第一章23 『不穏の序章』
「……何を話していたのですか?」
VIPルームから出たノインに話しかけてきたのはフィーアだった。
「いや、なんでもないさ……ちょっと気になる事が在ってな、それでゼリクと二人の世界を――」
「――そうですか、別に言いたくないのであれば構いません」
「いやごめん、さすがにツッコミ入れて、ツッコミ無しは俺のメンタルが音速で削れるから……」
きっとノインの言葉を受けて、VIPルーム内でのやり取りを受けてフィーアにも思うところが在ったのだろう、何時も読み取り辛い表情は真剣味を帯びていた。ただフィーアはノインの「なんでもない」という発言を聞いたからかそれ以上深くは追求してはこなかった。
「さぁノイン行きましょう、皆待って居ます」
「……はい」
未だ落ち込んでいるノインはフィーア共に闇市の入り口まで移動する。入り口に辿り着いた時には既にブルーメの面々はガスマスクを装着しており、手にも銃型の魔業を握っていた。外に出る準備は万全のようで自身も準備を急ぐ。
ノインは自身の腰にぶら下げているガスマスクを装備するために手を伸ばし気付く。
「そういやこの子のガスマスクはどうするか……」
腕の中で眠る少女に対して呟く、この少女が順応者なのか適格者のかは解りかねるが、適格者であるからと言って瘴気の侵蝕がないわけではない。当然外の瘴気を吸い込めば適格者であっても少なからず侵蝕係数は上昇する。故に外を移動するのであればガスマスクは装着した方がいい、事実ノインがガスマスクを付けている理由もヌルにこのように説明されたからであった。
暫くノインは考えた後、自身のガスマスクを少女に貸そうと考える、幸いノインは適格者であるから、帰還によって吸い込む瘴気量に対する侵蝕係数の上昇は軽微であるだろう。
早速ノインは自身のガスマスクを少女に装着するために手を動かすが、ガスマスクの大きさは少女と合わない。考えれば当然の事だが年齢差に起因する体格差がありすぎるのだ、ノインのガスマスクは少女には大きすぎたという事である。
大は小を兼ねると言うが、ガスマスクはその用途上高い気密性が求められる、まさかブカブカなガスマスクを装着させるわけにもいかないだろう。
少女のサイズと合いそうなガスマスクを装着しているメンバーは数人居るが、ノイン以外は全員順応者である、そこからガスマスクを拝借すれば貸し出した本人が移動できなくなってしまう。
「ノインこれを使え」
悩んでいたノインにヌルが小さめのガスマスクを差し出す。それはノイン以外が装着しているような顔全体を覆うタイプの物ではなく、顔の下半分つまりは鼻や口を部分的に覆うタイプのガスマスクであった。
モデルとしてはノインが装着している物と同じ型、サイズを小さくしただけである。故に取り付けるのも容易い。
「あぁありがたいけど……これは?」
ヌルから受け取ったガスマスクを少女に装着する、どうやらサイズに問題はなさそうだった。
「これは元々予備だった物だ……外に出れば瘴魔との戦闘になる可能性は切り捨てる事が出来ない、その中でもしもガスマスクが壊れちまったら、外でガスマスク必須な俺達は死んでしまうからな……予備は常に数個持ち歩いているってわけだ」
その説明に納得し、自身もガスマスクを装着する。ノインも外に出る準備が出来たところで何時も持っていた武器――剣銃が無い事に違和感と不安を覚える。どうせ少女を担いでいたのでは武器を持っていてもまともに動けるとは思えないが……武器を持っていてそれを上手に扱えないのと、武器をそもそも携帯していないのとはわけが違う。
ノインが何時も剣銃を装着していた腰のベルトを数回不安そうに摩っているのを見て、ヌルは先程購入したある物を差し出す。
「お前の新しい得物としてコレを使え」
その声に振り返るとヌルの手には白銀に輝く短剣のようなものが二本握られていた。その短剣にノインは見覚えがある、何故なら先程ゼリクのところで高火力の魔業をヌルが吟味し購入した際に真っ先に彼女が決めた魔業だったからだ。
「いいのか?」
「良いもなにも、このままだとお前丸腰だろうが……それにここ数日の訓練で解った事だが刃物系の魔業の扱いならウチのメンバーの中でお前が一番上手い、楯やらせる以上敵の間合いに入る事も多いだろうから持っておけ」
「わかった」
ノインはヌルから二本の短剣を受け取り、剣銃を吊るしていた腰のベルトに装着する。片手で少女を担いでいる関係上、帰路では双剣として扱う事はないだろうが。
「よし、それではこれより拠点へと帰還する!!」
「了解!」
ヌルの声を合図に魔業によって新鮮な空気に保たれていた闇市から、瘴気で満たされた外へと出る。
外は瘴気と言う濃霧によって満たされているため基本的に見通しが悪い、その上ガスマスクまで装着しているのだから視界はかなり限定的なものとなる。もちろん隊列や安全に各々が気を最大限まで配れば、方向感覚を失う事や直ぐ近くに居る味方を見失うなんて事にはならないのだが、いざ瘴魔に襲われ混乱状態に隊が陥るとそうはいかない。
瘴魔に襲われ瘴魔に殺される人間も当然多いが、それと同じ位には瘴魔に襲われ隊と逸れた事によって死んでしまった抵抗組織の話は良く聞く。故にどの抵抗組織も瘴気に満たされた外を移動する際は最大限の注意を払う。
現在ヌルが率いるブルーメは瘴気の中を拠点に向って進んでいた。瘴気の中を進む彼らから聞こえる音は足音だけである。基本的に外では大きな音も直ぐに瘴気に――紫の霧によって吸収されてしまい響く事は無い。しかし視界の悪い外で瘴魔の接近をいち早く知るために最も重要なのは音である、故に僅かな音でも聞き逃す事が無いように移動時は基本的に言葉を発さないのがブルーメにおける鉄則となっている。
全員が全員の安全のために聴覚を研ぎ澄まし周りの音を拾う事に努める。こうする事によって第一形態や第二形態はともかく、圧倒的に質量の大きい第三形態や第四形態の接近は簡単に知る事が出来るのだ。
遭遇だけで隊を滅ぼしかねない第三形態や第四形態は出来る限り避けて移動したい為、なるべく距離のある段階で気配を察知しておきたいところである。
油断はしていなかったし、事実誰もが瘴魔の接近を最大限警戒していた。その時の安全対策はブルーメにおけるマージン、つまりは限界だったとも言えるだろう。
そんな現在取り得うる最大限の警戒網をいとも容易く掻い潜り現れたソレは、先頭を歩いていたツヴァイを圧倒的な質量で横に吹き飛ばした。




