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東京侵蝕  作者: 平山 ユウ
第一章-前- 新東京
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第一章25 『消失と再燃』

辺り一面を紫に染める瘴気を振り払って進む。ツヴァイ救出のために急いで動かしてきた足は遂に目標をその視界に捉えたことでさらに加速する。


目の前では瘴魔の鋭利な腕がツヴァイを突き刺そうとしている光景が広がっていた。

最早そこには呼吸一つ、鼓動一回分の猶予も存在していない、そんな極限の一コマを前にアインスの声がノインの鼓膜を叩く。


「ノイン君!!」


自身の名前を告げられただけで何をすれば良いのか把握したノインは、足に一瞬力を込めるとツヴァイの元まで走る――その駆けは音を置き去りにしていた。


「ツヴァイに何してんだぁあああああ」


音を拒絶し、瘴魔の懐まで一瞬にして辿り着いたノインが手にしていた短剣を横に振る。圧倒的な速度、ノインの質量を乗せたその一撃は、ツヴァイを突き刺さんとしていた瘴魔の腕を容易く切り落とす。


腕を切り落とされた痛みか、邪魔をした者への憎悪か、瘴魔は理解不能な声で呻く。その声に口角を上げたノインが追撃の手を緩める事はない。

瘴魔が透明を纏う前に二本の短剣を巧みに操り確実に攻める。


そんな状況に瘴魔はノインから距離をとるために後ろに跳躍する。すぐさま追いかけようと体を動かしたノインであったが思うように体が動かない違和感に戸惑う。

違和感に誘われて足元を見ると、ノインの足には何時の間にか瘴魔の腕が絡まっていた。その腕を短剣で切り裂くのよりも速く、瘴魔はその腕を引きノインに転倒を強いる。


背中を瓦礫に叩き付けられたノインは空気が喉で詰まる苦しさを味わいながら、素早く立ち上がる。

しかしノインの周囲には既に瘴魔の姿は無く、生の気配がするのは後ろにいるツヴァイと、ツヴァイの元まで辿り着いたアインス、フィーアの三人だった。


瘴魔を逃した事に「ちっ」と軽い舌打ちを行い、ツヴァイの対応は二人に任せる。そして透明を纏った特異体瘴魔の奇襲を最大限警戒するために、ノインは自身の持つ短剣を持ち直し構える。


「ノイン君はそのまま警戒を続けて……ツヴァイ大丈夫かい?」


「いえアインスさん、どう好意的に捉えてもツヴァイさんが大丈夫そうには見えないんですけど……」


現在ツヴァイには吹き飛ばされた際に負った傷か、胸から肩にかけて大きな裂傷が在った。良く見ればガスマスクも半壊している。

そんな満身創痍にも見えるツヴァイも二人の呼びかけに薄く目を開く。声には出ていないがその目には明らかに難詰の意思が宿っていた。


支えられながらツヴァイが上体を起こす。アインスが自身の持つ予備のガスマスクを取りだしたが、半壊しているガスマスクでもまだ大丈夫なのかツヴァイはそれを、首を横に振る事で断った。


そんなやり取りの中でフィーアがツヴァイに簡単な手当てを施す。癒えが齎した僅かな体力でツヴァイが言葉を紡ぐ。


「……馬鹿が、何で来た……」


「馬鹿は君だろ、仲間を――家族を助けに行くのに躊躇なんてする奴は僕らの中にはいないさ」


「そうですね、何だかんだブルーメにはツヴァイさんが必要って事です」


「それに僕達だって特異体を倒そうなんて考えていないさ、直ぐに退避するつもりだよ」


アインスはツヴァイに肩を貸して立ち上がる。未だ周囲の警戒を最大限行っているノインに、指示を出すため口を開こうとするよりも速くツヴァイの言葉がアインスの耳に届く。


「……そうじゃねェ……倒すとか、退避するとかそんな甘い敵じゃ――」


ツヴァイが全てを紡ぎ終わる前にノインだけが異変に気付く。しかしそれは周辺に何か直接的変化が見られたとかそう言った類の異変ではない、もっと感覚的な異変……ノインはまるでこの場の温度が一気に下がったような、そんな悪寒を感じた。


そんな違和感を覚えた事をアインスとフィーアに告げようと彼らの方へ目を向ける。しかし真っ直ぐに彼らを捉える事が出来るはずだったノインの視線は、まるで世界が百八十度回転したかのように歪んだ。


「は?」


ノインの口から漏れたのは困惑の一言。ただ振り返る……たったそれだけの行為を行うはずが、目に入ってきたのは自身の体に何本も突き刺さる瘴魔の腕。

頭は『何故』で満たされていた、しかしその思考を妨げるように全身を痛みが焦がす。


「う……ガッハっ……」


空気が喉を通らないそんな呼吸が困難な状況でも、血は喉を伝って口から溢れ出る。他にも目や鼻、体中を鮮やかな赤に染めながらノインが苦しむ。

そんな痛みによる激情に駆られる中、霞む目が捉えたのは自身に腕を突きたてる瘴魔の姿だった。


「――ノイン君!!」

「ノイン!」


大きい音で発せられたであろうアインスとフィーアの声もノインの耳には小さくなって聞こえていた。

耳がまともに機能しないほど瘴魔がノインに一撃で与えたダメージは大きい。今ノインの体に存在するあらゆる器官が悲鳴を上げていた。


だがそれでも生き残るために、ノインの脳だけは冷静かつ正確に事態の打開を模索し働いていた。


「だから言っただろ……そんな甘い敵じゃ……透明なんかじゃねェ……助けに来るだけ無駄だ、馬鹿だ」


苦しそうに告げるツヴァイの言葉にノインの脳が理解に至る。


ノインは周囲の警戒を最大限に行っていた。それこそ近場の瓦礫が数ミリ動いた程度でも反応できるほどには集中の海にその身を沈めていたと言える。

しかし特異体の瘴魔はそれを簡単に破りノインの体を突き刺した……そしてツヴァイの「透明ではない」その一言、最早答えは一つしかなかった。


「……消失……」


そう透明などではなく、消えてなくなったのである。つまり見えずともそこに在る(・・・・・・・・・・)のではない、そこに無いから見えな(・・・・・・・・・・)()のである。


ノインとアインスはツヴァイが吹き飛ばされた時に、一瞬だが瘴魔の姿を確認していた。だからこそ二人はその行為に『瘴魔は攻撃の際に姿を消せない』と結論付けていた。

攻撃時も姿を消せるのであれば、姿を消した状態で襲撃した方が遥かに有利である。


その考えが在ったからこそアインスはノイン一人でも防衛できると判断し、ノインもそれを了承したのだ。


つまりは透明だろうがそこにいる以上周辺にその痕跡が残る、その痕跡があれば攻撃の際に姿を現さなければならない瘴魔の欠点と併せて一人でも防衛できると考えていたわけである。


しかし今その前提は崩れた――攻撃の際に姿を現す弱点は健在かもしれないが、瘴魔の能力は『透明』ではなく『消失』。

存在が消えたかと思えば急に具現化する、そこに痕跡など存在はしない。


そもそも瘴魔の特異的な能力が今更明らかになったところで、もうノインにはどうしようもない。

何故なら瘴魔の腕が引き抜かれ全身を鮮血の噴水としたノインには四肢一本動かす体力も無いからである。命ですら灯火なのだ、寧ろ脳が正確に動く事が奇跡であろう。


再び姿を消した――存在を消した瘴魔を恐れる事無くフィーアがノイン目掛けて走り出す。


「ノイン! ノイン! ノイン! 血が、血が……止まりません!! 止まりません、止まって!!!」


その声に余裕は一切存在しない。ただただ悲痛な叫びがノインの鼓膜を激しく叩く。


両手を真っ赤に染めたフィーアの傍らでアインスは焦らずにはいられない。アインスは特異体としての能力を透明だと誤認していた。

そして本来の能力を知り、要のノインは最早ツヴァイよりも重症である。救出開始前にアインスは全員で生還できる可能性を、二十パーセントと判断したが、改めて判断するならば一パーセントも――そもそも『可能性など存在するのか』アインスは疑問に思う。


アインスの意思や心は折れかけていた、『諦め』そんな道を選択しようとする彼を否定するかのように、一人の少女が必死に一人の青年の命を繋ぎとめようと努力している。


「フィー、フィー……もういい……」


「もういい!? いい事なんて一つもありません! 今私にあるとすればノインの命を救う――その使命だけです!!」


治療行為を行うフィーアは自身の事を譴責していた。今適格者であるノインは傷が癒えていない、本来ならば黒い稲妻によって傷を再生する彼がそれを行えない理由は一つしかない。

その理由――その原因は闇市でフィーアがノインに抑制剤を打ったからに他ならない、つまり現在ノインの体は自身の自然治癒力しか持ち合わせていない。


『自身の行為は過ちだったのではないか?』そんな思いがフィーアの胸中を駆け巡る、そんな思いは治療の集中を妨げるものだと理解していても、その思いを拭う事が出来ないでいた。


『抑制剤を打たなければこの結果は変わっていたかもしれない』この可能性がある以上、フィーアにとって抑制剤を打った行為はたとえノインを想った結果であったとしても、今は自身を咎める武器にしかならない。


「諦めないで下さい!! 絶対に、絶対に助けます!」


ノインに対して言っているのか、死にそうなノインから目を背けるために自分に言い聞かせているのか分からない。


ただ諦めてしまえばフィーアはノインと出合う前の――茜に所属していた際に裏切られた自分に戻ってしまう気がしていた。

だがそんな暗雲が立ち込める真っ黒なフィーアの心に光を射すのは、暗い雲に喰らいついて晴らすのはやはり――ノインだった。


「諦め……る? 諦めるわけ……ない……だろ!」


出血は止まっていない、体力もない。だがノインは自身の体を引き摺るようにして立ち上がる。


「交差点の時の俺とは違う……もうユエじゃない(・・・・・・)。 ブルーメで楯になるって決めた、皆と生きる事を決めたノインだ(・・・・)!!」


完全に立ち上がり、体を真っ赤に染めながらもノインは力強く言う。だがその直後にその力強さを完全否定するかの如く、限りなく優しい声でフィーアに告げた。


「それに……まだ返事(・・)もしていないからな……こんなところで死ぬわけにはいかないだろ?」


ノインの言葉にフィーアは数度瞬きをする。何時ものように半開きの目ではなく、その目は完全に開かれていた。

その大きな瞳の奥には先程まで抱えていた絶望や不安といったものはもう存在せず、変わりにノインの言葉が、ノインを思慕する自身の気持ちが希望として侵蝕していた。


「そうですね……私も返事を聞かずに死ぬ気はありませんし、返事をしてくれる予定の人を死なす気もありません……えっとつまり、この程度で諦める人なんてノインの相棒失格って事です!」


フィーアがゆっくりと立ち上がりノインと並ぶ。そして二人はそのまま振り返ると、後ろに居る男に声を掛けるが、それは重なる。


「そう思うよな、アインス」

「そう思いますよね、アインスさん」


二人のやり取りを近くで見ていたアインスも、気付けば諦めの心はなくなっていた。確かに先行きは予断を許さないが、だからと言ってここに居る四人が一人でも欠けるような未来はもう思いつかなかった。


身長では圧倒的にノインよりも低いフィーアが、アインスにはノインと同等の高さで肩を並べているように見えた。

そんな様子に心から笑いながらアインスはツヴァイを見る。


「これでも、助けに来たのは馬鹿だって言うかい?」


「いいや、俺が間違っていたみてェだ……俺達もあんな相棒になれると思うか?」


「……なれるさ、彼らがなれるのに、僕達がなれない理由がないと思わないかい?」


「違いねェ……」


その言葉を発したのと、ツヴァイがアインスの肩を振り払い自分の力で立ったのは同時だった。

そんな様子の二人にフィーアが鋭く切り込む。


「ちょっとツヴァイさん、アインスさんとイチャイチャするなら私の目の届かない所でお願いします」


「悪りィ、悪りィ……我慢できなくなっちまって」


「……君達には()で僕から話がある……」


瘴魔との戦闘中だと言うのに、場はまるでブルーメの拠点に居るときの雰囲気に染まっていた。

緊張感や焦燥感などは一切存在せず、彼らにあるのは『必ず全員生き残って帰れる』という確信ただ一つである。


「さてと、それじゃあ反撃といくかァ!」


ツヴァイが言う。


「アインスさん作戦はありますか?」


フィーアが問う。


「そうだね……火力で押し切るかな?」


アインスが答える。


「あ、血流しすぎてフラフラしてきたから……俺は休憩していてもいい?」


ノインが戯ける。


全員で一回顔を確認し、笑い合うとノインが短剣を構えて改めて口を開く。


「じゃあ皆、死んでも生きて帰ろう!!」


そう檄を飛ばすノインの右目は紫色に染まっていた。

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