気がするが、その記憶は全く呼び起こす事が出来ない。


「きっと怪我の所為で一時的に意識が混乱しているんでしょう……ちょっと殴ってみましょうか?」


「鬼だ……鬼が居る。 絶対に死ぬから……死ぬ自信しかないから!」


「ふふっ――流石に冗談です」


握った手を緩めてフィーアは優しく笑う。

その顔に少し心を揺さぶられたノインは少し顔の温度が上がったように感じる。


そんなノインの様子には気付かずフィーアは、自身が投げ捨てた道具を拾い再びノインの下へと戻る。

フィーアが再びノインの顔を確認したときには、ノインの顔の紅潮は発汗と熱の陰に隠れて表からは消え去っていた。


「さてノインも落ち着いたようですし、兎に角ベッドに戻りましょう……これ以上は本当に死にかねませんから……立てますか?」


「無理、立てない、立つ程の力を込めたらきっと死ぬ」


「そうですか……では止血した後私が引き摺って行きます――それじゃ先ずは止血のための消毒から……」


何やら液体が染み込んだ純白な布を、容赦なく近づけるフィーアにノインは戦慄する。


「ちょっと待ってくれ、それ絶対に痛いやつ! 痛みで失神するやつ!」


まるで注射針を向けられた子供のように怯えるノインを見て、フィーアが無慈悲にその言葉を切り捨てる。


「失神してくれた方がベッドに運ぶのが楽ですし、何より私は痛くありません」


「もの凄い正論をどうもありが――いってぇぇえええええぇええええぇ!!」


全身を駆け巡った痛みにノインが絶叫する。

何時の間にか掻き乱され、ぐるぐるとぼやけていた視界も鮮明になり意識もしっかりとしてきていた。


先程の魂が抜けたような殻から少し生を取り戻したところで、フィーアの消毒という拷問から逃げようとしているノインの目が捉える。


青い髪と青い瞳を持った少女――闇市でノインが助けた少女が、ノインが転げ落ちた寝台……即ちノインが始めに寝ていた寝台から、顔を少し出してノインとフィーアの様子を眺めていた。

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