第一章27 『覚醒の兆し-弐-』
「それで……アインスさん、満身創痍のノインを含めて全員で退避できますか?」
その質問にアインスは少しだけ考えると結論を述べる。
「多分……いや、絶対に無理だろうね」
『無理』それがアインスの出した答えであった。
恐らく今居る四人の人間の中で、アインスは一番眼界が広い。そんな彼が無理と断言した以上は『退避』には本当に希望がない事を意味する。
だが今更退避は無理だと告げられても、それに取り乱したり反論を行ったりする余裕も体力も、そしてなにより時間がない。
全員がアインスの言葉に納得を示したところで、ツヴァイが核心に迫る。
「んじゃ、俺達が全員生き延びるにはどうすりゃいいんだ?」
アインスは退避を無理だと判断したが、他の可能性については言及していない。そこでツヴァイは退避以外の全員が生き残る道を尋ねたのである。
もしもアインスが退避を無理だと判断しただけで、これに代わる策を持ち合わせていないのであれば、彼を眼界が広いと周りの人は判断しなかっただろう。
つまりはむしろここからがアインスの出番とも言える。
おもむろに人差し指を面前で立てて構えるアインスが言う。
「先ず特異体の瘴魔を倒す事が大前提だ」
そう告げる彼に対して反論を唱える者はいない。
何故ならば退避を封じられた以上は討伐をするしか生き残る道はないからだ。どちらかと言えばアインスに問われているのは、それをどう行うか――即ちその方法である。
だがその方法の前提としてノインには一つ気になる事があった。
確かに瘴魔を倒すまでの過程は大切だが『そもそも倒せるのか?』と言うところにノインは疑問を持っている。
訓練場でアインスは「瘴魔を倒すには頭か心臓を潰せ」と言っていた。しかしながらそれは人間としての形を残した瘴魔に限定された話だ。
今ノイン達が相手にしている特異体の瘴魔にそんな形は無い――そもそも人間としての形を色濃く残すのが第一形態と第二形態のみなのであるから、むしろ訓練場で戦った第三形態の瘴魔に人の部分が残っていたのは珍しいと言える。
「なあアインス……人間としての弱点が無い瘴魔はどうすれば討伐できるんだ?」
「あぁそうだね、簡単に説明だけはしておこうか」
ノインの言葉にアインスは数回頷くと手短に説明を始める。
再度確認すると瘴魔の倒し方は瘴魔の人間としての器官の破壊――即ち頭か心臓の破壊にある。
訓練場での戦闘のように、瘴魔は極めて体に重要な器官を破壊されると、再生よりも死が優先される。
しかし人間としての特徴を色濃く残すのは、主に第一形態や第二形態の謂わば成り立ての瘴魔である。
訓練場でノインが戦った第三形態の瘴魔に、人間としての特徴が残っていたのはむしろ稀有な事なのだ。
では現在ノイン達が対峙している特異体のように、人間としての名残を残さぬ瘴魔は倒せないのかという話になってくる。
結論から言うと、アインスによればそのような瘴魔を討伐する方法は二つあると言う。
どちらも『瘴魔の再生能力の弱点を突く方法』であるが、両者には明確な違いがある。
一つ目の弱点は『瘴魔はある程度大きさを保たないと再生できない』である。
詳しく言うならば瘴魔は、失った腕を、脚を新しく生成する。故に体の欠損部分が多すぎると再生できないのだ。
要は腕一本なら再生するが、体を木っ端微塵にされると再生すべき箇所が多すぎて死に至ると言う事である。
しかしこの倒し方は主に小型の瘴魔に有効的である。何故なら大型の瘴魔は、体を微塵にするのにかかる労力が小型のそれに比べて圧倒的に多い。
勿論爆弾や大砲など高火力や大規模な魔業であれば大型瘴魔もこの方法で倒せる。
だが、今現在ノイン達の装備している得物ではこれを成すのは現実的ではないだろう。
ではどうするか、ここで二つ目の弱点である『瘴魔の再生限界』が出てくる。
怪我を瘴気の力で再生すると侵蝕係数が増加する、実はこれは適格者や順応者のみの話ではない。このルールには瘴魔も縛られているのである。
ならば『侵蝕係数は際限なく上昇するのか?』そんな事はあり得ない。
瘴魔も元は人間である。瘴気の侵蝕にも限界があるのだ。
簡単なイメージとしては風船に空気を入れ続けるのに似ている。
風船を瘴魔、空気を瘴気とすると、怪我をしてそれを瘴気の力で治す事で、瘴魔の侵蝕係数は上昇――つまり風船に空気が入る。
ではそのまま瘴魔に傷を負わせ、再生させ続けるとどうなるか……当然破裂する。
大型の瘴魔は複数人での討伐に向く。面積が大きければ攻撃が当てやすいのは明らかだ。
そうやって再生を促し、破裂による討伐を狙うのである。
つまり人間としての名残を残さない瘴魔の、二つある討伐方法における明確な違いとは、そもそも再生させないか、再生させ続けるかである。
「あーえっと……つまり、だね……」
ここまで簡単に説明したアインスが自身の頭かを掻く。その表情から察するに今までの説明を要約できる一言を探しているようだった。
そんな彼にノインは、短剣を握る自身の右手を突き出して言う。
「要は……木っ端微塵にするか、できなきゃ死ぬまで叩けばいいって事だろ?」
そう告げるノインの顔は自信に溢れている。そんな表情から何を汲み取ったか、アインスは吹き出す。
笑いによって目に生じた涙を、人差し指で拭いながらノインの言葉を肯定する。
「うん、うんそうだね。 その通りだよ……全く、ノイン君には敵わないね……さて、それじゃあ実際にどうやって倒すかの話に入ろうか」
後半をアインスは低い声で言う、その言葉には不思議と重みが感じられた。
『実際にどうやって倒すか?』言い換えれば『消失する瘴魔に如何にして再生限界までの傷を負わせるか』である。
フィーアとツヴァイが続く言葉を待つ中、ノインは静かに目を閉じた。
油断すればノインの意識はまるで、ヘリウムを入れた風船のように飛んで行ってしまう。ノインはアインスの作戦で動けるように、風船の紐を離さない事に注力していた。
そんなノインの方にアインスは視線を向ける。
自身にアインスの視線が刺さった事を感じ取ったノインが薄っすらと目を開けて確認すると、アインスの目はノインの手に握られている短剣を捉えていた。
視線の意味を考えたノインが得心するのに時間はかからなかった。その表情は「あ」と一言呟いていそうな顔、要は失念していたのである。
簡単に言ってしまえば、『ノインの所持している短剣は刃物ではない』と言う事である。
ただの刃物ではない……と言ったほうがもっと正確なのかもしれないが、兎に角ノインも指摘されて初めてその可能性に辿り着いていた。
「……そうか……魔業か」
ノインは今まで手にしていた短剣を短剣としてしか使用していなかった。
だが実際にノインが手にしているのは、瘴気を用いて様々な現象を引き起こすアーティファクト――魔業である。
加えるならばただの魔業ではない、ゼリクから購入した高火力の魔業なのだ……使い方やその効果にも依存するが、状況を打破する突破力になり得る可能性は十分に期待できるだろう。
「確かに……アインスさんの案であれば好転のキッカケになるかもしれません……なるかもしれませんが……」
アインスの提案に賛成しつつも言葉を濁すフィーアに対して、アインスも解っていると言わんばかりにその首を大きく縦に振る。
「そうだねその危懼は最もだと思うよ……要は魔業の使い方が不明な点と、解析に当てる時間の確保……確保中のノイン君の武器だよね?」
魔業は基本的に直感で操作しやすい設計になっている。
フィーア達の持つ魔業も、魔業とは言いつつも銃型に酷似しているし、そう言った意味では以前ノインが所持していた剣銃も使い方は『トリガーを引く』たったそれだけの動作で済んだ。
直感的に操作しやすくする利点は幾つもあるが。特別な魔業――こと高火力な魔業はこの限りではない、つまり平たく言えば扱い辛い。
勿論流出した際の事を考えて、誰にでも扱えるような単純な設計にしていないと言う理由もあるが、それよりも特殊な現象に瘴気を変換するために扱いが複雑化する方が割合としては大きいし多い。
だからこそ、初めて見る高火力の魔業の使い方を判断する行為は、時間的な面の負担が重い事が殆どである。
加えて時間を掛けて魔業の使い方が判明すればまだ良いが、最悪時間だけ浪費する結末も在り得る。
故にフィーアは、アインス自身も認識しているこの作戦の不安要素を拭い去ることが出来ない。
「そうです……早期決着を目指す上で、解析に割く時間の存在は重石意外の何ものでもないですし……なによりも武器無しで時間を稼ぐなんて事は――」
「――それでもやるしかない……だろ?」
フィーアの声にノインが被せる。その言葉にフィーアが振り返るが、ノインの鋭い双眸に何も言えなくなる。
それに瘴魔が消失してから結構な時間が既に経過している今、何時治療を終了させた瘴魔が襲撃してきてもおかしくはない。
それを加味してかフィーアもノインの言葉に、納得ではなく頷きを用いて肯定を示した。
「まっ……俺も死にたいわけじゃないからな、アインス!」
名前を告げながらノインが放ったものをアインスが受け止める。受け取ったアインスの手に握られていたのは一本の短剣だった。
「俺の持っている二本の短剣のうち一本渡しとく! それで何とかしてくれや!!」
「え……いやでも、その二本がセットって可能性も……」
「あ~……ま、その時は諦めて、全滅しようぜ」
「ふふっ……ノインらしいです」
ぎこちなくない純粋な笑顔を浮かべるフィーアを見てノインは微笑む。
相変わらずノインの体には塵程の力しか残っていないが、今在る元々あった力の残滓――そんな僅かな力でもフィーアの笑顔を見た後では不思議と多く感じる。
ノインの「全滅しよう」という発言に対するフィーアのリアクションを見て、アインスは「えぇ~」と言葉では異議を主張しているが、実際にそれを発言している顔にはそんな雰囲気は一切感じられない――むしろ納得しているようにも見えた。
「まぁ兎に角だ、それでいいよな? ツヴァイ」
アインスならきっと、魔業を最短で解析できると信じたノインが確認をとったのは、先程から一切会話に入ってこないツヴァイであった。
不自然で不気味なくらいに言葉を紡ごうとしないツヴァイに、ノインは突然声を掛ける事で少し探りを入れる。
その探りは効果的だったようで、突然掛けられた言葉に慌てて反応したツヴァイが必死に隠した一瞬の惑乱を、ノインは見逃さなかった。
「あっあァ……それでいい、アインスが魔業を解析する時間を稼ぎゃいいんだろう?」
「その通り、大変良く出来ました」
「……………………」
表面上は通常を装っているが、今のツヴァイにどう見ても迷いがあるのは確かだった。
だが、だからと言ってこの場でノインがそれについて触れる事はない。
それは勿論人の悩みに勝手に土足で上がり込み、踏み荒らしていくのは気が引けたからであるが、それと同じかそれ以上に、ノインの紫色の瞳は消失した瘴魔の腕が次何処に現れるかをもう既に掴んでいたからである。
フィーアとツヴァイに瘴魔が現れる事を素早くアイコンタクトする。その際にチラリと視界の端で捉えたアインスは既に魔業の解析に入っていた。
ノインは少し心許ない足取りで、自身が視た瘴魔の出現地点まで移動すると短剣を構えて横に振る。
その一撃が孕むノインの力は明らかに低濃度であると言わざるを得ない。だが、そんな力が欠如した状態の攻撃であっても、ノインの持つ短剣は切れ味という一点でノインの非力さを補う事に成功する。
難なく瘴魔の腕は切り裂かれ、地面へと落下する。
「そんな、ワンパターンな攻めじゃ通用しないぜ」
先程と同じ奇襲方法だった瘴魔の攻めをノインは評価する。
瘴魔にどれほどの知能があるのかは解らないが、もしノイン達を本当に全滅させたいのであればずっと消失しているのが最善である。
時間を掛ければ何をせずともノインは死に至る。後はその綻びを突けば、残されたアインス達はたちまち全滅するだろう。
瘴魔にそこに考え至るまでの知能がないか、それともそれを考慮した上での作戦かは解りかねるが、兎に角姿――より正しくは腕の消失を解いた瘴魔にノインが手を伸ばす。
不気味なくらいにすんなりとノインの手は瘴魔の腕を捕らえる。それと同時に瘴魔の消失も解ける。
全身を現した瘴魔にツヴァイとフィーアが追撃を加える。彼らの銃から撃たれる銃弾は確実に瘴魔を抉り、傷を負わせる。
短剣型の高火力魔業の解析をアインスが完了するまでの時間稼ぎが目的ではあるが、時間稼ぎのついでとして、瘴魔の再生限界に一歩でも早く到達するために傷を負わせる事は効果的である。
何ならアインスが解析を完了する前に瘴魔が再生限界を向えて死に至ってもおかしくないくらい、攻撃の密度を上げる。
ノインにはもう攻撃一発、一発に重みを持たせるほど攻撃に回すだけの余力はない、ならばせめて数で――手数で攻めるしかない。要は切って切って切りまくる、それと同じくツヴァイ達も撃って撃って撃ちまくるという単純な戦法を選択する。
戦いの決着はもう直ぐそこに迫っていた。




