第一章34 『雷纏う切り裂き少女』
三人と一人が退避の行動に移る、しかしその中で青白い髪の――アインスだけが何かを感じ取る。
それはまるで体に雷が落ちるかのような……そんな電撃の感覚だった。
「今度は何だ!?」
何か行動を起こそうとする度に生じる新しい厄介事の兆しに、アインスはうんざりしていた。
だがだからと言って後ろに感じる存在感を無視するわけにはいかない。
そして背後を確認したアインスが目にしたのは、眩しすぎるくらいに銀色に輝く碧き稲妻だった。
その碧き白銀の稲妻は、何もかもを置き去りにしながら……まるで押し寄せる濁流のような圧倒的な存在感でアインス達の下まで辿り着き、静止した。
構えていたアインスとは違って、突然輪の中心に現れた存在を前に、フィーアとツヴァイは狼狽する。
あまりにも速過ぎる所為で、その存在を肉眼捉えることは出来なかったが、白銀の碧き稲妻がその動きを止めた事でようやく全員が雷の存在を正しく認識する。
――それは銀髪の少女だった。
短く切りそろえられた銀髪に、限りなく透き通った緑色の色彩を放つエメラルドにも似た眼を持つ少女。
幼く見えるフィーアと違って銀髪の少女は実際に幼い……どちらかと言えばフュンフや闇市で見た少女に近いだろう。
美しい銀髪とは対照的な黒い衣服に身を包み、背中には明らかに彼女の丈には合わない程大きな外套を羽織っている。
外見的に特異な点をもう一つ上げるとすらならば、それは彼女の体の周りに絶え間なく生じている雷のような火花放電である。
そこまでフィーア達が確認してようやく音として雷鳴が――大気の急激な膨張による悲鳴が銀髪の少女の下まで追いついた。
轟音が轟く中でフィーアは確かに銀髪の少女の声を聞いた。
「……その……人……死ぬ」
そう言いながら銀髪の少女が指さす先には、アインスに担がれるノインの姿があった。
銀髪の少女の発言と指さす人物を確認し、発言が意味するところを正しく理解したフィーアは心臓が大きく跳ね上がったような……鷲掴みされたような、そんな焦燥感と苦しさを覚える。
先程引き起こされた連鎖爆発によってノインは意識を失った、それと同時に豹変した体――腕と眼も元通りになったのだが、傷だけは治っていない。
アインスに担がれた今も、依然として血を流しアインスの衣服を汚している。
死の可能性を考えなかったわけではない、だがその考えに陥ればフィーアの頭は混乱し視野が狭まる事は分かりきっている事だった。
だからこそ正常な判断を下せるように、その可能性は早々に放棄したのだが……突然現れた銀髪の少女の指摘によって、それは再び湧き上がる事となった。
普通なら初対面の人間にいきなり怒りを露にする人間など稀有だろうが、銀髪の少女の発言はそんな常識を乗り越えてフィーアを怒らせる事に成功した。
「うるさい……うるさいです! 絶対にノインは死なせません、ノインは私が連れて帰ります」
明らかに怒気を含んだ声を発するフィーアは、その声を武器に銀髪の少女を襲う。
だがその声を受けた銀髪の少女の反応はフィーアが考えていたものとは違っていた――いや実際には、フィーアは頭に血が上っているのだから反応など考えていなかった。
つまりは銀髪の少女の反応は、フィーアの怒りを割くだけの意外性を孕んでいたと言う事である。
フィーアの声に銀髪の少女が言い返していたのであれば、フィーアの怒りが割かれる事はなかったかもしれない。
声に対して銀髪の少女は表情を一切変える事なく、腰から白くて細長い直方体の容器をとり出す。
フィーアは銀髪の少女が持つその容器に見覚えがあった――と言うよりかはこの新東京に住んでいる者の中でこれを知らぬ者はいないだろう。
それは薬である。
新東京にて薬――医薬品などを含めた多岐に渡る薬品は代替、銀髪の少女が持つような容器で流通している。
容器の色によって内容物が大まかに区別されており、『白』は区別の段階においては効果も値段も高い部類に位置する。
ノインが投与されていた『瘴気活性抑制剤』はこの白に分類されている。
要は白に分類される薬品は意図的でも非意図的でもいいが、兎に角使い方を間違えると、対象に甚大な被害を及ぼしかねない。
薬品――正確には薬品かもわからないが……そんな得体の知れない何かが入った白い容器を、突然現れた銀髪の少女が取りだしたのだ。
加えて銀髪の少女の瞳には、アインスに担がれているノインが映っている。
となればノインに銀髪の少女が薬品を投与しようとしている事は、簡単に予想がついた。
その予想にはフィーアだけでなく、アインスやツヴァイも同様に至る事ができた。
信用するに値しない――出会って間もない銀髪の少女が、ノインに何かしようとしているのだから少女以外の全員が身構える。
さらに言えば電撃を纏ったような、明らかに異常な速度で動く少女に疑懼の念を抱いていないわけがない。
ツヴァイとフィーアは銀髪の少女の行動阻止に、アインスは担ぐノインを守るために動こうとするが、それを行う事は出来なかった。
何故ならその行動に移ろうとした頃には、少女の持つ白くて細長い直方体の容器の先端は、ノイン首元に押し付けられていたからである。
「――なっ!!」
その場に居た銀髪の少女とノイン以外、誰もが驚く。
何よりノインを担いでいたアインスは驚きのあまり短く声を漏らした。
ノインを守ろうと、アインスは一瞬たりとも銀髪の少女から目を離す事はしていない。
だが少女の速度は、そんなアインスの努力を嘲るかのように……容易く銀髪の少女をノインの下まで誘った。
つまりアインスは銀髪の少女の動きを捉えることが一切出来ていないということである。
誰もが驚愕の熱冷めぬままに、銀髪の少女がノインの首元に押し当てた直方体の押棒を操作する。
「ぐ……あッ……」
容器の中の薬品がノインに侵入する……それに応じて漏れ聞こえるノインの呻き声に、やっとフィーア達は驚愕の二文字から逃れる事が出来た。
「ノイ――」
「――離れやがれぇぇええええ!!」
フィーアの声を遮って少女に襲いかかったのはツヴァイであった。
何時の間にかツヴァイの服の袖からは、魔業ではない薄く鋭利な刃物が突出していた。
自身の切れ味を自慢するかのように鮮やかに輝く刃物をアインスは――当然フィーアも見た事がない。
果たしてこれがツヴァイの奥の手なのかは判断しかねるが、その刃物に襲われて銀髪の少女はすぐさまノインの横から飛び退いた。
その飛び退きも、アインスの注視を掻い潜りノインの下に辿り着いた時と同等の速度を所持していたためアインスとフィーアは捉えることが出来ない。
他を圧倒している速度でノインへの投薬を済ませた銀髪の少女に一切の息の乱れは感じられない。
ノインと比べてしまえば劣るかもしれないが、異常な点を幾つも持つ銀髪の少女に――何よりノインに行った行為の真意を訊きだすまでフィーアは、彼女を逃すつもりはなかった。
「ノインに何をしたんですか? 答えてください……答えろッ!!」
銀髪の少女に何かを打たれてから、まるで事切れたかのように全く生命を感じられなくなったノインを見てフィーアは激昂する。
銀髪の少女への赫怒からか、魔業の遊底を操作して弾丸を装填する作業をフィーアは一瞬のうちに終える。
ツヴァイとフィーアが銀髪の少女に武器を構える……一触即発な状況下、ツヴァイとフィーアが放つ純粋すぎる殺意を前に、先に行動を起こしたのは銀髪の少女だった。
銀髪の少女は手に持つ空の容器をゆっくりと地面に落とす。
容器と地面が接触し、カランと乾いた音が極めて緊迫した空間を満たすと……銀髪の少女は殺意の塊のような二人に口を開いた。
「……大丈夫……仮死状態に…………しただけ」
その言葉にアインスがノインを見て気付く、傷が治っているわけではないが、そこから流れ出る血液の量は先ほどを知っていると明らかに減少している。
そして目の前の少女の「仮死状態にした」という言葉を含めて考え、結論に至る。
「……まさか……心拍の停止??」
アインスから零れた言葉を銀髪の少女が肯定する。
「……ん……失血……危険だったから……」
アインスと銀髪の少女のやり取りを聞いて、冷静でない――怒りの激情に支配されているフィーアでは主観的な判断しか下せない。
故に本質を見失わないためにも、ツヴァイに言われた通り盲目に――可能性の光を逃さぬように、比較的冷静で頭の切れるアインスに客観的な意見を求める。
「それでアインスさん、ノインは助かるんですか!? ――結局コイツは、敵ですか味方ですか?」
「ああ……ノイン君が助かるには、退避を急がなくてはいけないのには変わりはないけど……そうだね前よりかはノイン君が助かる確率は上昇したと思うよ」
フィーアの言葉に鬼気迫るものを感じながらアインスは続ける。
「それで彼女についてだけど……そうだね……正直なところはまだ良く分からない。 いつでも殺せるような力の片鱗を感じるし……なにより助けてくれる意味も、害してくる意味も解らない」
「敵かどうかは判断しかねる」というアインスの言葉に、フィーアは銀髪の少女への警戒を止めない。
それどころか、彼女に向ける殺意をより大きなものへとし彼女の真意を探ろうとする。
だがそんなフィーアとツヴァイの殺意を向けられても、やはり表情一つ変えずに銀髪の少女は言葉を紡ぐ。
「……信頼も……礼も……要らない……でも……助けてあげる」
銀髪の少女が何か言うたびに、ますます彼女の事が判断つかなくなっていく――彼女に対する疑問が積もっていくのを感じたフィーアは、彼女が行おうとする行動の一つ一つに注意を払う。
「一体あなたは何をッ! 助けるとはどういう意味ですか!!」
声を荒げながら銀髪の少女に向けて言葉を発したフィーアの疑問を受けて、銀髪の少女はゆっくりとフィーアの背後を指差す。
本来なら敵の視線誘導に素直に従うほど、フィーアもツヴァイも馬鹿ではないが……何故だが銀髪の少女の持つ神秘的な緑色の瞳に――その魅力に、素直に指さされた背後を二人が確認する。
そこで目にしたのは、殆ど再生を終え元の姿に戻った瘴魔の姿――そしてその姿を消失させ、この空間から消え去った場面だった。




